綺麗じゃない花もあるのよ(#13)

「女の癖(くせ)に」

この言葉を私が発する時、それはいつの頃からも今でも、その場に横揺れが迫り上がるのです。

そりゃあ母としては「母子家庭だから教育上のこととして父親の役目もしなければ仕方がない時がある」との考えを持っているからなのかもしれないけれど、仮初めの一時でも私は母が父親や男になって欲しい時は無く、母には常に母親であって女であって欲しかった。
だから私は日常的に「女の癖に」と口にするには憚らない私となり、母が母親ではない仮面をかぶって近付いて来ようものなら反抗ばかりをする。
そして母はオバさんになった。
その母が婆さんになる頃には私も追っかける様にオバさんになるのでしょうか。
それでも私はいつまでも男版母への反抗を続けるだろう。

決してこれは母と意見が合わないからという理由で一方的に衝突をしに向かう自分勝手とは違う。
私達2人の機嫌の良い悪いの接触で発火する口論ともまた別だ。遺伝子学上での子としての当然の態度なのです。
遺伝子学上での母への子からの愛でしょう。

そんな私は普通の娘ではありえないのでしょうか。
もしあなたがそう思われる方であれば、見ず知らずの赤の他人という存在の人間を思い浮かべてみて欲しいです。
もしくは、今あなたが居られる所から周りを見回してみて欲しいです。

 

的確に伝わってくる性別の違いというのは骨格や肌触りにあって、言動という曖昧の中には無いのではありませんか?いかがでしょう。

 

突然ですから、あなたがこれを試してみたとしても、こんなことをしてみたい気分ではなくて読んでくださっているあなたであったとしても、何を私が言いたいのかが解らないとか、同意出来ないとかいった心情でしょうか。
すみません。あなたが例えそうだとしても、私からあなたへこの告白を遂げる最後の時間を残り数10秒だけください。

母から私に差し出されてきた手の男臭さに「女の癖に」と言って反応をするのは、とどのつまり私からの母への愛です。
「子を育てる」という、人間の根幹にあるとされる三大欲求の中の「性欲」に対して子孫が呼応する方法なんです。

私は母の娘として、睡眠不足や空腹を意識外へやり、幼かった私をいつも守ってくれた母を思いやるのに、まだ母の心の中に残る「性欲」へも私はシンプルに応え続けていたいのです。
それだけのこと。

 

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