綺麗じゃない花もあるのよ(#6)

〈続・店〉

その正子はローカットスニーカーを履いた両足の踵を揃えて立ち、左手でサコッシュの紐を胸元に押さえたまま検索マシンをトントントンットンと右手の中指で触れている。

俺は水割小便を勢いよく延々と時間をかけて出し切ってからは、本棚のエンドをぼやっと眺めて店内を壁沿いに一周することで冷涼を拝借する。
それからカフェバーへと侵入をし、エスプレッソコーヒーのシングルを注文する。
けたたましい蒸気音の後に提供される小さなカップを速かに一息で飲み込むと、エスプレッソが持つ旨味の刺激から思わず口に氷水を含みたくなる。
だがきっと実際に水の無味を含んでしまうと勿体なかった気持ちになりそうでもあり。
お冷のグラスを引き寄せたままで持ち上げられはせずに飲むか飲まざるかを悩み出すのだけれど、すぐに煙草が吸いたくなるものだから、店外の灰皿の脇にしばらく立っては数分で戻って来て気持ち良くお冷も飲みきる事も出来る。

それから口内で氷を舐め回しつつ書店フロアの中央通路を真っ直ぐ正面出入口へ向けて歩いていたところ、「コミック」コーナーに平積みされた新刊の凸凹に手を突いて本棚へ手を伸ばす未就学児に見える子どもが目に止まる。
「おいおい、ガガンボ少女よ」日焼けした手足は長くて頭の小さなその子は、俊敏ではないまでもワサワサと体位を変えて視線を上下させながら、一心不乱にどれかのコミックスを目指している。

「クックは脱いでるのな。」

一応はちゃんとしようとしている子供の可笑しみに時間感覚と共に俺のニヒリズムは歪んでしまって、検索機を使っている女性の足元にある低く小さい脚立をガガンボ少女の足元へと持って来てやらことにした。

「ちょっと。君さ。これ使えば?」

ガガンボ少女は驚きや、ましてや恐縮の色も無く、ただ悔しそうな顔で屹立をして俺を見上げている。

「これで手が届く?」少女の手を取って脚立へ載せてあげる正子。

検索機の前から瞬間移動してきたその女性へは満面の笑みを向けてビニールに包まれた派手な装丁のコミックスを手にするガガンボ少女にイラッとした俺は、そそくさとその場から入口へ踵を返したが後頭部をカフェバーの扉が閉まる音に小突かれる。
反射的に振り返ると、カフェバーへと伸びる通路には脚立の上に置かれたガガンボ少女が手にしていたコミックがあるだけ。
女性は湯気の様に香りすらも残さずに立ち消えてしまったし。

「買わないものを欲しがるなよ。」

あの女2人の余韻が空箱となり俺はそれを持ったまま立ち尽くす。
この空箱に今日を仕舞い込んで1日を終えさせられたくはない俺はいつもの帰路に着き直すためにもう1回トイレへ行ってもう1度カフェバーへ入ってみた。

 

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