作者のプロフィール

筆者名:青山玄一(アオヤマゲンイチGenichiAoyama)

 

1978年生まれ。20代の頃、友人とオリジナル楽曲の制作をしていた際に歌詞を書いたことから”書き手”を始め、これまでにはWEBサイトのキャッチコピーやライティングといった文筆の仕事も幾つか担当してきた。

40代を目前にしてから創作の方向の執筆にも目覚め、趣味として書きだした小説を中心に、書いたものをこのサイトへ掲載していくことにしました。

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略歴(主観)=

1978年、長崎県で生まれる。その後、大学進学の歳まで長崎で過ごす。

小学生の頃:なぜかファーブルになりたくなる。ほぼ同時期にプロアスリートを諦める。

中三の頃:自分で勝手に、”寿司屋に修行に出る”か”進学する”かの2択を掲げる。

高校の頃:ふとサラリーマンとして勤め上げる将来をザックリとした理由で固く諦める。

1997年、大学進学を機に上京。

2001年、就活に向かっているはずの大学の同級生でバンド仲間でもある友人から、「コンビを組んで一緒にお笑い芸人にならないか。」と囁かれる。お笑いの道へ惹かれながらもやんわりと辞退し、(後に、還暦の歳から強烈なパンクをやるバンドを組むことを提案し返す)ほぼ同時期に大学を中退。

2003~05年頃:鼻歌デュオユニット「あおやまアンテナこんちねんたる」を結成し、”Getche’7(げちぇな)レコーズ”というレーベル(個人事業)も設立してみて、アルバム1枚とシングル3枚を宅録で自主制作。そうこうしている生活が極めて清々しかったので、このまま音楽家風のフリーターを続けるか、法人起業をしてビジネスをするかの2択にその後の人生設計を絞る。

2006年、アルバイト先の職場の上司を役員に迎えて人材SP(人材を用いたセールスプロモーション)を主事業とする法人・マグ株式会社を設立してしまう。

2011年、マグ社の財務上の難局と東日本大震災が重なった年。役員/従業員と事業を関係各所へ移籍/譲渡し、マグ社を「社長1人の会社」の形にして青山自身の出身地である長崎へ移り、(これまでとは少し異なる事業内容になるが)事業を継続。

2017年:このブログサイトを開始。WEB広告屋、文筆屋、コンサル屋、プロデュース屋みたいな事をして生計を立てている。この年に、登記所在地も東京都内から長崎県内へ変更。

・2017年11月:当サイト/コンテンツの管理を、「GenAoyama -1」(ゲン・アオヤマ マイナス・ワン/minus oneプロジェクトとして試験始動。

2018年1月:マグ㈱社を2017年で休業とし、個人事業主「-1/minus one」へ。小説書きとしての変化は特には無く、ただただ書いては出し書いては出しの日々を送る。

・2018年10月:筆名を「青山玄一」とする。

※作者/管理人の肖像写真※

15年間の東京暮らしから長崎へUターンする直前で、正に過渡期と呼べる時期の、「あんな生活は、もう金輪際せんでよかかな~」と見返す度に思える写真。
(そんな2011年に、大学生時代からの友人が、食事中に何となく撮影してくれたもの@池袋?新宿?)
ちなみに、ツイッター始めてみたのもこの頃でした。

 

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「更新日履歴」も記載します

アップ済みの作品とはいえ、どれも完成とは考えていません。

ですので推敲をするたびに更新日履歴情報の更新もしています。

 

=書き捨て=
「だとすればキミは、出荷されない家畜か」
「無駄に産れてきたけど さらさら受け入れられない」
「忘らるるを おそるるは 人の醜ささ」