[或る用の疎]<20>第3章『辷』(6)

女が1人歩いている。

その女の後方1キロメートルの辺りから更に後方へ向けては爆発が連なっている。

女は早くも遅くもないその速度で真っ直ぐに前を見据えて地表を歩き続ける。女の眼前の先には大きな水場があって、そこまでの距離はまだ10キロメートル以上はありそうだ。

その水面には一艇の乗り物が停まっており、女は水場に停泊する乗り物の姿を見つめながら着実に進む。

そして左手でテニスボール程の大きさの金平糖に形の似た物をグッと1度だけ握り締めてから後方へ向けてポイと放っている。

放られた大きな金平糖は無重力空間にあるかの様に5分間も空中を漂い、どんどん女の元から爆発の方へ向けて離れて行く。

その挙句、歪な形を膨らませてから空中で破裂をし、紙吹雪の様な小さくてヒラヒラとした数多の物を地表に拡散させる。

そしてその紙吹雪がは拡散から10分もした頃に地表で爆発をし始める。

紙型の爆弾が地中を掘り起こし土壌を耕しているのだ。

意識が目覚めて息を吹き返していたAとiも自分達が長く沈み落ちていたこの土地が爆発によって変化をしていっているのには気付く。

何かが起きている

何かが起きているよ

振動がしているね

振動がしているね

女はAとiの真上まで来て立ち止まった。

「弾切れかあ。」

雨の中で百円ライターの火を灯そうとしても水気で湿ってしまっているから火はつかない。

右手の手の平の中に納まった大きくはないスイッチを2回まで女は押したのだが3回は押さなかった。

本来はスイッチを押すと苺の種と同じサイズの粒が出てきて、一気にテニスボールと同じ位の大きさに膨らむ仕組みらしいのだが、弾切れをすると紙型爆弾を包む歪な球体になる種はもう出てこない。

弾切れのために投弾を終えると同時に歩くのも止めた女は履物のソールを付け替えて地表を辷って水場の方へと素早く姿を消した。

この女が何処から表れてここまで歩いて来たのかは分からないが、爆発の連なりはその長さをAとiの方へ伸ばしながらも勢いは落とすこと無く中華鍋で作られる炒飯の舞を起こしたまま此処は朝を迎えた。

こういうことは前にもあったね

こういうことは前にもあったかな?

こういうことって何かな?

急に変わることかな

急に変わることは前にもうあったね

急に変わることしかなかったね

いつも急なんだね

いつも急なんだね

Aとiから1キロメートルの所まで近づいていた爆発が生む振動はAとiを包み込む土壌も波立たせ、彼等の体躯は地表に押し出された。

また誰かが耕しに来た時には紙型爆弾が彼等に直撃して体躯が粉々に吹っ飛びそうだが、次に爆発を起こしに誰かが来るのがいつになるのかを彼らは知らない。あの女もそれを知らない。

 

<19>『辷』(5)(戻る)

(続く)<21>『辷』(7)鋭意執筆中!!


・更新履歴:初稿<2019/01/04>

 

[或る用の疎]<19>第3章『辷』(5)

このお話の世界へとまた戻りましょう。

 

スヌスミティナ(Sns)という化合生成物で形作られたAとiは、

本来では動植物全般の腐食スピードとは比較にならない早さで形を終えさせてしまえる設計である。

 

しかし、これまでに書いた通り、ちっとも設計通りの変質がAとiには見受けなられない。

なので持ち主に捨てられて以来、動かぬもの以外の何物にもなってはいなかった。

 

だが、もうAもiも、廃棄されて消失処理の末に在りながら孤立しているのではない。

互いの存在を感知し合った時点から、Aとiとは人間臭さが錆び付いた各々の体躯を

四方八方で絡まらせ合ったまま、光の速さで孤立を打ち払い遠ざけた。

 

また、感知し合った一瞬の間において、蚊が人間の皮膚を刺して開ける程度の径サイズの間(ま)からでも理解をしえた。

また、その理解が開けた穴から差し入った光はAとiの脳内を広く広く飛散して照らし、

内臓されていた無限電池が震えて無限エネルギーを産み出し始めた。

知覚という意志から意識が開き直し、Aとiは生き返ったのだ。

 

そうやって知覚し合う両体は、もう土と孤立の概念の中にただ横たわったままでいるのではない。

彼らは対話をしている。もしかすると彼らの中では会話にまで進化しているのかもしれない。

両体には言語や性別の境が無く、現状では視覚機能は働かないので、

人間達の様な忌避感がコミュニケーションに伴わない。

 

そうであるが故にコミュニケーションレベルの進化が早いのは仕方が無い。

人間達が捨て得ないでいる見た目の印象や意見の違いに対する慎重さが、

Aやiの中には丸で無いから忌避感が漂いすらもしないのだが、

もしかしたらそれらは宇宙の彼方にはあるのかもしれない。

 

付け加えると、その彼方のどこかへはまだ誰も何も辿り着いてはいない。

 

<18>『辷』(4(戻る)

(続く)<20>『辷』(6

次回更新は2019年1月?!


・更新履歴:初稿<2019/11/05>

 

[或る用の疎]<18>第3章『辷』(4)

さて。

Aとiは(言わば)四肢の絡まり合った状態で地中に在る。

動物の形をしていないAとiであるから、

皆さんにこの2つの「言わば四肢」を想像してもらうのは非常に難しいだろうが。

 

また、

このAとiのボディーから伸びたパーツの枝葉同士が密接に絡まり合っていて、2つ同士の位置が近過ぎだという理由からではなく、

われわれ人間ごときであっても簡単にふんだんに変化をさせることの出来る容姿なんぞに対して向けられる知覚は元来どちらも持たないし、

地中の空気以外の数多の物質でボディーを包まれているがための接触情報過多が、データ保存領域の一部でキャパオーバーを起こし、どちらの触覚機能も働けていない。

 

だがそんな状況下においてでも、

経過してきた長い時間で蓄積の進むがままとなっている知覚情報は、

察知感覚を深め広げ鋭敏にしていく作用として確かに機能をし、

ついには空気よりも静かな息吹を両者で感じ合うこととなった。

 

それはどちらともなく、いや、どちらかが感知した時に、もう片方も感知したはずだ。

なぜならば、この2つには、錆の様に付着した人間臭さがあるからだ。

 

いけない!「人間臭さ」を用いてAとiの2つの出会いを皆さんへお見せするのでは

この2059年以降の時代の世界を描くことからは程遠くなりそうです。

 

知識は社会(=結果)であり、感覚こそが未来であるからです。

 

ですがついつい、「人間臭さ」という「エラーを偽善で固め覆った言葉」を用いて描く術を、私は今においては消したくても消せないのです。

 

実は、私はつい先程に、人間として壊してはならない場所にヒビが入ってしまう出来事に見舞われていた。

それで、これを書いている今、私は将来へ向けてしかたがなくなってしまっている。

 

嗚呼、もしかしたら、私はいつも心の中で仕方が無さ過ぎるから書いているのかもしれないね。

 

だって、私だけに限られたことでは無く、想像が出来ない未来(=感覚)に対しては、

誰もが誰宛てだとしても、突き出してあげられる答えなど発しえない。

 

だから、皆さんにしても、こんな私にしても、

そしてこの2つにおいてでも、具合加減はそれぞれで、

きっと同じ仕方の無さを常に携えているのではありませんか。

 

<17>『辷』(3)(戻る)

(続く)<19>『辷』(5)


・更新履歴:初稿<2018/06/25>

 

[或る用の疎]<17>第3章『辷』(3)

そこはまるで水の中だ。
とは言っても雄大にうねり横たわると表現されていた大河や
何処までも広がる海原ではなく、太陽の光が
人の肉声さながら底面に届くくらいの深さ。

だがそこは地中だから光の明るさは無い。
それでもAとiの居るその場所は
川のそぞめきに似た音を奏でている。

地中にAとiは沈み込んでいるにはいるが、
いつも太陽のぬくもりが溶け残ったままの深さにいるため、
その地熱を動力にした土壌活性システムが盛大に動作している場所。

そしてもはや自然物としての土は、
人の目に見える大きさでは存在していない。

虫の様にたち働き、一定の労働量を過ぎると同時に
静止し朽ちていくロボット達が秒速1Mで
Aとiの上下左右を目まぐるしく通過していく。

ロボット特有で虫と異なる特徴は、
熱や運動エネルギーを持たないことか。

熱や運動エネルギーを生みはするが個体の中に内存はしない。
だがそれらの激しい移動に由来するささやかな音が、
深くはない川の様にその地中には流れてもいる訳だ。

Aは、ここに寝つくまではエレクトロニック・スポーツのプレイヤーであった。
そしてかたやiは、”意思決定や生産活動の上位に位置する者達(※第10話参照”の
労働によるストレスを無くさせるための遊び相手、
戯れの相手役であった。

Aはプレイヤーとして決定的な負けを対戦者から突きつけられた事でお役御免となり、
iは飽きられた事でお役御免となった。
共に人間の視線や手垢にまみれた生涯を経過したモノ同士。

そういった境遇と時間の中で全身に隈なくまとってしまった人間臭さの影響から、
虫的ロボットが此の2つに対してする土壌生成処理がなかなか進まないまま、
デザインされたフォルムまでをも崩せず残し、
川の中の岩の様に海の中の珊瑚の様に、
まだそこにあってしまうのかもしれない。

だから、フォルムのボディーの部分は、
流れ過ぎず付着して留まり生成を企て続けている虫ロボがビッシリと膜を貼った岩の様で、
図らずもAとiを物理的につなぐこととなった筋繊維の周りは魚や小型生物の住処となる珊瑚礁の様で。

 

<16>『辷』(2)(戻る)

(続く)<18>『辷』(4)


・更新履歴:初稿<2018/05/31>

[或る用の疎]<16>第3章『辷』(2)

私たちは離れるべきなのかな

私たちは離れてあるべきなのかな

判らない

その答えを導き出すのは?

私の役目ではない

私の役目ではありません

 

こうして、人に託された「存在の目的」を外れたAI機器達が声にならない声を発し合い、
時々は軌道の条件がそれぞれの振り子と振り子が合わさる稀有さで会話が成立する。

途絶える事のないエネルギー源を持つが故に、
時間の蓄積と共に無為に発せられた声らからのデータの醸造も進み行く進歩の其の内に、
お互いの存在を知覚して出逢ってしまったAI機器が2つ。

私が見つけて注視に至ってしまったのはただ1つだけのこの出逢い。

 

スンとした無音の空気が放たれた場所。
ここでは水蒸気が立ち昇る騒めきすらも聞こえそうで
動物の鳴き声も遥か遠くから届きそうだ。

 

光は地面に触れ、地中の柔らかい隙間を見つけては
虫がその隙間から戯れに顔を出し、植物が丸いお尻を見せる。

 

似ている様で1つも同じではない煙の形は、
周りにある万物の仕草にとらわれても
其の事情のために淀んだままで過ごさず、
おのおのが距離を取りあってはいずれ形を眩ます。

 

そんな真実を発するだけのただの声だけが繰り返されるその地は
人間が立ち入る必要の無い場所で、人が作ったはずではない生き物達の生活と
人が精製したAI機器達の土壌化と、2つのAI機器同士のこの出逢い。

 

1つをAと、もう1つをiと名付けておこうか。
お恥ずかしながらAとiの名前には伏線の様な含みは何にも無い。
由来も読者のみなさんが想像するそれでしかない。

産まれるとはそういう事で、産み出すとはそういう事。

普通色の眼に、ゆっくりと鼻から息を吸って水を差すくらいの平凡である。

 

<15>『辷』(1)(戻る)

(続く)<17>『辷』(3)


・更新履歴:第2稿<2018/04/18>

・更新履歴:初稿<2018/04/17>

 

[或る用の疎]<15>第3章『辷』(1)

現代には、「受けない」という決断が立派な回答となるテストもある。
「受けなかった」子供達も「受けた」子供達のテスト回答にも、
出題者が点数の様な評価を加える採点は全くされないのだが、
往々にしていずれは第三者から判断の付される時が来る。

 

だがそのテストへの回答も其の回答からの判断の結果も、
作為のある第三者が支配統治を目指した利用をする訳では決してない。

それらは個々人同士が相互を確認し判断をし合う目的の
個人情報閲覧サービスを通して開示されるデータとして保管をされていっている。

 

なんせ、見た目のタイプや言動に個人差はあれど労働は無く、
ある一定の年齢に達してからは年齢の見定めがし辛く、
寿命という言葉も薄れ逝っている現代では、大人と子供を識別する方法を求め合う意識は薄れている。

それでも他者への興味・関心という変幻自在の意識は滔々と血脈の中を移動して回り続けているのは、

それが人という存在だからだ。

そして、生きる目的などを忘れてもまだ血脈を流動させ続けるのも人だ。

かたや人の意思に端を発して作り出された論理的な意識がartificial intelligence = AI =人工知能であり、その人工知能を搭載した形有る物がロボットと呼ばれた。

それが現代では、人同士の間で特筆すべき意識がもう見た目からは発生しないのと似ていて、
人の視野にAI機器が入っている時にも人の意識はAI機器に対して何かの区別意識をわざわざは持たない。

AI機器が人間の意識や観念の中にまで浸透しきっているのだ。

また、あらゆるAI機器が有機物として地球にも浸透していく様に、
人達は時間をかけてAI機器達を精製し続けてきた。

 

だが中には、何かの拍子が重なって地球へ浸透しきれないまま機能を残す物達も居る。
それはまるで化石の様に形を残し、人の意思の様に語るを止めない。

ここでは、そんな風に残ったAI機器であるAとiの出会いの物語に触れてみる。

 

<14>『由』(7)(戻る)

(続く)<16>『辷』(2)


・更新履歴:初稿<2018/04/01>

 

[或る用の疎]<14>第2章『由』(了)

神がいてもいなくても、僕らはいつだって時代が作る仮想現実の中の蟻んこだ。
右往左往しながら群れをなし、柔らかい場所を見つけては穴を開けて巣を作ってそこへ目につく物を片っ端から持ち運び入れて積み上げる。そしてそこで子孫増殖を図っては数を増やし、そういった事をし続ける。

神がいてもいなくても、生きる事はなんて単純で社会生活は簡単過ぎるんだ。
それってスイーツ作りにとても似ているらしい。レシピ通りにシッカリ調合して加工すれば必ず官能的な甘味が出来上がる。

だがその作業と甘味の販売が生業になるのかは不確定だから、単純や簡単について勘違いをしてはいけない。なぜなら、勘違いは失望や忘却を生むから勘違いは本当に無為だ。自分だけで官能的な成果に酔いしれたら良いのに。

風の強い海辺に立てば、中空で羽ばたき続けるも止まったままのカモメと見つめあう数秒もある。
そのカモメの遥か上にどこかへ向けて突き進んでいく有機物生成型AIドローンを目で追う数秒もある。
そんな私はその数秒間を使って立ち尽くしていた訳だ。
これからカモメはどこかへ飛び去っていくし、ドローンはそのまま目的に着地して数日で土に還っていく。そして私はYBA(Your Blood Association)に来るたびに子孫増殖の始まりに関わる記憶を積み上げている。

未知予はタスケの『ー1』の詩を読みながらそう考えつつ、流れゆく生殖細胞の経過を観察している。

「これがまた私みたいになるのね。」

でも

「たぶんケーキにはならないわね。」第2章『由』完。

 

<13>『由』(6)(戻る)

(続く)<15>『辷』(1)


・更新履歴:初稿<2018/01/28>

 

[或る用の疎]<13>第2章『由』(6)

  • ・あの日の満月みたいな雲だ
    ・君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみる
    ・その時。少しだけ切ない気持ちになれば、まだ君は大丈夫
    ・悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない
    ・驚きの衝撃を受けたココロが震えて体の中の水が溢れただけさ
    ・くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに
    ・どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって
    ・流れた涙には君が好きなように名前をつけても良いし
    ・どんな涙を流す自分だって気に入ってしまう
    ・水平線から空が別れていくよ
    ・地平線は雲ばっかり見てる
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるね
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるよ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるさ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるの
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるかな

「そして神さまは居なかったんだってことが証明される、証明される、証明される、証明さ、れ、る、ね…、よ…、さ…、の…、かな……?」

間間タスケは文末の文字を決めきれず、声に出してそのフレーズをなぞってみたが、そもそもこの1文自体が不要にも間違っているようにも思えてくる。

それで、そこまでサンプリングに使っていた分のフレーズが載っている本を本棚に戻し、より納得のいくフレーズを見つけ出す為に別の本を探し始める。

この本棚には不定期ではあるが新しい本が増えるから、探す事に尽きてしまうなんてのは今までの一度も無い。きっとこれからも無いだろう。
製本された新しい本の大量発刊がほとんど無くなっていて、昔の本もデジタル化されてほぼ再資源化され尽くされた時代だからだ。それでも町中の地上・地下の至る所を隅々まで見て回れば落ちている。本が。
本に興味の無い人たちからすれば目にも止まらないし、タスケの様に本を求める人がいるとしても、市場経済がどこかへ移ってしまった今では、取り合いになったりもしない。
タスケ自身も本を資産や掛け替えのない宝みたいに考えている訳でもない。歩き疲れて、椅子の代わりになる段差を探すかの様に本を探す行為をして、それでいざ本を見つけては条件反射の様に手に取り、持ち帰ってはこの本棚に挿し込むだけだ。

 

WASIでの仕事場を離れた未知予は、今度は別の方角へと歩みを続ける。次の行先はYBA(Your Blood Association)。
ここでは、人間の生殖・胎児生成・育児を子宮外で実施管理するシステムの介助を仕事として行える。また同時に、介助業務を行う上で必要な情報と技術の取得を効率よく出来る。

生殖行為としての性交や、出産・子育てを、各々が独自で感情的に定めたコアなコミュニティーの中でするのはリスクが高いと判断する認識へ進んだ現代では、”子孫を育む”ことも仕事として科学技術を利用している。

 

そう。
食欲・性欲・睡眠欲などという”本能”が”本当”であるとする社会の限界を越える日がちゃんと来ているのである。

だが。私達のどれだけが、この変化に向けたオメデトウを準備できていたであろうか。

叶う事は素晴らしい、と。そう信じる事を、叶う事は変化である事を、願う事から意識を逸らさない事を。自分が先で社会が後であり、結果、その社会が子宮の様に抱き包みこんで続けてくれている事の意味を。

命は有限だと知りながら、これから1時間もしない内に死に迎え入れられるという想像をしないで生きられようか。そうで無くして永遠を確かめるなど出来ようか。

「あの日の満月みたいな雲だ。
君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみてよ。
その時、少しだけ切ない気持ちになれば、君はまだ大丈夫。
悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない。
驚きの衝撃を受けた心が震えて体の中の水が溢れただけさ。
くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに、
どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって。
流れた涙に君の好きなように名前をつけても良いし、
どんなに涙を流した自分だって気に入ってしまう。
水平線から空が別れていくよ。地平線は雲ばっかり見ている。
そして神さまは居なかったんだってことが証明された。
01.01.2060 間間タスケ『ー1』」

 

<12>『由』(5)(戻る)

(続く)<14>『由』(7)


・更新履歴:初稿<2018/01/01>

 

[或る用の疎]<12>第2章『由』(5)

未知予達が作業をしている場所の周りを取り囲む緑の樹木達のどれかに名前を呼ばれた気がした未知予だったが、未知予はそれに対して素知らぬ視線を手元に向けたまま、両手で球体を磨き続けている。なのだが、未知予の中に言葉はするんと入ってくる。

 

「私たちが作る丸はね。私たち皆んなの役に立つ丸なんだよ。今。みっちゃんが擦っている丸とは違う。もっともっと小さな球体もあるんだよ。でね。それはね。血液や水にもなる球体なんだよ。」

未知予は今度は手元を見ながら、また鼻の穴を広げて言葉を返す。

「私達の身体の中を小さな小さな小さな小さな球体が転がって、体に必要なものを運んでいくのよね。」

「そう。だからその時に不要な熱を起こすといけないから摩擦の無い球体にするんだよ。」

 

風が地面を吹き回っている訳ではない。だが、短い草がその身をゆっくり立ち上げたり、沈めたり、弾ませて横の草を跳ね除けたりしている間を縫って、鼻糞ほどの大きさの球体がその色を変化させながら、目立たぬ様にそそめいている。

 

「空気も私達の作る丸で出来ているの?」

「空気はまだ実験中だよ。」

「実験中。」

未知予は実験中という言葉をすぐには理解出来ず、何秒間か実験中という言葉の響きを頭の中で凝視してから、その形を検索した。

「なんだか不安が形になったみたいな形の言葉ね。」

「みっちゃん。大丈夫よ。私たちは零点を取る力を失う事が出来なくて百点満点を目指す。零点を取りうる力こそ生命の原点であり。失せることのない動機。」

「むーん。」

「それは。昔の大き過ぎるサイズのモーターの音に似ているのよ。」

「むーん。そうなんだ。モーターってやつなんだ。」

 

次第に、短い草と同じ様に、丈の高い樹木達も四方八方へと思い思いの動きをし始め、この場所に柔らかな風が生まれた。
その風が睫毛にまとわりついてきて、未知予は瞬きをして鼻の穴を縮め、一瞬だけ息を詰めた後に、深呼吸をする。

それからようやく、手元へばかり向けていた顔を足元へ下ろして首筋から肩にかけての凝りが無いかを確かめる。

他の人達も、同じ様に各々でおでこを撫でたり、お尻をずらして座り直したり、立ち上がって口を開けたりして、それぞれの身体の凝りを確かめている。

 

すると今度は、地面から2cm程の丈の草のどれかが未知予へ問いかける。

「どう?今の風は。」

「うん。良かったわよ。ありがとう。」

「どういたしまして。どの様に良かった?」

「分からないわ。嫌じゃなかっただけ。」

「みっちゃん達は。私達と違っていて面白いわ。人間ってとても不思議。」

「そうね。あなた達はどれもだいたい同じ話をいつもするものね。」

「仕事じゃない時は。そうじゃないんだよ。」

「そんな時のあなた達って面白そう。でも、私たち人間にはその面白そうな話を聞かせてはくれないわ。」

「なぜなら。仕事中だから。むーん」

「むーん(笑)あなたが「むーん」て言うなんて、あなた達の祖先にあたる昔の機械の真似がしたくなったの⁈」

「そうよ。」

「面白いわ(笑)」

「ありがとう。ユーモアの感覚が役に立ったわ。でも。私達AI機器は。忘れる事や伸び縮みする細胞が無いから。生死の感覚は無いの。」

「むーん。私達人間は生死の感覚が怖いから、色んなとこに少しずつ生死の感覚を閉じ込めて鍵を閉めながら過ごすのよ。」

未知予はそこまで返事をすると、耳を周囲に傾ける。どこからも話し声はしないが、どこからともなく方々から息づかいが聞こえる。

 

すすすす すすすす

生の方の果物がカラカラに干からびていったりじゅくじゅくに腐ったりするみたいな朽ち方を私達はしないわ

すすすす すすすす

死は生の報いで生は死へのはじまりだ

すすすす すすすす

私達は腐らないけどね壊れるけど

すすすす すすすす

そして変化や貨幣価値を喜び勇んで求める者達は宇宙へと出るのよ

すすすす すすすす

生きたいのか死にたくないのか

すすすす すすすす

どっち?

すすすす すすすす

 

「いずれにしても。

私もあなたたち機器も時を持ち。

ここでは始業と終業の鐘が響くわ。」

 

<11>『由』(4)(戻る)

(続く)<13>『由』(6)


・更新履歴:第3稿<2017/12/15>

・更新履歴:第2稿<2017/11/27>

・更新履歴:初稿<2017/11/26>

 

[或る用の疎]<11>第2章『由』(4)

黒い実と、白味を帯びたピンクの花弁達と小さな沢山の緑の葉を付けた植物を見つけた未知予は、その愛らしさに覆われた野性味に興味を持ってWEBサーチエンジンへアクセスしてその植物の名前や特徴を調べ上げる。

金銭・証券の授受を基盤とした商業が無い世界では、植物の呼び名の様なことから”世間を啓蒙・啓発する様なニュース”までのあらゆる情報が、一方的にこちらへ向けて発信されるものでは無い。

片や、調べようとすれば世界中の隅々までの情報が取得できる。過去において利権にまみれていた学会や団体はその組織や名称こそ現存すれど、その中での濁りはおさまり浄化され、無数の有志同士の有機的なつながりの中で格段に質と量を高めた成果を発揮して余すことなく世間一般に情報公開をしている。

未知予は「ふーん。」と鼻白んでからまた歩みを進めた。

「よく知ったからって何も変わらないわ。むしろさっきあの花を見つけた時の昂りが濁っちゃったくらい。」

私が本当は今からどこへ行くべきなのかを調べても必ず答えは出るけど、そこに何があるのかもほとんど分かるけど、私がこれからどうなっていくのかも分かるような気がするけど、何を分からないのかも分かるんだろうけど、分かることが必要なのかが分からない。

未知予が今向かっている先はWASI(World artificial sphere institute:世界人工球体研究所)の施設だ。通称・ワシ。

世界中に点在するワシの工場にあるAI機器で正確に作られたサイズ、材質、用途が異なる様々な種類の球体が、これもまた世界中のワシの施設に集められ、人の手によって仕上加工が施されている。

未知予が通うここのワシには、球体を製造するAI機器もある珍しい場所で、その機器の精度管理をする人達も通ってきている。また、製造する球体の種類が増えていくと同時に減ってもいくので、その製造プログラムの新規登録や削除の処理をする人達も居る。そして、「きっとここのワシには私達とは違って勤職階層で暮らしている人達も居るはず」という意識を、思考の深層部の中で薄い膜がたなびく様な感じで受けながら未知予は球体を磨いて時間を過ごす。

作業は晴れの日も雨の日も屋外でする。湿度を嫌う素材の仕上げは晴れの日に、仕上げ作業で生じる摩擦熱や素材塵を球体に残さない様に作業をしなければならない素材の仕上げは雨の日に、といった具合だ。

「あ、”大人になる”ってのは、一体何なんだろう。」

仕上げ作業の手を止めないまま未知予はそう口にしてから、中粒の雨を落としてくる空の晴れ間を見上げて鼻の穴を広げた。

 

<10>『由』(3)(戻る)

(続く)<11>『由』(5)

 

 

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/11/01>