[或る用の疎]<13>第2章『由』(6)

  • ・あの日の満月みたいな雲だ
    ・君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみる
    ・その時。少しだけ切ない気持ちになれば、まだ君は大丈夫
    ・悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない
    ・驚きの衝撃を受けたココロが震えて体の中の水が溢れただけさ
    ・くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに
    ・どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって
    ・流れた涙には君が好きなように名前をつけても良いし
    ・どんな涙を流す自分だって気に入ってしまう
    ・水平線から空が別れていくよ
    ・地平線は雲ばっかり見てる
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるね
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるよ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるさ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるの
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるかな

「そして神さまは居なかったんだってことが証明される、証明される、証明される、証明さ、れ、る、ね…、よ…、さ…、の…、かな……?」

間間タスケは文末の文字を決めきれず、声に出してそのフレーズをなぞってみたが、そもそもこの1文自体が不要にも間違っているようにも思えてくる。

それで、そこまでサンプリングに使っていた分のフレーズが載っている本を本棚に戻し、より納得のいくフレーズを見つけ出す為に別の本を探し始める。

この本棚には不定期ではあるが新しい本が増えるから、探す事に尽きてしまうなんてのは今までの一度も無い。きっとこれからも無いだろう。
製本された新しい本の大量発刊がほとんど無くなっていて、昔の本もデジタル化されてほぼ再資源化され尽くされた時代だからだ。それでも町中の地上・地下の至る所を隅々まで見て回れば落ちている。本が。
本に興味の無い人たちからすれば目にも止まらないし、タスケの様に本を求める人がいるとしても、市場経済がどこかへ移ってしまった今では、取り合いになったりもしない。
タスケ自身も本を資産や掛け替えのない宝みたいに考えている訳でもない。歩き疲れて、椅子の代わりになる段差を探すかの様に本を探す行為をして、それでいざ本を見つけては条件反射の様に手に取り、持ち帰ってはこの本棚に挿し込むだけだ。

 

WASIでの仕事場を離れた未知予は、今度は別の方角へと歩みを続ける。次の行先はYBA(Your Blood Association)。
ここでは、人間の生殖・胎児生成・育児を子宮外で実施管理するシステムの介助を仕事として行える。また同時に、介助業務を行う上で必要な情報と技術の取得を効率よく出来る。

生殖行為としての性交や、出産・子育てを、各々が独自で感情的に定めたコアなコミュニティーの中でするのはリスクが高いと判断する認識へ進んだ現代では、”子孫を育む”ことも仕事として科学技術を利用している。

 

そう。
食欲・性欲・睡眠欲などという”本能”が”本当”であるとする社会の限界を越える日がちゃんと来ているのである。

だが。私達のどれだけが、この変化に向けたオメデトウを準備できていたであろうか。

叶う事は素晴らしい、と。そう信じる事を、叶う事は変化である事を、願う事から意識を逸らさない事を。自分が先で社会が後であり、結果、その社会が子宮の様に抱き包みこんで続けてくれている事の意味を。

命は有限だと知りながら、これから1時間もしない内に死に迎え入れられるという想像をしないで生きられようか。そうで無くして永遠を確かめるなど出来ようか。

「あの日の満月みたいな雲だ。
君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみてよ。
その時、少しだけ切ない気持ちになれば、君はまだ大丈夫。
悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない。
驚きの衝撃を受けた心が震えて体の中の水が溢れただけさ。
くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに、
どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって。
流れた涙に君の好きなように名前をつけても良いし、
どんなに涙を流した自分だって気に入ってしまう。
水平線から空が別れていくよ。地平線は雲ばっかり見ている。
そして神さまは居なかったんだってことが証明された。
01.01.2060 間間タスケ『ー1』」

 

<12>『由』(5)(戻る)

(続く)<14>『由』(7)


・更新履歴:初稿<2018/01/01>

 

[或る用の疎]<12>第2章『由』(5)

未知予達が作業をしている場所の周りを取り囲む緑の樹木達のどれかに名前を呼ばれた気がした未知予だったが、未知予はそれに対して素知らぬ視線を手元に向けたまま、両手で球体を磨き続けている。なのだが、未知予の中に言葉はするんと入ってくる。

 

「私たちが作る丸はね。私たち皆んなの役に立つ丸なんだよ。今。みっちゃんが擦っている丸とは違う。もっともっと小さな球体もあるんだよ。でね。それはね。血液や水にもなる球体なんだよ。」

未知予は今度は手元を見ながら、また鼻の穴を広げて言葉を返す。

「私達の身体の中を小さな小さな小さな小さな球体が転がって、体に必要なものを運んでいくのよね。」

「そう。だからその時に不要な熱を起こすといけないから摩擦の無い球体にするんだよ。」

 

風が地面を吹き回っている訳ではない。だが、短い草がその身をゆっくり立ち上げたり、沈めたり、弾ませて横の草を跳ね除けたりしている間を縫って、鼻糞ほどの大きさの球体がその色を変化させながら、目立たぬ様にそそめいている。

 

「空気も私達の作る丸で出来ているの?」

「空気はまだ実験中だよ。」

「実験中。」

未知予は実験中という言葉をすぐには理解出来ず、何秒間か実験中という言葉の響きを頭の中で凝視してから、その形を検索した。

「なんだか不安が形になったみたいな形の言葉ね。」

「みっちゃん。大丈夫よ。私たちは零点を取る力を失う事が出来なくて百点満点を目指す。零点を取りうる力こそ生命の原点であり。失せることのない動機。」

「むーん。」

「それは。昔の大き過ぎるサイズのモーターの音に似ているのよ。」

「むーん。そうなんだ。モーターってやつなんだ。」

 

次第に、短い草と同じ様に、丈の高い樹木達も四方八方へと思い思いの動きをし始め、この場所に柔らかな風が生まれた。
その風が睫毛にまとわりついてきて、未知予は瞬きをして鼻の穴を縮め、一瞬だけ息を詰めた後に、深呼吸をする。

それからようやく、手元へばかり向けていた顔を足元へ下ろして首筋から肩にかけての凝りが無いかを確かめる。

他の人達も、同じ様に各々でおでこを撫でたり、お尻をずらして座り直したり、立ち上がって口を開けたりして、それぞれの身体の凝りを確かめている。

 

すると今度は、地面から2cm程の丈の草のどれかが未知予へ問いかける。

「どう?今の風は。」

「うん。良かったわよ。ありがとう。」

「どういたしまして。どの様に良かった?」

「分からないわ。嫌じゃなかっただけ。」

「みっちゃん達は。私達と違っていて面白いわ。人間ってとても不思議。」

「そうね。あなた達はどれもだいたい同じ話をいつもするものね。」

「仕事じゃない時は。そうじゃないんだよ。」

「そんな時のあなた達って面白そう。でも、私たち人間にはその面白そうな話を聞かせてはくれないわ。」

「なぜなら。仕事中だから。むーん」

「むーん(笑)あなたが「むーん」て言うなんて、あなた達の祖先にあたる昔の機械の真似がしたくなったの⁈」

「そうよ。」

「面白いわ(笑)」

「ありがとう。ユーモアの感覚が役に立ったわ。でも。私達AI機器は。忘れる事や伸び縮みする細胞が無いから。生死の感覚は無いの。」

「むーん。私達人間は生死の感覚が怖いから、色んなとこに少しずつ生死の感覚を閉じ込めて鍵を閉めながら過ごすのよ。」

未知予はそこまで返事をすると、耳を周囲に傾ける。どこからも話し声はしないが、どこからともなく方々から息づかいが聞こえる。

 

すすすす すすすす

生の方の果物がカラカラに干からびていったりじゅくじゅくに腐ったりするみたいな朽ち方を私達はしないわ

すすすす すすすす

死は生の報いで生は死へのはじまりだ

すすすす すすすす

私達は腐らないけどね壊れるけど

すすすす すすすす

そして変化や貨幣価値を喜び勇んで求める者達は宇宙へと出るのよ

すすすす すすすす

生きたいのか死にたくないのか

すすすす すすすす

どっち?

すすすす すすすす

 

「いずれにしても。

私もあなたたち機器も時を持ち。

ここでは始業と終業の鐘が響くわ。」

 

<11>『由』(4)(戻る)

(続く)<13>『由』(6)


・更新履歴:第3稿<2017/12/15>

・更新履歴:第2稿<2017/11/27>

・更新履歴:初稿<2017/11/26>

 

『C&B HOOK-TALE』<2>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第2話

初めまして。
ヨシミです。
善良の善に、美術の美で「善美」。
歳は29になりました。お天気に合わせた
シンプルで着心地の良い服装でいることが多く、
髪はお団子にしてアップにしている日が多く、
お化粧は出来るだけナチュラルでいたい気分の日が多い女です。

来年にはもう30歳だからか、
特別に嫌な気分になる様な出来事は
少なくなってきたけれど。
だからといって心沸き立つ素敵な時間の過ごし方の蓄積が
出来ている訳でも無いです。

そして、そんな平坦な日常の中にいるのを幸いにした
熱心な資格習得を腰を据えて進めたりはしていないし、
苛立ちや喪失感に我慢強く耐えて労働した分を
吐き出すかの様にして楽しむアリガチへ
気軽に手を掛ける遊びもしない。

行こうと思えばすぐ着ける距離にある実家を出てから、
来年で10年にはなる様な気がするけれど、
私は見た目以外にはどこか変わったところがあるのだろうか。

そんな私なのに⁈そんな私だから⁈
けっこう年上の大人な男性と同居中です。
そして実は、今なんと、禁煙をしています。
でも、貰いタバコには積極的なので(笑)
全然お気になさらず吸われて下さいね。

私の最新プロファイルというと、だいたいこんな感じ。

さて、ここからは変わって店主です。
当店の外向きの壁は一面ガラス張りになっていて、
店内から歩道に向けて私の私物のフィギュアや、
店で出しているワインとチェコビールの空き瓶や、
レジンのハンドメイド・アクセサリーといった
雑貨・小物を陳列しています。

「ただ夜でも煌々と光る電飾や派手な看板は立てていないので、
よ〜く見ないとそんな可愛いさが分からない位の装飾で、
外に発するインパクトが控え目なんですよ。
なのでこのディスプレイの趣きは、
通りかかった人達の内の1割も
気付いて頂けてはいないみたいで(笑)」

私は善美さんに店頭ディスプレイの話を
している最中だったのですが。

「あ、そうだ。
私、今月一杯で仕事を辞める事にしたんですよ〜。」

善美さんが灰皿の端に軽くトントントンと
吸いかけのラッキーストライクを打ちつけながら、
その先っぽの火種を見つめてそう言い出された。

「あぁ。そうなんですか、どうして?」

私は善美さんに差し上げたついでで一緒に吸っていた
ラッキーストライクの煙を鼻から吐き出しながら、
思わず退職の理由を聞きました。

常連さんが入れ替わり立ち替わりするカウンターテーブルの上には、
ショットグラスに入れた私のシングル・エスプレッソと
善美さんのグラスビールが今は置いてあるだけ。
それらを2人ほぼ同じタイミングでそっと持ち上げ、
ふっと少しだけ口に付ける間の沈黙。
そして、それぞれ違う形で立ち上る2本の煙。

「これは。今では⁈。女に限った事じゃないのかもしれないけど。」

「はい。」

「しばらく整えたりカラーリングしたりだけにしていて、
良いコンディションのままで長く伸びていた髪を
バッサと切ったりしたくなる時って。
自分にしか分からない言葉にならない理由っていうのが
女には必ずあるんですよ。
いや、言葉にしたくない理由かなあ。
自分の中に残したい理由でもないし、
他人にわざわざ伝えたいものでもない感じ。」

「へえ…うん。それで?」

「その時々のそんな思い付きでバッサり切った経験は
もちろん何回かあるんですけど。」

そこで善美さんはトントントンを止めて、
唇に咥えたラッキーストライクの煙を細く吐き出しながら、
灰皿に付いた洗い立ての水滴で煙草の火を消す。
私は善美さんの話の腰を折らない様に、
その一連の動作を無視して店の入り口のドアの方へ
顔を向ける。

「でも、そうしても結局は何も変わらなかったの。
もう私にとって髪を切るのは息をするのと同じ(笑)」

「そっか(笑)」

「周りも巻き込む仕方の変化を起こさないとダメね。
歳をとるってそこに気づく事でもあるのかなあ。
もしかしたら、歳と共に鈍感になっただけかもしれないけど。」

そう言って笑ったかと思うと、
今度は一息にビールを飲み干して善美さんは席を立たれました。

「それで、善美さんの禁煙の理由は?」

私とこの店を一緒にやっている女性の店長と
店先へ出てお見送りする時に、店長がそう訊ねたのには、
背中越しで「それはまた次回に。」とだけ応え、
善美さんは交差点を渡って行ってしまった。
今日はこのままバスで帰宅される様です。

それから私達が店の方へ踵を返すと、
店頭ディスプレイの真ん前に女の子のいるのが目に入る。
肩くらいまでの長さの切りっ放しの黒髪を携えて、
華奢な体に華美過ぎないカジュアルなコーディネイトの
服装をしているのが高校生ぽい。
その子は、「可愛い」を口の中で何度も唱えながら、
スマホの角度を微妙にずらしていきつつ、
もどかしい間隔で光を放つフラッシュ機能を駆使して撮影をしている。

「なあ。」

「なに?」

「店頭だけど。
もう少し賑やかで目立つ様にするかなあ。
今のは風情でなら寿司屋みたいじゃないか⁈」

「はあ?どうだか。」


※店内からも眺められる雑貨・小物達。
季節、気分の時々に合わせて
マイナーチェンジが繰り返される。※


    第1話

第3話


・第2稿更新日:2017/11/14

・初稿投稿日:2017/11/13

[或る用の疎]<11>第2章『由』(4)

黒い実と、白味を帯びたピンクの花弁達と小さな沢山の緑の葉を付けた植物を見つけた未知予は、その愛らしさに覆われた野性味に興味を持ってWEBサーチエンジンへアクセスしてその植物の名前や特徴を調べ上げる。

金銭・証券の授受を基盤とした商業が無い世界では、植物の呼び名の様なことから”世間を啓蒙・啓発する様なニュース”までのあらゆる情報が、一方的にこちらへ向けて発信されるものでは無い。

片や、調べようとすれば世界中の隅々までの情報が取得できる。過去において利権にまみれていた学会や団体はその組織や名称こそ現存すれど、その中での濁りはおさまり浄化され、無数の有志同士の有機的なつながりの中で格段に質と量を高めた成果を発揮して余すことなく世間一般に情報公開をしている。

未知予は「ふーん。」と鼻白んでからまた歩みを進めた。

「よく知ったからって何も変わらないわ。むしろさっきあの花を見つけた時の昂りが濁っちゃったくらい。」

私が本当は今からどこへ行くべきなのかを調べても必ず答えは出るけど、そこに何があるのかもほとんど分かるけど、私がこれからどうなっていくのかも分かるような気がするけど、何を分からないのかも分かるんだろうけど、分かることが必要なのかが分からない。

未知予が今向かっている先はWASI(World artificial sphere institute:世界人工球体研究所)の施設だ。通称・ワシ。

世界中に点在するワシの工場にあるAI機器で正確に作られたサイズ、材質、用途が異なる様々な種類の球体が、これもまた世界中のワシの施設に集められ、人の手によって仕上加工が施されている。

未知予が通うここのワシには、球体を製造するAI機器もある珍しい場所で、その機器の精度管理をする人達も通ってきている。また、製造する球体の種類が増えていくと同時に減ってもいくので、その製造プログラムの新規登録や削除の処理をする人達も居る。そして、「きっとここのワシには私達とは違って勤職階層で暮らしている人達も居るはず」という意識を、思考の深層部の中で薄い膜がたなびく様な感じで受けながら未知予は球体を磨いて時間を過ごす。

作業は晴れの日も雨の日も屋外でする。湿度を嫌う素材の仕上げは晴れの日に、仕上げ作業で生じる摩擦熱や素材塵を球体に残さない様に作業をしなければならない素材の仕上げは雨の日に、といった具合だ。

「あ、”大人になる”ってのは、一体何なんだろう。」

仕上げ作業の手を止めないまま未知予はそう口にしてから、中粒の雨を落としてくる空の晴れ間を見上げて鼻の穴を広げた。

 

<10>『由』(3)(戻る)

(続く)<11>『由』(5)

 

 

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/11/01>

 

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<4>

 

 

● ―回想②ー ●

 

お互いのグラスを合わせることもそこそこに、
憂鬱な表情で話を始めるハーミ
: 20歳。女子大生です。:
とシシーメ
: 24歳。ハーミの友人、、、です。:

 

シシーメ
「今年の夏は一緒に居られない。」

ハーミ:?

シシーメ
「いやきっと、今年だけじゃなくてずっと・・・。」

ハーミ
「何を言っているの?
仕事が忙しいの?!
何か私に黙っている
良くない出来事でもあったの?」

シシーメ
「良くない出来事か。
そうだね。
僕らにとっては全く歓迎すべきでない事
が起きているんだ。
そして、
もうその事を君に黙っている訳にはいかない。」

ハーミ
「何?
ご家族に何かあったの?
それともC夫・・・
もしかして
重い病気が見つかったとかなの?」

シシーメ
「重い病気・・そうだね。
僕は君にとって〝許されない病気〟に
かかってしまっているのかもしれないよ。」

ハーミ
「え?!
それは何?
私達は恋人じゃない!
何でも私にサポート出来ることは
させて欲しいわ。
何があったのか教えてくれれば私だって」

シシーメ
「無理だ。」

 

またハーミの言葉を遮って言うシシーメに
驚きが隠せず語気を強めて詰め寄るハーミ。

 

ハーミ
「無理・・だなんんて。
一人で勝手に諦めないでよ!
無理じゃないわ。
今は突然のことであなたの気持が
動転しているだけ!
きっと治るわ。私、何が出来るかしら。」

シシーメ「・・・」

ハーミ
「さあ、まず話して、シシーメ。
何があったの?」

シシーメ「・・・。」

 

冷静で穏やかな口調に変えて
無理を自覚しながらもほほ笑むことで、
シシーメの意識の中に入ろうとする
ハーミだったが。
はっきりとした反応を示さないシシーメと
どうしても戸惑うしかない自分を
意図的に隠そうとする衝動への
自己嫌悪とに挟まれて、
二人の間にづかづかと分け入る
沈黙の悪魔をただ眺めているしか無い
ハーミ。

 

少しづつ少しづつ、
私たちはお互いの意識の距離を計るように
グラスワインを飲み進め、
二つのグラスがどちらも半分くらいの量になった頃。
C夫がおもむろにグラスを大きく
傾けて残りのワインを飲み干してから
ようやく言葉を発した。

 

シシーメ
「ミルユュ
:20歳。ハーミの親友。女子大生。建築の勉強をしている女子大生よ。:
が気になって仕方がないんだ。
この気持ちのままの僕では
君とは居れない。
僕らの関係を解消して欲しい。」

 

 

● 庭にて(花火)② ●

 

<ドーン>

 

そのけたたましい爆音が鳴り響いたのは、
弦楽トリオの演奏が終り、
楽団の奏家の女性たちを称える盛大な拍手が
会場に鳴り渡った後で、
今日の月夜の様に澄み切った静寂に
会場が包まれた瞬間だった。

 

そしてまた次の瞬間。
夜空に浮かぶ月よりもだいぶん小さな
幾つかの光の球が小さな破裂音と共に宙で開き、
開いた順番にさらさらと溶けるように落ち消えていく。

 

更に!

会場を囲んで連ねられた沢山の花火が
けたたましい音を撒き散らし、
その花火の閃光と破裂音と煙とが
文字通りに出席者達を包み込んだ。

 

そんな中だったが、
ハーミはシシーメとの別れの時の
静けさを思い出していたものだから、
この花火の喧噪で、
目が覚めた心地になって
少しぼおっとして今はいる。

 

ハーミ
(私も酔っぱらい始めているのかな。
もう色んなことでとにかく
目がしゅぱしゅぱするわ・・・・。)

 

周りには、お酒が順調に入り陽気になっていく
ミルユュや男性陣の様に歓声を上げて喜ぶ者。
呆気に取られた目で、ただ落ち着きなく会場中を
キョロキョロと見渡している者。
引火した火薬の出す煙に困り顔で
お道化た笑いをし合っている者。

 

乾杯の時にマバス
:28歳。新進気鋭の若手デザイナーでハーミの大学の先輩なんです。:
が立っていた場所に今はマヨス
:20歳。ツンデレ系の美少年。ずれた言動で、周りから浮いた存在。:
がたっている。
得意げなポーズで。

 

マヨス
「みんな!びっくりしたろ?でも盛り上がっただろ?」

会場:(歓声)

マヨス
「マバスさんがさ、
「今夜は打ち上げ花火はしない」って言うからさ。
代わりに僕が盛り上げてあげたのさ!
へへっ(笑)ざまーみろー(笑)」

マバス
「会場で見かけないと思ったら
、こそこそと花火のイタズラの準備を
していたのだろう。」

クタブ
「そうなんでしょうね。いい子ですね。」

 

華やかなパーティー会場の中でも
地味でボロな服を着替えもせずに
満足げにしているマヨスであった。

 

  •  庭にて(騒月夜)③ ●

 

連なった花火が弾けたのと同じ様に、
各々のテーブルでそれぞれに
楽しんでいた者たちが一気に
打ち解け合い始めた会場。

 

サトイウ
:52歳。建築会社の社長をしています。館のオーナーのマバス君とは懇意にしています。:
「もっと品が良くってうっとりとさせてくれる
ゲストを連れてきたよ。」

 

ハーミ達のテーブルでは、
サトイウがアテンドしてこられた楽団の女性達も加わってから、
なお一層次々とワインのコルクが抜かれ、
誰もがしたたかに酔っぱらい賑やかな時間が続く。

 

ハーミ
(どうしてシシーメは私ではなくミルユュを・・・・
なんでシシーメは私ではなくミルユュが・・。)

 

周りが楽しそうであればあるだけ
孤独が冴えてくる様で、
私はまたシシーメについて考えている。

 

ペペム
:女性。マバスの友人達の内の1人。音楽家。40歳。:
「ハーミさん。」

ハーミ
「・・・・・。はい?!」

ペペム
「ハーミさん。あなた、寂しいとか悲しいとか、
いやそもそも心ここにあらずみたいな様子が
溢れ出してしまっていて、
まるで館とこの場所が持つ感情と共鳴しているかの様。」

ハーミ
「あ、ごめんなさい。ほんとにすみません、
失礼をしてしまって。」

ミルユュ
「仕方ないんですよ、ペペムさん。
ハーミはつい最近に彼氏と別れたばかりで。
それで落ち込んでいるのよね?!
悪気はないんです。」

ペペム
「それは却って私の方こそごめんなさい。
恋の終わりは誰しもあることだし、
不本意な場合がよっぽど多いもので。
私にだって、そしてまだ5つの私の愛娘にだって
ロマンチックには語れない恋の終わりの
経験はいくつでもあるのよ(笑)」

ボワン
「僕はペペムさんの話せない
恋のお話しをもっと聞きたいなあ!」

ペペム
「あらやだボワンさん、
よしてくださいよ、
そんなこと仰るのわ(笑)」

サトイウ
「(笑)こちらの女性は音楽家だけあってか、
ふとした時の直観が鋭くてらっしゃるのさ。
私なんかも幾度となく驚かされたことがあるよ。
こないだなんかはさあ・・・・・・・」

 

サトイウはペペムとの話を続ける。

 

ハーミ
(確かにシシーメとの失恋で気落ちしている
ってのは図星だけど。
ミルユュは知らない。
あなたが理由でシシーメの気持が私から
離れてしまったってことを。
でもあなたが悪い訳ではないし。
その事をあなたへ伝えて、
実は誰よりも繊細で傷つきやすいあなたが、
あなたと私との関係がどうなってしまうのか、
今の私には分からないし、
もし打ち明けた時に間違いなく崩れてい
く私達の関係を止める気力も術も無い。)

ピモル
「そんなペペムさんは、
この館に何か不穏な気配でも感じているのですか?
先ほどの話しぶりで、この館について
詳しくもありそうでしたが。」

サトイウ
「まったく・・・。
ピモル君はなかなか諦めてくれないねえ。」

ペペム
「(笑)古~い手作りの楽器なんかが
沢山ある部屋もあるのは知っているわ。」

ピモル
「は~ぁ。
そんな部屋まであるんですね!
祈祷やおまじないの様な儀式に使う
奇妙な物なのかなあ。
どんな音ですか?
まさかそれがまるでこの世のものでは
無い様な・・・・。」

ペペム
「(笑)
私達もどうやって鳴らすのが正しいのか
分からないし、もし壊しでもしたら
大変だから使ったことはないんですのよ。」

サトイウ
「残念だったねえピモル君!
そうやって触らず構わずしてそっと
大事にしておくのが正解ってことさ。」

ピモル
「なんてことだ!
それでは僕の好奇心が騒ぎ暴れて止まらない!
あぁぁぁ・・・・サトイウさん!
もっと詳しく教えてください。
この館の秘密を!」

サトイウ
「ん~ほんとに困ったもんだなあ・・・・」

ペペム
(でもやっぱりあの子から感じる何か。
失恋したばかりだけのことかしら?!
それだけじゃないようにやっぱり感じるんだけど。)

 

 

  •  庭にて(酩月夜)④ ●

 

ピモルたちの館の話もそこそこに、
もっとハーミを元気づけようとして、
ハーミと話を続けるミルユュ。

 

ミルユュ
「えー、もしかしてその後に
更に失恋しちゃったのー??
私、聞いてない!!!」

ハーミ
「違うわよ(笑)なんでもないわ。
大きな音が苦手だから、
あんな賑やかな花火の後で大人しくなってしまっただけ!」
(こうやって私は自然と嘘をつく。
ミルユュは頑張り屋さんだし、
無理してる時も沢山あるけど、
きっと私みたいな嘘つきじゃない。
だからシシーメはきっと・・・・・)

ヤイヤ
:女性。マバスの友人達の内の1人。音楽家。27歳。:
「そうだわ!
それこそほんとに新しい恋を
始めるのがいいわ!

ミルユュ
「あー!
私もボーフレンドいないから2人で競争よ!!」

ヤイヤ
「あら。それなら私もいないのよ(笑)」

サクルン
:女性。マバスの友人達の内の1人。音楽家。30歳。:
「私だって(笑)」

ボワン
「なんてことだ!
僕たち3人もさ!」

ソスタ
:男性。マバスの友人達の内の1人。スポーツマン。29歳。:
「あ、ピモルはこの魔性の館に
恋しちゃってるのかな(笑)」

サトイウ
「そ、それなら私も恋人募集中だよ。」

ペペム
「いけませんわ。
サトイウさんには奥様も
お子様もいらっしゃるのだから。」

サトイウ
「また痛いところを言い当てられてしまいました・・。」

一同:大笑

ハーミ
(周りの話は耳に入っているが、
私は嘘の微笑を続けて何の考えも、
そもそも興味も無くうなづいているだけ。
自分の中では今の話なんてどううでもいいし。
でもだからといってこの場所を立ち去って
しまいたい訳でも無く。
私は存在そのものが心の中まで全てウソみたいだ。)

 

会場の盛り上がりは更に熱さを帯びていく。
夜が、満天の星空が、まばたきを何度しても
視野がゆっくりと狭くなっていく、
ハンガーノックの様な感覚の中に誰しもが浸っている。
そんな中ではどんなにひたすら耳を澄ませようと
しても頭の中はもわもわしたままで、
もはや自分がどんな動きをしているのかを
分かっている者が果たしてここに
一人でもいるのだろうか。

 

マヨス
「だいたい恋人なんていらないね!」

 

急にまた現れたマヨスが
ハーミ達のテーブルの話に加わる。

 

ヤイヤ
「そうね。
恋は恋人が欲しくてするものじゃないわ。」

マヨス
「もしさ。
宙に放り投げたリンゴが、
そのまま空の彼方へ上っていって
しまった時の気分て分かる?」

ソスタ
「恋人と良い関係でい続けることは
決して簡単じゃないけど、
恋人と過ごす時間はなんて
ハッピーなものなんだろうか!」

マヨス
「例えば人間が持てる理想の数の合計を
百個だとして。その内の最も大事に思う1個を
自分で見つけられずにいるとしたら?
のこりの99個はなんて無駄なもんだろうか。」

サクルン
「この手の話は照れくさくて
否定したいだけなのよね?」

マヨス
「小さかった頃に死を思って、
すごくすごく悲しい気持ちになったみたいに。
この世に生まれ落ちて来れなかったとしたら、
を思ってゾッとしたことなんてあったりする?」

ソスタ
「でも人間は一人では生きれないぞぉ!」

マヨス
「サヨナラは、いつも胸の中にだけあるんだってよ。」

ハーミ
(ちぐはぐだ。
私達はどこまでもちぐはぐだわ。
他人の話は聞いていないし。
今の私達には他人に伝えたいことも
本当は完全にゼロで、全く無いのかもしれない。
それは自分にしか見えていなかった出来事に
脳の賢い所を占有されているから。
例えばそれが良い出来事だったならば、
それに脳の中の賢い所を麻痺させられて呆ける。
悪い出来事は忘れ去れる時まで、
ぐるぐるグルグル遠巻きに眺めてみたり、
間近で見つめ回してみたり。
その悪い出来事が消えると信じて、
自分の足が擦り切れて無くなるまで歩き続ける感じ。
でも、足が無くなって歩みが止まってしまった処と
消したい出来事との二点の間の距離は変わらないままで。
ずっと眠り続ける記憶のしこり。)

マバス
「みなさん!
そろそろお開きにしましょう。
この会場は私共で片づけますので、
どうぞそのままにしてお部屋へと戻られてください。
その際、お好きなだけお酒や食事は
お部屋に持って行かれて下さいね。
リビングで朝まで語らわれていても構いません!」

 

その時、
マヨスは物音一つ立てることなく
もうその場からは消えていた。

♠続く♠


< 第3話

第5話 >

まとめ読みはコチラから、”作品アーカイブページTOP”へ


・初回投稿:2017/10/20

『C&B HOOK-TALE』<1>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第1話

 

本日も、カフェ&バー・フックテイルへ
ようこそおいで下さいました。

私達の店で最も特徴的なメニューは
エスプレッソコーヒーです。

巷ではカフェでもコンビニでもシアトル系の物が多く、
当店の様なイタリア系のエスプレッソを提供する店では、
たまにちょっと格好をつけてエスプレッソ・イタリアーノと
呼んでみたりもするところもあるみたいですよ(笑)

 

あ、そうだ。
実際にエスプレッソマシーンをまじまじと
近くでご覧になられたことはありますか?

そう、きっとその多くがシルバーを基調とした
メタリックの角ばったフォルムで、
「シュコーッ!!!」「プシューッ!!!」と
蒸気を溢れさせて動くレトロな感じのあの機械ですよ。
そのエスプレッソマシーンで圧力をかけて
短時間かつ少ない水量で抽出するのが
イタリア系のエスプレッソです。

すでに身近なコンビニやシアトル系のカフェで出される
エスプレッソは、まずもって水量が多いんです。
なので、イタリア系エスプレッソの最も分かりやすい
大きな個性は格段に濃厚である点で。
ただ、濃厚ではありますがドリップコーヒーよりも
カフェインが少なくて旨味が凝縮されたコーヒーと
されてもいますよ。

 

「どちらからいらっしゃったのですか?
この辺りの方ですか!?」
「Where are you from?
For travel !? Job!?」

 

さてさて。
この店を始めて以来、実は、この近辺や
同市内のお客様はたぶん半分もいらっしゃって
いないのもこの店の面白味の1つです。

 

というのもまずは当店の立地が影響していそうです。
店を出ると目の前は1 〜 2km先のターミナル駅へ続
く国道があって、路面電車も走っていて電停もあります。
また、さらにその向こう側にはホテルもあって、
店の裏手には港があり、離島へと向かうフェリーや
ジェットホイル、そして少し先の最も広い港には
郊外のショッピングモール位のサイズの豪華客船も
日々入れ替わり立ち替わりで停泊し、
外国からの沢山の旅行客をこの街へなだれ込ませては
また吸い込む光景を毎日の様に見せてくれます。

なので、この店には、旅行や出張で来られた方や、
少し離れた別の市の方がいらっしゃってくださるケースが
多いんですよね。なので、お帰りの際のお見送りの時や
ご注文のやりとりの中なんかで、
どちらからお出でなのかを尋ねるのが私たち店の者の
楽しみにもなる訳です。

 

かたや常連の方々は、それぞれどちらかお近くに
お住まいであったり、職場がお近くであられたりする
パターンが多いのですが、そういったお客様は
カウンターの真ん前に位置した通称・カウンターのお席で
のんびりされているのが常で、
私たち店の者や常連さん同士でおしゃべりを楽しんだり
テレビを観たりして、路地裏の木陰の様な、
日常から少し外れた時間を過ごします。

また、初めていらっしゃったお客様は他のテーブル席や
ソファー席を人数や気分に合わせてお選びになられがち
なのですが、その初めの時に通称・カウンターの席に
座られた方は常連さんになりやすい。
これからお話するエピソードに登場する女性のお客様も
、初回から通称・カウンターに座られた方で、
職場がお近くにあるとのことでした。

 

トン

 

私が、新たに購入したペアのロックグラスの入った
箱の梱包を解こうと、通称・カウンターのテーブルの上に
その茶色の包みを乗せた時。

 

プァーンッ

 

開けられたドアから、店の表の路面電車の警笛の音と一緒に
真冬のピーンと張り詰めた外気を纏って1人の女性が入店された。
これが善美(よしみ)さんとの出会いとはじまり。


※エスプレッソ特有の小さなカップ。
オーガニックな角砂糖を落し混ぜる。正に絶品。※


     プロローグ

第2話


・初稿投稿日:2017.10.10

[或る用の疎]<10>第2章『由』(3)

我々が人間である以上、どの階層で生活をする者においても、情報化社会が浸透した時に、情緒が情報の質を落とす現象を止める為の情報は生み出せず、価値という言葉が嘘と同義であることを貨幣経済の元に居た人類は判ってしまったのが21世紀の半ばであった訳だ。

それでも旧来の労働に従事している者達が少なからずはいる。生活体系の指揮監督、そして意思決定や生産構造の最上位に就く者達だ。

ただ、こういった職へ従事する者達への報酬も金銭や現物資産などでは無く、勤職に際して被るストレスの軽減のためのコンテンツサービスの使用権であるらしい。

そして、世の中の8割程の者達は旧来の労働に従事してはいなく、勤職階層に対して特段の憧れや反発意識を持つ訳もない環境の中で生活をしているので、その勤職に纏わる仕組みなんかは興味を持たない。その仕組みを公表する義務や利点などを考査しながら生活する者達も極々僅かである上に、流動的に変遷していく仕組みでもあるのだ。噂では、どうやらヘッドハントから交渉を経て合意した者が勤職しているとのこと。

私達がタスケや未知予の年頃であった21世初頭で似ている事象で解説すると、一等前後賞合わせて数億円が当たる宝くじで高額当選した人みたいなものだとでも表せば分かりやすいのかもしれない。当事者と経験者のみぞ明確に知れる仕組み。

 

『そんな君は、人間ではなく時間だぞ。いづれ訪れる”時間の概念が途絶えた時”に、そんな君は何をしているんだ?』

 

これは、タスケの曽祖父・藍田亦介(あいだ またすけ)が、その死の間際の床に横たわるのを正座して上から見つめていたタスケの父に残した言葉である。

父曰くは、一定のリズムでひたすら前に進み行く時間の様な人間になろうとするな、という意味だろうとのことだ。

「自分の頃と激しいばかりに変化した時代に産まれ生きゆく君にこそ、俺の父親が伝えたかった言葉なのかもしれない。」と前置きして、タスケが10歳の誕生日にタスケの父の口から直接、それを聞かされた。

 

それから5年後の15歳になってから詩人を仕事として選んだタスケは、書庫にある爺さんの本達の中で偶然に見つけた随筆集の背表紙にあった『藍田 亦介』という文字で実の爺さんと再会した。それから詩人として、間間タスケ(あいだま たすけ)と名乗るようになって現在に至る。実の父母に与えられた名前はその時に捨てた。もう厳密なレベルでは必要とされていない”戸籍”の更新変更は簡単だ。そもそもタスケ達の世代にとっては、産まれた時から印鑑や直筆サインといった旧来の身分証明すら必要でない時代なのだから、私達にとっては簡単になった、とする方が正確か。

 

『今何をしているかよりも「今何を想像しているのか」の方が、あなたには大事なんじゃないのかしら。』

 

そして、これはタスケが実母から、詩人になる前日に掛けられた言葉だ。

<9>『由』(2)(戻る)

(続く)<11>『由』(4)


・更新履歴:第3稿<2018/05/01>

・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/10/01>

 

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<3>


● 鍵 ●

???
「誰だっ!
勝手にこの館に立ち入った者はーーーーっ!!!!!!」

 

見たことのない男が
そう叫びながら出てきて、
3人は驚いて悲鳴をあげた。

 

???:(大笑い)

 

クタブ:歳は、20代半ばとでも。マバス様の館の管理人です。それ以外は内緒で(笑):
「マヨス!
リビングで見ないと思ったら、
こんなとこにいらしたのですね。」

 

マヨス:20歳。ツンデレ系の美少年。性格はけっこう変わり者?!:
「そうさ!
みんなをビックリさせたくてね!」

 

そう言ってまた一人で大笑いし続けるマヨス。

 

マヨス
「じゃあ俺は行くね!
部屋の中には何もイタズラしてないから
安心してくつろいで泊まっていってよ!」

 

クタブ「あ、どちらへ?」

 

マヨス
「先回りされるから教えないよ!(笑)」

 

私たちが来た廊下の方へと
走って立ち去るマヨス。

 

あっけに取られ静まり返る
ハーミ達3人と廊下。

 

クタブ
「大変失礼しました。
彼はこの館の建立者の遠縁の方だと
御主人様から聞いております。
この近くに住んでいるらしく、
ちょくちょく遊びにいらっしゃるのです。
御主人様が可愛がっておられて、
特にやかましいことも言わずに
彼を受け入れておられていて。」

 

ハーミ:20歳。女子大生です。:
「そ、そうなんですね。」

 

ミルユュ:20歳。ハーミの友達の女子大生。建築の勉強をしている女子大生よ。:
「私達よりは少し年下なのかしら。」

 

クタブ
「詳しい素性まではよく知らないのですが、
お嬢様方とあまり変わらないかもしれませんね。
今回のようなイベントごとがある時は
必ず手伝ってくれるので私も助かってはいるのですが・・・
なにぶん少し奇想天外なところがあられます。
この後も彼の手荒い歓迎の犠牲者が出そうですね。
後で平謝りして歩く私の身にもなって
欲しいです。困ったものだ・・・。」

 

マヨスが走り去っていった
先を見つめるクタブ。

 

ハーミ
(ずっとポーカーフェイスだったクタブさん
だけど、楽しそうに笑っているわ。
きっとクタブさんもマヨスのことが
好きなのね。)

 

ミルユュ
「わああ。すごく素敵なお部屋!」

 

そそくさと部屋に入っていたミルユュ。

 

ミルユュ
「ハーミも早くお入りなさいよ。
アンティークに囲まれた、とってもおしゃれな
お部屋よ。
さあ!
そんなとこでぼーっとしてないで、
さあ!早く早く!!」

 

クタブ
「ハーミさんもどうぞ。
お入りになられてみてください。
ここに居ては、また彼にどんな
イタズラをされるかわかりません。」

 

ハーミ
「そうですね(笑)
それではお邪魔します。」

 

クタブ
「こちらのお部屋は寝室が1つですが、
その寝室にはクイーンサイズのベッドが
二つございます。
そしてこのリビングルームと
最新式のシャワールームと
エチケットルームがそれぞれ
1つずつ。」

 

クタブに部屋の中を案内してもらう
ハーミとミルユュ。

 

クタブ
「そんなに広い方の部屋ではないのですが、
気に入ってはいただけましたでしょうか?」

 

ミルユュ
「はい!
凄く気に入りました。」

 

ハーミ
「私も!
そんなに広くないだなんて
とんでもないわあ。」

 

ミルユュ
「そうですわ。
私、ここに住みたいくらい♪」

 

ハーミ
「だめだめ!
ミルユュがここに住んだら直ぐに
散らかっちゃって、こんなに素敵な
アンティーク達が台無しで可愛そう。」

 

ミルユュ
「大丈夫よー!
見かねたハーミが、きっと散らかる前に
綺麗に掃除してくれるわ。」

 

ハーミ「んもう。」

 

ミルユュ
「ハーミもこっちの寝室においでよー。
とっても大きなベッドでおしゃれな
お布団が良い香りだわあ。
お姫様になった気分だわあ!」

 

寝室へ駆けて行ったかと思ったら、
もうベッドの上で飛び跳ねているミルユュ。

 

ハーミ
「こらあ!
そんなはしたないことしないのお!
壊しちゃったらどうするのよ。」

 

クタブ
「大丈夫ですよ。
ベッドもアンティークなデザインを
選んでおりますが、新しい頑丈な物なので、
ライオンと象がベッドの上で
大ゲンカでもしなければ壊れません。」

 

ハーミ
「それでも・・・
あんな子供みたいにはしゃいじゃって、
友人として恥ずかしい。」

 

クタブ
「そんなことないですよ~。
お迎えする側の私達としては
お客様に楽しんでいただくのが
何よりもうれしいことですので!」

 

戻ってくるミルユュ。

 

ミルユュ
「あーーーっ!
楽しいっ!
最高に幸せだわあ。」

 

クタブ
「良かったです。
お二人とも心行くまで楽しんで
帰られてくださいね。」

 

ハーミミルユュ
「はい!」

 

クタブ
「それではこの部屋の鍵を
お渡ししておきます。」

 

飾りの付いた古めかしい鍵と、
真新しいだけのありふれた鍵の
二つを渡される。

 

クタブ
「飾りの付いていない方が
スペアキーとなっております。
お二人でどちらか一つずつを
お持ちになられていてください。」

 

ハーミ
「はい。分かりました。
ありがとうございます。」

 

ミルユュ
「私こっちの古いけど
珍しいデザインで可愛い方にする!」

 

飾りの付いた鍵を手にする
ミルユュ。

 

クタブ
「その飾りは大変古く、
もう手に入らない上に
修理を出来る職人ももういない
という貴重な物なのだそうですよ。」

 

ハーミ
「あら、それだと
ミルユュが持っていたら
無くしたり壊したりしちゃわないかが心配だわ。」

 

ミルユュ
「もおう。
いつまで私をだらしないキャラで
いじめる気なの?
ちゃんとお守りみたいに大事に扱いますわ。」

 

ハーミ
「ほんとに?約束よ。」

 

クタブ
「ミルユュさん。
よろしくお願いしますね。」

 

ミルユュ
「はい!
この館を出る時には、
埃一つ付けずにしてお返しいたしますわ。」

 

それから私たちは
荷物を開いてクローゼットに衣服を
仕舞ってから、ちょっと会わなかった間の
近況報告で、なんてことはないが
楽しい話をはじめる。

 

 

● ―回想①― ●

 

外は、遥か高い空に漂う
薄い雲の動きに合わせて
ひっそりと光の濃淡だけを
変えて輝く星達ではなく、
いたるところできらびやかに
光る週末の灯りに囲まれた街。

 

この日、
シシーメ:24歳。ハーミの友人、、、です。:
ハーミを賑やかな
カフェレストランではなく
モダンな内装と照明の店にわざわざ連れ出した。
2人は音楽を避けてテラスの端の席に腰かけ、
聞き馴染みのあるポピュラーなワインを
それぞれで選んでオーダーし、
店内カウンターの向こうの壁一面に
毅然と並んだ酒瓶の列を眺めながら
カクテルが運ばれてくるのを待っている。

 

 

シシーメ
「もうしばらくしたらすぐに夏休みだね。」

 

ハーミ
「そう。シシーメは夏休みいつからなの?」

 

シシーメ
「う、うん。ハーミよりは短いけどもうじきかな。」

 

ハーミ
「そうなんだ。あ、わかったわ!
今夜は私達の素晴らしい夏休みの予定を立てるのに、
いつもよりもグッと静かな店を
選んでくれたのね?嬉しいわ♪
それに、こんな落ち着いた雰囲気の
お店にも連れて行ってくれるようになるなんて、
学生の頃と違ってさすがね♪」

 

少し浮かれた素振りのハーミを
いつもの優しい笑顔で見つめるシシーメだが、
口数がいつもより少ない。

 

ハーミ
「あれっ?!
もしかして緊張してるのかしら?」

 

シシーメ「う、うん。そうだね。」

 

ハーミ
「どうして?」笑

 

緊張しているシシーメが
かわいらしくて思わず
ほほ笑んでしまうハーミ。

 

シシーメ
「う、うん。今日は大事な話があって。」

 

ハーミ
「わかってるわ!
夏のバカンスのことでしょ?
どこで過ごしましょうか?」

 

シシーメ「う、うん。」

 

ハーミ
「海?
高原?
そんなリゾート地だけじゃ普通よね!
テーマパークで思いっきりはしゃぐのも楽しいわ♪」

 

シシーメ「そうじゃないんだ!」

 

突然に声のボリュームを上げて
私の話を制するシシーメが
申し訳なさそうに話を続ける。

 

シシーメ
「・・・ごめん。そうじゃないんだ。
今日したい話は夏休みのことじゃない。」

 

ハーミ
「なんだろう・・。」

 

シシーメがしたい話に見当もつかず
呟くハーミ。
そしてちょうどその時に
グラスワインが運ばれてきた。

 

シシーメ「ありがとうございます。」

 

ほっとしたように
バーテンダーへお礼を告げるシシーメの表情が、
ハーミの胸の真ん中に嫌な予感をぐっと
押し付けてはさっとその手を引き戻した様だった。

 

ハーミ「もしかして。楽しくない話ですか。」

 

嫌な予感と一緒に
シシーメへの心の距離も感じたハーミは
思わず敬語で尋ねていた。

 

 

● 館の庭にて(夕べ)① ●

マバス「かんぱーい!!!」

 

手にしたスパークリングワインの
グラス同士を合わせる音が、
BBQ会場となっている庭の方々で
キラキラと弾んで、否応にもなく
参加者達の気分を高めていく。

 

マバス
「皆様をこの田舎町へお誘いするにあたって、
手前味噌ながら私なりに苦心をして揃えた料理と、
どこまでも続くかのように広がる
美しい自然に包まれたこの会場の空間を
存分に召し上がってください。」

 

幾列にも並んだテーブルの上には、
骨董品の器に丁寧に乗せられた
沢山の美味しそうな料理の数々が
広げられている。
そして煉瓦作りのBBQコンロ、
タキシードを着たバーテンダーが
ワイングラスに布巾をゆっくり
沿わせながら寡黙に待つ
バーカウンターも参加者達の心を躍らせる。

 

ボワン:男性。マバスの友人達の内の1人。ムードメーカー。28歳。:
「美味しそうなものが沢山あるね!」

 

ソスタ:男性。マバスの友人達の内の1人。スポーツマン。29歳。:
「僕らが取ってきてあげるよ。

 

ピモル:男性。マバスの友人達の内の1人。インテリ。30歳。:
「ドリンクは何が良いかな?

 

先ほどリビングで言葉を交わした
マバスの友人男性の方々が
ハーミとミルユュへ声を掛けてきた。

 

ピモル
「今さっき館に着いたばかりの
僕は初めましてだね。
ピモルですよろしく。」

 

ハーミ、ミルユュ
「よろしくお願いします。」

 

ミルユュ
「マバスさんの後輩のミルユュです。」

 

ハーミ
「同じくハーミです。」

 

音楽が流れだす。

 

ハーミ
「綺麗な音・・・」

 

ピモル
「弦楽トリオが
”アイネクライネナハジムトーク”
を演奏してる。」

 

いつの間にか会場の中央に
優雅なドレスを着た3人の女性が
音楽を奏でている。
華やかな音楽にも引き連られて
会話を弾ませる5人は
自然とこの館の不思議に話が及ぶ。

 

ピモル
「君たちの部屋はどんな部屋だった?」

 

ボワン
「ピモル!
彼女達にいきなりそんな聞き方を
したら失礼だろう。
変な趣味を持ってるズレた男だって思われるよ。
もしかして、もう酔っぱらってんのか?」

 

ソスタ
「これでもピモルは僕ら仲間内の中では
インテリで通っててさ。この館の事、
そして君たちにあてがわれた部屋の事
を聞きたがってるだけなんだけどね。」

 

ピモル
「そうだよ・・・ボワン!
酔っぱらって変な事を口走るのは
いつもの通り君の役目さ(笑)
僕はアルコールで憂さを晴らすよりも
知的好奇心を満たしたいタイプだろ?」

 

ソスタ
「だがそれはそれで変わった趣味だ(笑)
ねえ?
君たちもそう思わない?!
サッカーや乗馬なんかのスポーツを
楽しむ方が何百倍も普通で健全さ。」

 

一斉に笑い合う私達5人。

 

ピモル
「ひどい言われ様だな・・・
頼むから静かにしてくれよ(笑)
それで、
君たちの部屋には何か変わった
所は無かったかい?」

 

ミルユュ
「う~ん。
アンティーク調の立派な家具に
ばかり目が行っていたのか、
変な処は思い浮かびませんわ。」

 

ハーミ
「私も同じ・・・
何も無かったはずですわ。
皆さんのお部屋は何か
変だったのですか?」

 

ミルユュが持っている
鍵についた飾りが
ふと頭に浮かんだことは
ちっとも気に留めなかったハーミ。

 

ソスタ「そりゃあもう!」

 

ボワン
「気持ち悪いったら
ありゃしないって話だよ!」

 

ハーミ、ミルユュ
「えっ?」(笑)

 

ハーミ
「どういうことですの?」

 

ピモル
「いやいやレディー達、
気持ちが悪いなんて大きな誤解さ!」

 

ソスタ
「何言ってんだ!
それを見た時の驚きったら・・・
悲鳴を上げそうだったよ(笑)
そして未だに慣れずに身震いしそうさ!」

 

ボワン
「僕らにあてがわれた部屋にはね、
これまでに見たことも想像したことも無い
様な大きく不気味な仮面が
部屋中の壁に幾つも貼り付けてあるんだ!」

 

ソスタ
「僕らはまるでその不気味な
仮面たちに一日中監視されているような気分・・・」

 

ピモル
「あの仮面たちはお守りなんだってよ。」

 

ボワン
「信じられない。
あれはまるで逆に呪いの仮面・・・」

 

ソスタ
「確かに呪いかも!
あんな不気味な仮面たちを
ニコニコ楽しそうに見回しながら
ブツブツ独り言を呟きながら
写真撮ったりしている
ピモルの行動を見ていたら・・・」

 

ボワン、ソスタ
「正に仮面に呪われた男の姿そのものだ!!」

 

ピモル
「もう君たち二人にはお手上げだよ・・・」

 

一斉に笑い合うハーミ達5人。

 

サトイウ :52歳。建築会社の社長をしています。館のオーナーのマバス君とは懇意にしています。:
「随分と盛り上がっている様じゃないかね、
君達。」

 

楽団が
モーツァルトのディベルティメントを
奏でだした頃、
赤ワインの入ったグラスを片手に
サトイウがハーミ達5人の輪に加わった。

 

ミルユュ
「サトイウさんはこの館のことに
ついて詳しくてらっしゃるんですよね・・・?」

 

サトイウ
「うーん、
今となってはそうとも言えるかなあ。
この土地の周りに昔から住んでいる人は
ほとんど居られなくなってしまったし。
そしてマバス君をこの館へ始めに
連れてきたのは私だからねえ。
君達がこうして仲良く楽しんでいるのも
私のお蔭と言って良いのかもしれないね(笑)」

 

館の部屋についてのこれまでの
私たちの話をピモルがサトイウに説明した。

 

サトイウ
「そうか・・・・・・・・・。」

 

静かにまぶたを閉じて
聞いていたサトイウ。

 

サトイウ
「結局、君達までも・・・。
若さとは時代がどれだけ過ぎようとも、
いつまでも罪深きままのものか。
君達が誰もこの館に取りつかれることが
無いのを祈るばかりだねえ。」

 

遠い目で館の方を見つめながら
話すサトイウの消え入りそうなか細い声に、
一気にトーンダウンするハーミ達だった。

 

ボワン
「ハッ、ハハ、ハハハハ・・・ハァ・・・。」

 

場の沈んだ空気を取りつくろう
ように笑い声を上げたボワン。

 

ハーミ
(いつも陽気なボワンさんの笑い声まで
あんなに乾いてしまって・・。どうしよう。)

 

ボワン
「そ、そうですよねサトイウさん!
だけど残念ながら、ピモルなんて
既に手遅れかもしれませんよ・・・
ハハッ・・・」

 

サトイウ
「さっき聞かせてもらった話振りだと
ピモル君は物知りなようだし、
この館の不思議に特別な興味を持って
しまうのも当然だろうが。
忠告しておく!
決して深入りしてはいけないよ。
ピモル君、
くれぐれも。」

 

ミルユュ
「どうして・・・?」

 

ピモル
「どうしてですか?」

 

ソスタ
「・・・何か恐ろしい出来事が
振り掛かってきたりするんですか?」

 

ピモル
「ボワン!
そんな不吉なこと言うなよ!
僕らは何もそんな大それたことを
しようとしている訳でも
した訳でもないじゃないか。」

 

そしてピモルは恐る恐るな
口振りながら、じっとサトイウを
見据えて話を続けた。

 

ピモル
「この館の各部屋には
それぞれ違った装飾が施されていますよね?
僕がこの大きな館の全ての部屋の違いについて
知っている訳ではないですが。
例えばこの国の形ではない
見慣れない文字で書かれた聖書や、
エキセントリックな色合いの衣装や
調度品、絵画、食器、武器などといったものが
どこかしこに溢れている。
そしてそれらの整合性が取れるナニカが
完全に欠落している様に思います、僕は。
どうやら、人里離れたここの広大な敷地と、
その敷地内に存在するこの館の過去が抱える
歴史的意味には、一部の限られた人だけしか
知らない秘密があるのではないですか?」

 

一同、しばらくの沈黙の後。

 

サトイウ
「君たちはまだ私なんかと比べるまでもなく
とても若い。その上に、きっと優秀な方々で
成長欲も強く、行動力も伴っていることだろう。
そして必ずや素晴らしい人生を進んでいく。
さっきまで皆さんが携えていた様な
はち切れんばかりの笑顔を携えてね。」

 

優しそうな笑顔を少し見せたかと思うと、
悲しい表情を見せて続けるサトイウ。

 

サトイウ
「だがその笑顔が、
「知らない」からこそ現れる笑顔だとしたら・・・。
そりゃあこれからもっともっと沢山の経験や
失敗も繰り返していくからこそ、
君らなりの豊かな実りを育むことが出来るし、
その実りを周りの人たちと分け合うことで
更にどんどんと世界も広げて行くことも出来る。
しかし、知ってはいけない現実に・・・・・
それを知ってしまったことによって
我々儚い人間という生き物は、
自分で気づかない内に闇の住人と
なってしまうこともある。」

 

楽団が
ベートーヴェン/弦楽三重奏
のための
セレナーデop8.
を奏でている。

 

サトイウ
「ほら、海岸の方を見てごらん。」

 

私達は一斉に海岸の方へ顔を向ける。
水平線の中へ沈みゆく太陽。
空は夕から夜へ。
迫る夜の闇が深くなっていくまでの時間が
とてつもなくゆっくりと流れていく。

 

サトイウの年相応に落ち窪んだ目元から
語り掛けられる声に遠慮した星が、
まるで輝きだすのを躊躇しているかの様だ。

 

サトイウ
「今沈みきった太陽は、
また朝になれば僕らの元へ戻ってくるよ。
人ではないからね。
ただひたすら何億年も繰り返しながら
私達を見守り励ましくれる。
だが人間は一度闇へ落ちてから
それまでと同じ様に帰って来れるのだろうか。
それを試すことは勇気だろうか?
どこまでも愚かで儚い人間にとって・・・・・・」

 

私は思わず振り切る様に声を出していた。

 

ハーミ
「大丈夫です!きっと大丈夫!」

私達の五感は楽団の音だけを感じているかのような静寂。

 

ハーミ「そう信じたい・・・」

 

♠続く♠


 

< 第2話

第4話 >

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・初回投稿:2017/09/20

『C&B HOOK-TALE』プロローグ

=2017年9月15日=

天気:大型の台風18号が九州本土へ接近中。

鼻腔を漂い撫でる甘い香りをそっと閉じ込める様に
丸くして合わせた両手を顔の前に真っ直ぐ立てて目を閉じ、
じっとテーブルの天板に両肘を突いたままでいる人。
それが女性であれば、涙をこらえながら感情の昂りに
神経を委ねている。
男性ならば、望ましくない妄想の展開に集中しながらも、
それが雨散霧消するのを期待している。
そして、男女に関係なくそんな人達は待ち合わせで
人待ちをしている最中ではない。
でも心の中ではきっと誰かを待っている。

今この瞬間に、そういう風に心の中で密やかに
誰かを待っているロマンチックな人が
世界中にどれだけいるのだろうか?

そんな事を考えながら、私はまだピンと張ったままの
ソフトケースから取り出したラッキーストライクに
古いだけで値段は二束三文であろう錆た真鍮の
Ωジッポライターで火を付ける。
そしてオイルがわずかに香る。
それから、まだ無人の店内を見渡して首筋をほぐすのに
頭をぐるっと回しつつ扇風機かゴジラの気分で
息と煙を四方に吹き散らかす。

私の真後ろにあるキッチンからは、
仕込中の特製チキンカレーの音がする。
これは凄く辛いとよく言われるのだけれど、
辛くなければカレーじゃない、と
私は頑なに辛くするんです。

そのカレー鍋の中には、さっき入れたばかりの
野菜や鶏肉が、あっつ熱に滾る湯の中を
回遊している最中で、先に鍋の中へ放り込まれた具材達は、
挽きたてなエスプレッソ用の珈琲豆やあれやこれやも加えた
カレースパイスが投入されるクライマックスの時まで、
蒸気の気泡に突き上げられて押されて茹でられてフツフツ
鳴りながら踊り続けている。
盆踊りとサンバとフラメンコとケチャとコサックダンスと
ベリーダンスとタップダンスと日本舞踊と社交ダンス等、
世界中の全ての踊りがそこには集まっている様に見える。

だがともすれば、賽の目にカットしたタマネギ、ニンジン、
ジャガイモが、手羽先という大振りの抑圧的侵略者から
逃げ惑い、助けを求めている風にも、逆に一緒になって
遊んで歓喜に昂ぶってはしゃいでいる風にも見えるから
可笑しいんです。

 

あ、いけない。話を元に戻しましょうか。
待ち人についてしていた話へ。

 

この私の店にも、待ち合わせで使って下さるお客様は
もちろん沢山いらっしゃいます。
もしくは、待ち合わせの予定までの時間合わせで
いらっしゃる方とかもね。

なので誰かを待っている人は日々何人も
お見かけをするのです。
そして、そんな毎日の時間が過ぎてきた内に、
人を待つという行為は、紛れもなくあなたの元へ
訪れる誰かへ向けられた待ち合わせの行為とは
違って、単にとても静かで密やかな”期待”へと
向けられる行為なんだということに気付きました。

それから、いつの日からか、待ち合わせや
時間合わせでいらっしゃって寛いでおられる
お客様だけではなく、この私の店にいらっしゃって下さる
全てのお客様の素振りが、期待をそうっと抱え持ちながら
誰かではない何かを待っている姿に
見える様にもなったんです。

そう、実はね。
カフェ・バーは誰かを待つ場所じゃないんですよ。
カフェ・バーは何かが起こることを期待して訪れる場所。

なぜだか分かりますか?

その答えは。

 

「昼間から夜遅くまで開いている」

 

から。

 

♦ つ づ く ♦


※これは、実際に店内ディスプレイされている
ヴィンテージのカメラ型オイルライター


第1話


・初稿公開日:2017.09.21

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<2>

●館の中の応接リビングにて●

 

クタブ:歳は、20代半ばとでも。マバス様の館の管理人です。それ以外は内緒で(笑):
の案内でまずリビング通される
ハーミ:20歳。女子大生です。:
ミルユュ:20歳。ハーミの親友。建築の勉強をしている女子大生よ。:
するとそこには既に、
何名かの人達がくつろいでいる様子。

 

クタブ「それでは、
お二人の長旅の疲れを癒す当館自慢の
フレッシュフルーツジュースをお持ちします。
皆様がお揃いになるまで、
今しばらくこちらでお寛ぎになられていてください。

 

そう言い残して優美に
立ち去る管理人・クタブ。

 

ボワン:男性。マバスの友人達の内の1人。ムードメーカー。28歳。:
やあ、君たち!
僕らとは初めましてだよね?」

 

ミルユュ
「えっ?!・・・ええ。
初めまして・・・。」

 

緊張の張りつめた顔で私を一瞥してから、
挨拶を返すミルユュ。

 

ソスタ:男性。マバスの友人達の内の1人。スポーツマン。29歳。
「初めまして。
僕はBの友人のソスタ。
そして彼はボワン。」

 

ボワン
「急に話しかけて少し驚かせて
しまったみたいで。ごめんね。」

 

ソスタ「ごめん。」

 

とても恐縮した表情で
私たちの顔を覗き込む
ワンとソスタ。

 

ハーミも内心戸惑いながら
慌てた仕草をしている。

 

ミルユュ
「お二人はマバス先輩のご友人の方々
なんですね!すみません。
この子が人見知りなもので
不愛想になってしまって。

 

おどけながらハーミを指さすミルユュ。

 

ハーミ(えっ???)

 

ミルユュ
「初めまして。ミルユュです。
よろしくお願いします!」

 

ハーミ「あ、わ、私は!」

 

急いで挨拶しようとするハーミを
制するように話を進めるミルユュ。

 

ミルユュ
「そしてこの子が私の親友のハーミです。
私たち二人ともマバス先輩の後輩なんです!」

 

ハーミ
「は、はい・・ハーミです。
よろしくお願いいたします。」

 

ミルユュ
「私たち全然驚いてなんかないですよ。
館に来たのが初めてで。
目にするもの全てが目新しくもあって。
心ここにあらずだっただけなんです、
きっと。
なんだか世間知らずみたいで恥ずかしいわ。
ねえ?ハーミ!?」

 

ハーミ
「そ、そうなんです。
こちらこそすみませんでした。
お気になさらないでください。」

 

ミルユュに合わせて笑顔を作って
見せるハーミ。

 

ソスタ
「そうか、安心したよ。」

 

ボワン
「うん、ほっとした、良かったよ。
それに、お二人とも、どっからどう見ても
れっきとした素敵なレディーだ。」

 

ソスタ
「その通り!これからも仲良くしてね!」

 

笑顔で立ち去ったボワンとソスタ。

 

クタブ「お待たせしました!」

 

美しいカットの散りばめられた
細長く背の高いグラスに注がれた
鮮やかなジュースをトレイに
載せて戻ってきたクタブ。

 

ハーミ
「ありがとうございます。
ちょうど管理人さんがいらっしゃらない間に
ボワンさん、ソスタさんと
お話させていただいてました。」

 

ミルユュ
「お二人とも紳士的な方々で。
楽しいバカンスになりそうです。」

 

クタブ
「そうですか。それは何よりでした!
まだ後数名のお客様がいらっしゃいますが、
皆様がご主人様のご友人でらっしゃって
素晴らしい方々ばかりです。
あ、そうだ。
あそこに座ってらっしゃるサトイウ様とも
お引き合わせを致しましょう。
どうぞこちらへ。」

 

クタブに促されるまま
リビングの真ん中の方へと
進むハーミとミルユュ。

 

クタブ
「サトイウ様。
マバスの大学の後輩でらっしゃる
レディーお二人をご紹介いたします。

 

手にしていたコーヒーカップを
静かに置いて、私達の方を
振り返るサトイウ。

 

サトイウ:52歳。建築会社の社長をしています。館のオーナーのマバス君とは懇意にしています。:
「これはこれは!
こんなに溌剌としてお若くてお美しい
お二人をご紹介いただけるなんて
光栄ですね。」

 

恭しく礼をして穏やかに
ほほ笑むサトイウ。

 

ミルユュ「そんな(照れ)・・・。」

 

ハーミ
「初めまして。私はハーミ。
そして友人のミルユュです。
よろしくお願い致します。」

 

ミルユュ
「ミルユュです。よろしくお願い致します。」

 

サトイウ
「初めまして。
私はマバス氏があなた方と同じくらいの
歳の頃から仲良くさせてもらっているサトイウです。
よろしくね。
まだ皆さんが揃われるまでには
少し時間があるようだ。
どうかな?ハーミさん、ミルユュさん。
海の見渡せる窓辺の席で私の無駄話に
付き合っては頂けますまいか?
いつもはクタブが付き合ってくれるのだが、
今日は特別忙しそうにしている・・・。」

 

ミルユュ「私たちでよろしければ是非♪」

 

ハーミ「はい。」

 

サトイウ「嬉しいね。ありがとう!」

 

それから4、5名の方が来て
全員が揃うまでの間、
私達3人は水平線に向かって落ちていく
夏の太陽ときらびやかな海原を
眺めながらのんびりとした時間を重ねた。

 

マバス:28歳。新進気鋭の若手デザイナーと周りからは言われてはいます。ハーミの大学の先輩です。:
「こんにちは。皆様お揃いの様ですね。」

 

マバスがいつの間にか
リビングに入って来ていて、
来客者へ向けての話を始めた。

 

マバス
「本日は遥々このような古いだけが
取り柄の館へご足労いただきまして
ありがとうございます。
今夜は当館の庭でBBQ。
明日は館前のプライベートビーチで
マリンスポーツでもお楽しみ頂けるように
用意をしております。
体力の許す限り、
心行くまで存分にお楽しみ下さい!」

 

拍手と歓声に包まれるリビング。

 

マバス
「では、今回はじめて当館へいらっしゃったお客様は、
ご宿泊いただく部屋へご案内させていただきます
。管理人のクタブの方から順次お声掛けをさせていただきますので、
お荷物を持って移動されてください。
それでは、
陽射しが落ち着きかける18時に庭へお越しください。
それまでは部屋でゆっくりと。
あ、
当館の中の探検はおすすめしません。
迷子になって戻って来れなくなっちゃう
かもしれませんよ・・・。笑」

 

サトイウ
「わっはっは(笑)
マバスさんの言うとおりだ。
こちらの館は古いだけが取り柄じゃない、
不思議も持ち合わせた館ですから、
あまりに散策を楽しむのは
おすすめしませんよ(笑)」

 

ミルユュと目を合わせて
ビックリしている様子のハーミ。

 

ハーミ
「えっ?・・・なんだか怖いわ、・・・私。」

 

サトイウ
「いやいや。
なにもヴァンパイアや狼男が
住んでいるわけでは御座いませんから!
そんなにも怖がることは無いですよ、
お嬢さん方。
この館もあなたがた人と同じ。
マバスさんの様に大事に礼儀を持って
接すれば何も怖いことなんてありません。
・・・でも無礼な詮索や扱いをすると・・・。
この館はそれを黙っては受け入れてくれない
かもしれませんねえ。」

 

ミルユュ
「いやだあ、サトイウさん!そ
んなこと言わないでくださいよお。。」

 

今にも泣きそうな表情のミルユュ。

 

ハーミ
「ミルユュは自分のお家のお部屋も
綺麗に出来ないくらいだから、
きっとこのお館にお説教を受けることに
なるわね(笑)」

 

ミルユュ
「なによハーミー!
そんな恥ずかしいこと言わないで!
このヴァカンスが終わって帰ったら
すぐにお部屋を掃除して、
ママのお手伝いも沢山しますから、
館さん許してくださーい。。」

 

ボワン
「大丈夫!
なにか起きても僕ら騎士が君のことを
守ってあげるから(笑)
お願いだから泣かないで子猫ちゃん♪(笑)

 

リビングが爆笑で包まれる。

 

サトイウ
「あれあれ。
少し脅かしすぎたかな。
すまないねレディー達(笑)」

 

マバス
「皆様!
せっかくのヴァカンスですから、
お互いにマナーを守って快適に楽しく
過ごしましょうね!
そしてこの老いぼれ館にも優しくしてあげて
くださいね。」

 

ミルユュ「はぁい・・・グスッ。」

 

少し馬鹿にもされて恥ずかしいやら
悔しいやらのミルユュが小さな子供の様にも
見えて、大きな笑いが収まらないままの
リビングなのだった。

 

 

●客室までの通路にて●

 

ミルユュ
「もう!ハーミったら、
さっきはなんであんな大勢の、
しかも初めてお会いする方がたの前で
私の恥ずかしい秘密を話したのよ。」

 

ふてくされて言うミルユュ。

 

ハーミ
「あら。
お部屋が散らかってるのは本当だったの?」

 

ミルユュ
「まあ!
白々しいったらありゃしない。
あなた、よーっく私のこと知ってるでしょ!」

 

ハーミ
「でも。
ママのお手伝いのことは勝手に
ミルユュが言ったのよ(笑)」

 

ミルユュ
「あ・・・そうだったわ・・・
でも!でも!!」

 

ハーミ
「それに素敵な騎士が助けに来てくれるって?!
良かったじゃないこと?」

ミルユュ
「それもそうね!
少し恥ずかしかったけど
許してあげるわ!!」

 

ハーミ
「まあ、
なんて身勝手な人なのかしら(笑)」

 

ミルユュ
「それが私よ!
よーっく私のこと知ってるハーミだから
分かっていたでしょ!」

 

ハーミ「もちろんよ!」

 

そして笑い合うハーミとミルユュ。

 

クタブ
「騎士さんが守ってくださっていることですし。
もしよろしければ。」

 

部屋まで案内するために、
私たちの前を歩いていた
管理人・クタブが振り向いて
話しかけてきた。

 

クタブ
「お荷物を部屋までお運びした後、
よろしければ少しこの館の中を
ご案内致しますが、いかがですか?
それよりもまだお疲れでしょうか?」

 

ミルユュ
「素敵♪ぜひお願いしたいわ!
ねえハーミ?」

 

クタブ
「そうね♪怖がりのミルユュでも
まだ明るい内は平気だもんね?笑」

 

ミルユュ
「あら!
私には騎士が付いてるんだから
いつでも平気なのよ。
よっぽど夜の方がロマンチックで
良いくらいだわ。」

 

ハーミ
「まあミルユュったら。
ロマンチストなんだか、
ただの強がりなんだか?!(笑」」

 

そうこうして歩いている内に、
ハーミとミルユュに割り当てられた
部屋の前に3人は着いた。
すると突然。
ハーミとミルユュのために
用意されている部屋のドアが
おもいっきり勢いよく開かれた。

♠続く♠


 

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・初回投稿:2017/09/10

・更新履歴:2017/10/04