[或る用の疎]<12>第2章『由』(5)

未知予達が作業をしている場所の周りを取り囲む緑の樹木達のどれかに名前を呼ばれた気がした未知予だったが、未知予はそれに対して素知らぬ視線を手元に向けたまま、両手で球体を磨き続けている。なのだが、未知予の中に言葉はするんと入ってくる。

 

「私たちが作る丸はね。私たち皆んなの役に立つ丸なんだよ。今。みっちゃんが擦っている丸とは違う。もっともっと小さな球体もあるんだよ。でね。それはね。血液や水にもなる球体なんだよ。」

未知予は今度は手元を見ながら、また鼻の穴を広げて言葉を返す。

「私達の身体の中を小さな小さな小さな小さな球体が転がって、体に必要なものを運んでいくのよね。」

「そう。だからその時に不要な熱を起こすといけないから摩擦の無い球体にするんだよ。」

 

風が地面を吹き回っている訳ではない。だが、短い草がその身をゆっくり立ち上げたり、沈めたり、弾ませて横の草を跳ね除けたりしている間を縫って、鼻糞ほどの大きさの球体がその色を変化させながら、目立たぬ様にそそめいている。

 

「空気も私達の作る丸で出来ているの?」

「空気はまだ実験中だよ。」

「実験中。」

未知予は実験中という言葉をすぐには理解出来ず、何秒間か実験中という言葉の響きを頭の中で凝視してから、その形を検索した。

「なんだか不安が形になったみたいな形の言葉ね。」

「みっちゃん。大丈夫よ。私たちは零点を取る力を失う事が出来なくて百点満点を目指す。零点を取りうる力こそ生命の原点であり。失せることのない動機。」

「むーん。」

「それは。昔の大き過ぎるサイズのモーターの音に似ているのよ。」

「むーん。そうなんだ。モーターってやつなんだ。」

 

次第に、短い草と同じ様に、丈の高い樹木達も四方八方へと思い思いの動きをし始め、この場所に柔らかな風が生まれた。
その風が睫毛にまとわりついてきて、未知予は瞬きをして鼻の穴を縮め、一瞬だけ息を詰めた後に、深呼吸をする。

それからようやく、手元へばかり向けていた顔を足元へ下ろして首筋から肩にかけての凝りが無いかを確かめる。

他の人達も、同じ様に各々でおでこを撫でたり、お尻をずらして座り直したり、立ち上がって口を開けたりして、それぞれの身体の凝りを確かめている。

 

すると今度は、地面から2cm程の丈の草のどれかが未知予へ問いかける。

「どう?今の風は。」

「うん。良かったわよ。ありがとう。」

「どういたしまして。どの様に良かった?」

「分からないわ。嫌じゃなかっただけ。」

「みっちゃん達は。私達と違っていて面白いわ。人間ってとても不思議。」

「そうね。あなた達はどれもだいたい同じ話をいつもするものね。」

「仕事じゃない時は。そうじゃないんだよ。」

「そんな時のあなた達って面白そう。でも、私たち人間にはその面白そうな話を聞かせてはくれないわ。」

「なぜなら。仕事中だから。むーん」

「むーん(笑)あなたが「むーん」て言うなんて、あなた達の祖先にあたる昔の機械の真似がしたくなったの⁈」

「そうよ。」

「面白いわ(笑)」

「ありがとう。ユーモアの感覚が役に立ったわ。でも。私達AI機器は。忘れる事や伸び縮みする細胞が無いから。生死の感覚は無いの。」

「むーん。私達人間は生死の感覚が怖いから、色んなとこに少しずつ生死の感覚を閉じ込めて鍵を閉めながら過ごすのよ。」

未知予はそこまで返事をすると、耳を周囲に傾ける。どこからも話し声はしないが、どこからともなく方々から息づかいが聞こえる。

 

すすすす すすすす

生の方の果物がカラカラに干からびていったりじゅくじゅくに腐ったりするみたいな朽ち方を私達はしないわ

すすすす すすすす

死は生の報いで生は死へのはじまりだ

すすすす すすすす

私達は腐らないけどね壊れるけど

すすすす すすすす

そして変化や貨幣価値を喜び勇んで求める者達は宇宙へと出るのよ

すすすす すすすす

生きたいのか死にたくないのか

すすすす すすすす

どっち?

すすすす すすすす

 

「いずれにしても。

私もあなたたち機器も時を持ち。

ここでは始業と終業の鐘が響くわ。」

 

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