[或る用の疎]<13>第2章『由』(6)

  • ・あの日の満月みたいな雲だ
    ・君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみる
    ・その時。少しだけ切ない気持ちになれば、まだ君は大丈夫
    ・悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない
    ・驚きの衝撃を受けたココロが震えて体の中の水が溢れただけさ
    ・くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに
    ・どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって
    ・流れた涙には君が好きなように名前をつけても良いし
    ・どんな涙を流す自分だって気に入ってしまう
    ・水平線から空が別れていくよ
    ・地平線は雲ばっかり見てる
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるね
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるよ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるさ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるの
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるかな

「そして神さまは居なかったんだってことが証明される、証明される、証明される、証明さ、れ、る、ね…、よ…、さ…、の…、かな……?」

間間タスケは文末の文字を決めきれず、声に出してそのフレーズをなぞってみたが、そもそもこの1文自体が不要にも間違っているようにも思えてくる。

それで、そこまでサンプリングに使っていた分のフレーズが載っている本を本棚に戻し、より納得のいくフレーズを見つけ出す為に別の本を探し始める。

この本棚には不定期ではあるが新しい本が増えるから、探す事に尽きてしまうなんてのは今までの一度も無い。きっとこれからも無いだろう。
製本された新しい本の大量発刊がほとんど無くなっていて、昔の本もデジタル化されてほぼ再資源化され尽くされた時代だからだ。それでも町中の地上・地下の至る所を隅々まで見て回れば落ちている。本が。
本に興味の無い人たちからすれば目にも止まらないし、タスケの様に本を求める人がいるとしても、市場経済がどこかへ移ってしまった今では、取り合いになったりもしない。
タスケ自身も本を資産や掛け替えのない宝みたいに考えている訳でもない。歩き疲れて、椅子の代わりになる段差を探すかの様に本を探す行為をして、それでいざ本を見つけては条件反射の様に手に取り、持ち帰ってはこの本棚に挿し込むだけだ。

 

WASIでの仕事場を離れた未知予は、今度は別の方角へと歩みを続ける。次の行先はYBA(Your Blood Association)。
ここでは、人間の生殖・胎児生成・育児を子宮外で実施管理するシステムの介助を仕事として行える。また同時に、介助業務を行う上で必要な情報と技術の取得を効率よく出来る。

生殖行為としての性交や、出産・子育てを、各々が独自で感情的に定めたコアなコミュニティーの中でするのはリスクが高いと判断する認識へ進んだ現代では、”子孫を育む”ことも仕事として科学技術を利用している。

 

そう。
食欲・性欲・睡眠欲などという”本能”が”本当”であるとする社会の限界を越える日がちゃんと来ているのである。

だが。私達のどれだけが、この変化に向けたオメデトウを準備できていたであろうか。

叶う事は素晴らしい、と。そう信じる事を、叶う事は変化である事を、願う事から意識を逸らさない事を。自分が先で社会が後であり、結果、その社会が子宮の様に抱き包みこんで続けてくれている事の意味を。

命は有限だと知りながら、これから1時間もしない内に死に迎え入れられるという想像をしないで生きられようか。そうで無くして永遠を確かめるなど出来ようか。

「あの日の満月みたいな雲だ。
君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみてよ。
その時、少しだけ切ない気持ちになれば、君はまだ大丈夫。
悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない。
驚きの衝撃を受けた心が震えて体の中の水が溢れただけさ。
くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに、
どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって。
流れた涙に君の好きなように名前をつけても良いし、
どんなに涙を流した自分だって気に入ってしまう。
水平線から空が別れていくよ。地平線は雲ばっかり見ている。
そして神さまは居なかったんだってことが証明された。
01.01.2060 間間タスケ『ー1』」

 

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(続く)<14>『由』(7)


・更新履歴:初稿<2018/01/01>