『C&B HOOK-TALE』<3>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第3話

善美は雷雪の中へと向けて車を走らせている。

「コッタが コッタが コッタが、全然動いてくれないの。」

そう実家の母から電話があったのが夕方近くの先程の事。
コッタは実家で15年間くらい飼っている猫のこと。
もうしばらく前から、体調も崩して余命が短いのを聞かされてはいた。

 

実は、コッタは通称で、正式な名前はコースター。
「呼びやすいから」と、いつの頃からかコースターではなくコッタと家族の誰もが呼んでいる。

コッタが家族の仲間入りを果たした日。
まだ産まれたてで、片手に包み込めるくらい小さかった三毛猫。
ゲージからテーブルの上に移されたその仔猫は、まだ目もろくに開いてもおらず、まん丸くくるまったまま大きくお腹を膨らませ縮ませして、ほつれた毛糸の様な、か細い寝息を立てていた。
その柄や姿が可愛いコースターみたいに見えたのが由来の名前『コースター』(又の名をコッタ)です。

 

そんな小さな小さな愛らしいコッタを家族みんなで円になってとり囲んで、思い思いの独り言を口々に言い合っていた日々を思い起こして一気に身体が暖まった私は、人生で初めて飼った猫の最期と向き合っている最中の母を気遣いながらも、それなりに冷静に、そして心ばかりの嘘も込めて対応をしていた。

「うん、分かった。知らせてくれてありがとう。
でもさ、猫って最期は人目に付かない所へ身を隠すって言うじゃない。
家の中に居るんならまだ大丈夫よ。」

「う〜ん。そんな話はよく聞くわねえ。でも…」

寒さからなのか涙のせいなのか、母は鼻にくぐもった声でポツポツと会話を繋げてくる。

「でも、って…」

私は知っている。猫は人目に付かない場所を選んで死ぬ訳ではない事を。

 

これまでに20匹以上の猫を飼ってきた経験のあるカフェバー・フックテイルのマスターはこう言って笑っていたから。

「それは人間の勝手な解釈で。
猫は単に静かな場所でじっと、弱って不自由になってしまった体を安静にさせているだけなんですよ。
外猫だと、天敵となる野犬やトンビ、カラスなんかから身を守る必要もあるから、結果的に人目に付かない所に居ることになるんでしょうが、家猫はわざわざ隠れやしないですよ。
むしろ、大事な誰かが側に居てくれないと心細いんじゃないかな⁈
そんなとこは猫も人間も同じ。」

 

この見え透いた私の嘘がもう母にバレてしまったのではないかと思い、少し気恥ずかしい気持ちで言葉を返す。

「でも、って。お母さん、何?」

「でもね。いつどっから入ったんだか、あなたの部屋に居るのよ。」

「え⁈まさか?」

「ほんと、まさかの場所よ。
私、朝起きてから今までずっと探して、やっとさっき見つけたのよ。
あなたの部屋のオ・シ・イ・レ!」

「オシイレ⁈私の部屋の押入…。」

「もう雪が降り出してきて風も強いし、朝には積もるっていう天気予報なのに。
コッタを探すのに精一杯で、お買い物にも行けなかったわよ。困ったわ〜。」

きっと母は、”コッタ探し”を言い訳にして、買い物だけじゃなく、掃除や洗濯なんかの家事も大してせずに今の時間まで過ごしていたのだろう。
そしてきっとその間、家事は父が任されていたはずだ。
そして今となってはもう夫婦2人して買い物に行く気力も綺麗に失せている、という感じか。

涙に暮れた母が、心の支えが欲しくて私に電話を掛けてきたのではない事が分かってひと安心だし、コッタもまだそんな深刻な状況ではないのかもしれない空気が受話口から伝わってきた。
なので、私はいつものゆるんだ口調で、要領の良いとぼけキャラの母に対し、鋭い推理で切り返した。

「そしてこの電話は、暗に買い物の指令を私へ下す為にある訳ね。」

 

それから私は電話を切って直ぐに支度を済ませ、車を実家へ向けて走らせている。

私の部屋の押入で待ってくれているコッタの元へ。

そこは私とコッタの思い出が詰まった押入。



    第2話

第4話


・初稿投稿日:2018/01/14