綺麗じゃない花もあるのよ(#16)

寒い?ここも寒い、どこも寒い、そうだろ?
(常識だよ、そんなの、冬なんだよ冬。)

 

金持ちになりたかったら詐欺師になれよ
(金なんか好きになれるかよ。)

 

有名人になりたかったら残虐な犯罪者になりなよ
(賞賛をくれる相手に対してありがとーって応えるのは間違ってるからな。)

 

犯すような気持ちで抱くのと犯すのとは実際には同じだろうが!
(だが俺は犯罪に手は出せない。)

 

ならば、あなたがどんどん閉じられていくでしょう?
(まだまだ遠いと思わずに、車は思うよりも早い。)

 

なぜ生まれてきてしまったんだろうねえ
(茶殻に湧く虫とか。)

 

名前とそれは君の唯一自分の意思ではないところじゃないか
(シャワーを浴びる時に、便器に付着した汚れにもお湯のシャワーを当てて流すのが簡単で良いよ。)

 

進一はヴォルールの外壁に貼ってある子供神輿と祭縁日の日程が書かれた自治会のポスターを見つめながら歩道に立っているが、大気の冷えで固められてしまいそうな後頭部を建物側に向け変えてから、今度はポスターに背中を付けては寄っ掛かった形で立ち続ける。

そして弾けた主神からの攻撃に対しては、襲って来る都度で身を屈めて首を前に倒して応える。

 

あたたかいのは、あの女の中だけだったのか?
(時に、相手をセックスで受け入れるという事は、その相手の腕に出来た吹出物を受け入れるという事なのかもしれない。)

 

抱き合う隙間から出てくるいつもの虫は、残虐な黒き生い物?
(だとすればもし、相手が特に美しくはない容姿だとしても、目につく嫌なところがなければ、俺は相手の何を受け入れるのだろう。)

 

その心はどんな音楽を鳴らすんだ!
(「自分の誤魔化し方を教えてくれる音楽や映画」ばかり耳につく自分に死ねばいいのにと嘘ぶいてばっかりだよ。)

 

 

サイレンを回しながらも無音の状態で近づいてくるパトカーの軽自動車に乗った2人組の警官達に一瞥を喰らわされた進一。

 

今度は尻を浅く預けた体勢で歩道の白いガードレールに腰掛け、レシートとか割引券やポイントカードの端々が飛び出したクラブハウスサンドみたいな茶色の折畳財布を両手で掴み締め、取れるはずのない暖を掌で取ろうとする。

主神との争に気を取られている内にも進一の口からは呼吸に合わせて蒸気が流れ出て、喉元よりももっと奥に蓄えている水分や体温と、血液に溶かし込まれた魂とを徐々に徐々にこの町の大気から吸い取られていく様だ。

 

寒いとか温かいとか。

寒いとか温かいとか。

寒いとか温かいとか。

俺の今はどうなりたいんだよ。

寒いとか温かいとか。

寒いとか温かいとか。

寒いとか温かいとか。

 

⇒第17話は近日中に公開予定☆

綺麗じゃない花もあるのよ(#15)

〈町〉

季節は秋を過ぎてから年末も通り越して月日は2017年の2月を迎えた。

生首の話と鉢植えを育てる話をしていた日以来の左島正子を、里緒進一は「綺麗になった」と思えて止まない。

そして自分については「雑巾みたいな奴だ」と今更だから巧妙に笑ってしまうのは、やはり彼は雑巾だから、だ。

加えて、正子と出会ってから度々2人で一緒に過ごす時間があったここ数ヶ月の日々を経て、進一は雑巾は雑巾でも力の限り絞り締め尽くして乾燥し切った雑巾の状態になっているのかもしれない。

雑巾の進一が乾燥し切るまでの間、絞られて出来るねじれがキツくなって雑巾から溢れ出していく半生の記憶や未来を想う価値観といった類いの水は半透明で、じゃぶじゃぶとした物からチョロチョロと濁った物へと量や濃さを変えもしただろう。

そして、己の惨めさを着こなそうとして生きる人間である進一と己の惨めさを初めから他人事にして生きている人間に見える正子との間に垂れ下がる煌びやかなタペストリーに「お前の個性は雑巾だ。」と真顔で説き伏せられてもいる。

だが此のタペストリーの隙間から覗くことの出来る世界と正子そのものが進一の立つ側からは美しく、その美は進一が雑巾であることへの躊躇を産んでは殺し産んでは殺しし続けるのである。

 

さっき便座に置きっぱなしにしてきた「探さないで下さい。」の便器の蓋から距離を置くためには物理的にどんどん遠ざかる術しか無い雑巾の進一である。

大した仕事も金もない進一には昼ごはんに誘う相手も憩いのたゆたうオアシスもある訳がない。

彼は後戻りをしたり曲がって横に逃げ込んだりはせずにひたすら前へ前へと歩みを進められる道を真面目に選び、延々と直線距離を伸ばしては歩いて行くだけだ。

だがそうして町を彷徨うがままの内、いつものヴォルールの前に行き着いてしまった。

 

ヴォルールのある一画は表通りから奥まった方に並んだ旧商店街なので、まだ何とか商売を続けたままでここに居残れている店々の看板が灯されていない昼間に車の往来が途切れる一瞬で、その廃れた旧商店街が醸す言い分は進一の有する”年齢に起因した健康”とは反する異形である。

こんな時間にこの辺りを歩いている通行人達は、冷え冷えとした気温を昼間だけは緩めてくれる日光を浴びるための外出をしているか、小型室内犬の散歩でもしているかで、目的地を目指すではなくフラフラトボトボしている。

その通行人達が、老人ばかりだからなのか点々と存在しているからなのか、今ここはゾンビの巣で、ゾンビの巣の主神はその異形な言い分と進一とを1つにくっ付けてしまおうと、何本もの針をタッカーで打ち付けるべく、進一を見据えて微笑んでいる。

「探さないで下さい。」の言い分の不可解さから逃れたかったのだけなのに、彼はこの街の主神の家督を背負い込んでしまう始末なのか。

 

主神は微笑みから顔中の筋肉という筋肉を縮め、それで出来た細い皺という皺が皮膚をボコボコに盛り上げる。

そして主神の体躯は高温に熱した油面に注がれた水の激しさで一度機に微小なサイズとなる破裂をし、散り散りバラバラな其の身を針に変えて俺を刺し、早々に俺をこの町に打ち付け終え、今生での残夢を遂げて無邪鬼へと還ってしまおうとする。

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#14)

〈母〉

相手の身になればなる程に、「会いたい」という気持ちが麦畑で助走をしてから山野を駆け上って行く風の様に爽やかに流れて行くものだと高を括れていたのは、その彼は私の親でないのは然り、まだ彼と他人の関係だったからなのか。

“許せない冬”は「彼に対する私の勝手な抜き打ち試験がこの確認作業であったのだ。」と私に悟らせた。

「自分の考え方の事なのに、後になってそのロジックがようやく判ったりもするのだなあ。」

というのが私の中で最も重要な挙げ句の発見だった。

そしてその挙げ句でも消化されずに残っているのは1滴の悲しさで、その悲しさはオスミウムの様に重く後悔の様に痛くはのしかかってこないのだけれど、ぽっつんとしながら在り在りと私の五臓六腑のどれかの側面に今でもくっ付いたままで残っている。

「彼だってプチトマトを育てていたのであれば夏が終われば一度枯れるだろう」
「だとしても、また春に継げば再生して芽が出るから構わない」

と考えていたのに。実際に「枯れた」と言われた以上は、何を育てていたのか、どうして枯れたのか、なんかは気になり出した私でした。結局は想いが触媒となって私をどこまでも変異させていき、終わったことを言い出すキッカケを作った冬という言葉を嫌ったりする阿保もした。

「そんな私であることを彼ははなから感づいていたのかもしれない。」

母にその彼との話をここまでした時に母はふいに独り言ちた。

「不完全な部分を相手に見つけられてしまった時から、相手の不完全な部分を自分に曝け出してきた、とあなたは勘違いする様になるのよ。」

「構造の部分は暗くてよく見えないみたいな感じだけど、それで合っている気がするわ。たまにはお母さんもチマチマした発言をするのね。」

 

「いくつもの恋事を俯瞰してくれば、ミントが繁殖して多種の植物を追い出して最後にはミントが雑草になっていくのに似ていると勘付くものよ。」

 

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エッセイ -5- 「人柱」

 

『人柱』

 

人生は、その不確実性を楽しむものだ。

同時に不確実性を恐れたり悲しんで歩まず

止めるのも人。

止めても、人。

 

だから、まずはこの不確実性を

受け入れることから。

 

そうでなければ、時間ばかりが過ぎて行き、

自分はどこにも行けていないことになる。

 

だから、

人生の歩みを”得”を取りに行くための道だと考える人は

どこへも行けない人であって、

 

故に大群を成して

社会の礎となっているのである。

 

そして、そんな人柱に支えられている社会は

 

不確実性に乏しい。

 

〜2019.09.12 次の執筆の前に思い起こすには〜

綺麗じゃない花もあるのよ(#13)

「女の癖(くせ)に」

この言葉を私が発する時、それはいつの頃からも今でも、その場に横揺れが迫り上がるのです。

そりゃあ母としては「母子家庭だから教育上のこととして父親の役目もしなければ仕方がない時がある」との考えを持っているからなのかもしれないけれど、仮初めの一時でも私は母が父親や男になって欲しい時は無く、母には常に母親であって女であって欲しかった。
だから私は日常的に「女の癖に」と口にするには憚らない私となり、母が母親ではない仮面をかぶって近付いて来ようものなら反抗ばかりをする。
そして母はオバさんになった。
その母が婆さんになる頃には私も追っかける様にオバさんになるのでしょうか。
それでも私はいつまでも男版母への反抗を続けるだろう。

決してこれは母と意見が合わないからという理由で一方的に衝突をしに向かう自分勝手とは違う。
私達2人の機嫌の良い悪いの接触で発火する口論ともまた別だ。遺伝子学上での子としての当然の態度なのです。
遺伝子学上での母への子からの愛でしょう。

そんな私は普通の娘ではありえないのでしょうか。
もしあなたがそう思われる方であれば、見ず知らずの赤の他人という存在の人間を思い浮かべてみて欲しいです。
もしくは、今あなたが居られる所から周りを見回してみて欲しいです。

 

的確に伝わってくる性別の違いというのは骨格や肌触りにあって、言動という曖昧の中には無いのではありませんか?いかがでしょう。

 

突然ですから、あなたがこれを試してみたとしても、こんなことをしてみたい気分ではなくて読んでくださっているあなたであったとしても、何を私が言いたいのかが解らないとか、同意出来ないとかいった心情でしょうか。
すみません。あなたが例えそうだとしても、私からあなたへこの告白を遂げる最後の時間を残り数10秒だけください。

母から私に差し出されてきた手の男臭さに「女の癖に」と言って反応をするのは、とどのつまり私からの母への愛です。
「子を育てる」という、人間の根幹にあるとされる三大欲求の中の「性欲」に対して子孫が呼応する方法なんです。

私は母の娘として、睡眠不足や空腹を意識外へやり、幼かった私をいつも守ってくれた母を思いやるのに、まだ母の心の中に残る「性欲」へも私はシンプルに応え続けていたいのです。
それだけのこと。

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#12)

〈続・左島正子からあなたへ〉

私がカフェバーの在るあの本屋へ度々通うのには理由がある。
嫌々で行っているのではないから、「あの本屋を好きな理由がある」と表現するのも間違いではない。
だが、その好きな理由は「行く目的」とは違う様だ。
だから好きな理由はまだハッキリとしてはいない。嫌はハッキリしていて、好きはハッキリしないのが私なんです。
そして、「行く目的」に思い当たるものは無い。

 

お日様が天空の高いところにある昼に街を歩けば何処でも他人とすれ違うし、買い物をすれば大袈裟な礼を差し向けてくる店員がいる。
飲食店で寛いでいれば、ティースプーンを落とす老夫婦とグラスを倒す子供連れがいる。
いつからだろうか?ストローでずずずーっと最後まで吸おうとするのをしなくなったのは。
それに恥ずかしさを覚えて躊躇をしだしたのは。
そういえば子供の頃は早い朝や遅い夜が怖かったものです。
どこにも人がいなかったし、カラスや犬猫は見えないところから突然に声や姿を出すし、そんな時間に表で動いている僅かな数の人達は殊更に大きな音を立てるし。
しかしいつしかそんな時分を逆に清々しく思うように私はなった。
そうなった理由は単純で、他人に私が疲れたからだとハッキリしている。

 

人間の存在は他人の噂話や体制の成り立ちと同列で、「こういう世の中」だと定めたい気持ちそのものが「常識」の骨格だから、人ごとで異なる疲れが肌にチクチク付着してきて毛穴を詰まらせ、皮膚呼吸の息苦しさから切迫していく動悸を禁じ得ずに疲れが増し続けていく。

 

寂しさの無さを身に纏えた実感を捕まえられれば、もし例え先々にその実感を捨て去ることとなっても、どこまでもいつまでも限り無く清々しく行けるのに、敢えて知っている事の中で生きていきたくなんかあるものか。
そして、想像に向かって行きながら生きないと私は死んでしまうと信じられるのです。

 

それからの選択の結果で撃ち殺されるのは別に構わないとも感じる感情の位置が、私の望む居場所なのかとの期待は想像も実際は超えて、圧や痛みを生まない引力で私の歩みを吸い出してくれるものです。

 

血管や息を絞めあげられたり殴られたりして殺されるのは嫌だけど、これまでを思い返せば嫌いな事が更に嫌いな事を呼び集めて私の健康的な生活を乱し、私が大事にする大人の習慣やルーティーンの収拾が付かなくなるものだから、「嫌」の強固な排除を頑なに実践する。
私は心身ともに共感できるみたいなのしか嫌なんです。

 

「その意見は受け止められないけど想いは近い」とか、私にだけ向けられる表情や性格も分からなくて3Dアニメーションのキャラクターにもはや等しいTVタレントやアイドル/パフォーマーやらにオ熱をあげるなんてのは毛頭無しでしょ!?そして私が嫌だったり無しな事と言えば、その主役は何を差し置いても母の存在なんです。

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#11)

〈左島正子からあなたへ〉

揺るぎない”時の行進”は老いばかりを際立たせていくのではなく、その行軍の道程において一定の間隔で宵の月灯りを振り撒いたりもする。
だからこそ、相手への想いには”正子の頭の中で夜に膨張をしていく習性”があった。
この”想いの誇張の突起が拡大していくイメージ”は、ぶくぶくに自分の体が太るみたいだし、どう考えても不健康な状態だし、鏡には映らない内臓脂肪みたいでもあるのが正子には恐怖だったのだ。

その恐怖が「もしお互いへの想いというものがそれぞれの頭の中に存在するのであるならば、それらを頭の中で膨張させっ放しにするのではなく、”感じの良い形でそれらを見る方法”を用いて確認をしていきたい。」と正子に願わせた。

そこで当時の正子が思い付いたのが「2人別々に鉢植を買ってきて、それぞれの想いを各々の植物を育てるのに注いでみる」であって、正子はミントをプランターで育て始めてからの日々で成長変化するミントの様子を楽しめていた。
同時に正子は「相手は何も育て始めてなんかいない」と実は諦めてもいた。自分が一方的に提案した事である以上は、「もし育てていなくても、それはそれでありがちだ」という理屈であり、約束に対する忌みだ。つまりは言い出しっぺ自身としたところで、ほんの遊びでしかない程度で、この確認作業を進めていたい気持ちがあったとも言える。

だから正子は2人揃って鉢植をするという提案に至った理由なんて相手に伝えることをそもそもしてはいなかった。

 

「正子。俺のアレ、枯れた。」

その内に冬と彼からの唐突な知らせが正子の元へ届いた。
この知らせに苛ついた正子は“許せない冬”をこの時に産んだのだった。

 

その当時の相手との此の確認作業を始めた季節は秋でした。
だからすぐに最初の冬がくるのは自然な訳で、私のミントも彼の植物だって枯れやすい環境にあったのは当然です。
または、彼の植えた品種が冬枯れするヤツだったのかもしれないし、植物を育てるのがやり慣れないことで下手であったが故に手を抜いてしまっていたのかもしれないし。
それらを斟酌してでも私が苛ついたのは、彼が何を育てていたのかとか、どこまで育っていたのかとか、どうして枯れたのかなどの話を聞かせようと全くせず、私に枯れた事だけを伝えてきた点。

彼とは頻繁に会える環境ではなかったのもあってか鉢植同士を見せ合ったことはなかったし、どの品種を植えたのかを教え合ったこともなかった。
だが他の話だったらいつも彼からあったから、彼はそのまま鉢植については素知らぬ振りを続けるでも、育てている振りの嘘を時々は話してくれるでも良かったし、もしそれが私にバレたら笑って誤魔化してくれてでも良かった気さえする。
なのに彼が枯れたことをわざわざ此の私に伝えてきたのが本当に私は嫌だった。

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#10)

今は誰も居ないコインランドリーでは5つのドラムが回転していて賑やかだ。
白のタオルケットとフラミンゴ柄のシーツと枕カバーをランドリーバッグに詰め込んで帰り支度はすぐに済んだ。
そして最後にしゃがみ込んで生首を眺め回す。
そういえば見事に無臭である。
清潔であることは何時においても重要。
清潔さは安心をもたらす。

閉じた瞼の睫毛に息を吹きかけてみるが、私と生首との距離間が足りないのかピクともしない。
代わりに小さな綿埃が生首の耳辺りから出てきて私の眼球に迫ってくる。
どちらかというと嫌いで煙草を吸わない私の方にばかり煙りが寄ってくるのに似ていて苛ついてしまい、勢いよく両替機のリアカバーを閉じて「お休みなさい」と声を掛け、鍵は忘れ物ボックスへ投げ入れて家へ帰った。

それからというもの、毛先に風を感じる日には生首の残像がふわふわ空中に浮かんで漂い着いてくる。
生首は雨降りでも濡れる事はないし、晴れが続いても褐色に日焼けする事もない。
いつも丸まったまま真っ白く果てるダンゴムシみたいに悲しい。

「どこからが本当の話だと思う?」

「全て本当じゃないかな。」

僕には君と一緒にいる今と今までの記憶をも、この世の最後の嘘みたいだ。

「私にとっては冬が似ていて。生首に似てるところが多いなあって思ったのよ。」

「正子の冬はダンゴムシの死骸?」

「違うわよ」笑う正子。

「ダンゴムシの死骸はオールシーズン。」

「あ、そうだっけ?」

「そうよ。年中で転がってるわよ。」

「まじか。バイバイした後に探してみる!」

「ばかね」笑う正子。

「絶対あるから探してみて!」

「あ。で、冬の話は?」

「あーね。」

「許してたはずなんだっけ⁈」

「そう。私も許していたはずの冬を拒んだ夜があったわ。しん君って、鉢植の植物を育てたことはある?」

「たぶん無いかな。」

「面倒と言えば面倒だけど、他の何かと比べれば面倒な内には入らないくらいの手間で育つから楽しいわよ。」

「へえ。そっか。」

「私もまた育てるから、しん君も育ててよ。」

「ああ。」

「しん君だと思って私は育てるわ。」

「正子だと思って育てるよ。」

「いいじゃん!」

「でもさ、なんで?」

「冬を受け入れたくなったの!」

「もう拒まないんだ?」

「とりあえず向き合うわ。」

「そうか。」

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#9)

件の生首は、ずっと私に対する無言を貫くし、もし私が話しかけてたとしても応えてくれる道理は無いし。
だとすればこそ、私は生首との心の距離を測りたくなってコインランドリーの外へ出てみた。

コインランドリーの外には、ガードレールに付着した塵が熱された臭いと昼間からハイビームで前方を照らす乗用車が呼びもしないのに無神経に近づいて来る。
初めて触れた時からずっと実は握りしめたままで手汗に塗れネチョネチョすらしてきた小さな鍵も存在感を強く増す。

私は手の平を開いてその鍵の表裏をジックリと見つめてみた。
鍵が翻るたびに照り返って来る日光が私の瞳の白いところまでをも焦がし、私の眉間には皺が寄る。

私はそれでも外で立ったまま、ネチョネチョの鍵を握り締め直した左の拳を短パンのポケットに突っ込み、右に左に回るドラムと、洗濯&乾燥が終了するまでのカウントダウンを示すデジタル時計の数字をガラス越しに見つめて「あの数字は生首とのお別れまでの残り時間」だと決めた。

それでもまだ20分間以上は残っているのが耐え切れなくて、私はコインランドリーを離れて近くの公園へ歩いて行ってみた。
何よりも喉が渇いていたが気もまぐれていたから、表面的で薄っぺらくて当たり障りも無く触れられる日常を私の視覚は求めていた。
間違い無く夏は暑くて、人影の無いバス停の周りの日陰に散らばって立つ人達は顎を上げて瞼を閉ざしている。
公園の中では帽子を被せられた子供達がなぜか走り回る。
ボールも鬼も見当たらないが子供達の足元からはザザッザッと砂の擦れる音が不規則に立ち上がり、蝉の一団はそれに負けじと腹を震わせる。
「生首を転がし入れてやろうか。」子供や蝉達はどんな反応するのかな。

公園で歩みを折り返してコインランドリーへ戻る途中、自動販売機で売れ残っていた見慣れない缶のデザインの冷えたコーラを半分まで飲んでから、ようやく一息ついて整理する。

「会話の出来る相手ではない」

「笑顔をくれる相手ではない」

「劇場のスクリーンを一緒に見遣る相手ではない」

「お腹いっぱいになって眠たいと言い合う相手ではない」

だから会いたいとは思わないが、側にいると視線を投げ続けてしまう相手だ。

「私がどうこう出来る相手ではないな。」

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#8)

〈続・記憶〉

俺はあの日から、スマホの通知機能を正子とのLINEだけに限定し、毎日毎日で偶然を演出しながら正子を誘い出そうとしては、正子の予定に合わせて手にした逢瀬を切り刻み、それを1人でベットにぶちまけて過ごしていた。

そもそもが俺の方からアクションしないと他人と渡り合う場に居ることが出来ない自分だったから、大洋に正子用のプロペラを1機立てて発電運用している状態の生活だ。

「あ、両替機の話したっけ?」

「いや。それは聞いてないよ。」

「じゃあするね。」

「うん。いいけど。冬は?」

「コインランドリーの話が終わってから。」

「あね。コインランドリーの両替機なんだ!?」

「そう。まじでヤバかったんだから。」

正子が言うにはコインランドリーの両替機には小さな鍵が刺さったままだったらしい。
その事に気がついたのは、正子がその時に小銭を持っていなかったから。

しっかり千二百円分の小銭なんて持ち歩く者などいはしないから、コインランドリーにはゲームセンターと同じくお札を百円玉へ両替する機械が必ずやあるものだ。
だがその両替機から出てくるはずの正子の小銭は、中の百円玉が足りなくなったのか詰まったからなのか、ちっとも出てきてくれないのだった。
しかも正子が入れた千円札までもが出てこない。
それで思わず正子は突き刺さったままの鍵をひねってリアカバーを自分の方へ引いて両替機を開けたのだった。

だがそこにはまず生首が入っていた。
リアカバーを開けても転げ落ちはしないで、機器と機器の間にハマったままの生首。
脳天が下で、となると下顎は当然に上。
尚、洗濯機にかけられた後なのかもしれないが人の手で洗われた様子は見受けられない。
なぜなら、「あ」の形で空いた口から見える前歯にはニラがその一部を正子に向けて晒している。
「緑の濃さと繊維の感じからして間違いなくニラだった」らしい。

また、生首を乾燥機にかけた後の見え方は知らないが、肝心の生感が漂う生首は、きっと乾燥機にもかけられてはいなかったのだろう。

「ニラ特有の見た感じあるでしょ?それとも水仙かしら?」

正子は楽しそうに笑い、俺は楽しくなりたくて笑う。

「そうだね。それで?それからどうした?」

(実際は、窮屈そうだったから開けたままにしておいてあげた)

乾燥までが終わるまでの50分間はユッカの白い鉢の横に設置されたアルミラックに並べて置いてあるクーポン誌や求人誌やタウン誌を順に読み飛ばしていればいつもは過ぎるのだけど、「ここへ来る前に使った歯磨剤のハッカの香りと口内粘膜がまぐわい腐り溶ける臭いがし出しかねないなんて」、意識が彼の世まで届いてしまいそうな気分だ。

そう考えている間に3人の客が入ってきたが、私が両替機の真横に座っているからか誰もこっちを見ない。
だから生首には誰もが気づかない。

放って置けない状態とは何処までも際限無く危機が充満をした”状態”の”形”でもある。そして、誰も生首の存在は察しない。

 

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