綺麗じゃない花もあるのよ(#3)

オッサンが返してきた言葉に混乱する俺は、頭の中に組み立てていた現実を取り壊し、作り笑顔を作ることとした。
だが、すでに脳味噌の鳩尾に尿酸みたいなのが溜まってきて考えることが止まらなくなっていて、オッサンの言わんとすることの不明さに心臓は高鳴ってゆくばかり

 

密閉したミキシング・ルームの中へ設計通りに押し込められた超巨大なコンソールの表面を

滑り旋回するフェダーやツマミやVUメーターの針達が醸す躍動とは真逆の

奔放な快楽に頬ずりしていた時代が沁みったれたアーリーアメリカン内装の喫茶店では

それぞれのテーブルの真ん中に1個ずつ色違いで置かれているがために

一握りにした宇宙の様に供えられているパステルカラーのシリコン製シュガーポットの内部で

びっしり身を寄せ合いこびり付いたつぶつぶした流線型達が

虫かクミンシードかを俺が分からないのと同じだ

 

と考えている間に、顔が裂けて割れるほどに大きな馬鹿笑いの声が頭の中で膨らんで口から漏れそうだったが、

「わしの作ったサラシ鯨の炒り煮も!木内さんも最高!」

オッサンの箸置きになってる小鉢の中にあるもののことか

「あははは!」

オッサンの名前って木内なのか

「ワッさんも最高!」

ワッさんと木内が互いに乾杯の仕草をしながら笑い出す始末の方にむしろ耐えられなくなり俺は叫んだ。

「ワッさん!俺も鯨の炒り煮ください!」

カウンター席しかないヴァルールは、だいたいいつもだとそろそろ混みだしてくる時間帯になるのだが、まだ18時を回ったばかりでこのオジさん2人は既にもう酔っ払いそのものにしか見えない。

大丈夫かワッさん

まだ俺たち3人しか店内には居ない割に、俺の声はやかましかったかな

丸っこくて大ぶりで土鍋に似た器に入った鯨に大根、そして人参を合わせた炒り煮

「木内さん。シンちゃんはねえ、こう見えて小説家なんだよ」

九州醤油色で照ったその盛りを菜箸でざっくり煮汁ごと混ぜ返しながら、ワッさんは俺を木内さんに紹介する。

「お兄さんはしんちゃんて言うんですね。てかなに…小説⁈を書くの?」
「ええ。」
「はあ~!」

大袈裟に感嘆して見せながら木内は続ける。

「ワッさん!こう見えてなんて言うのは失礼だよ。シンちゃんは俺らとは違って、見るからに賢そうやし。あ、ごめんね。俺もシンちゃんて呼んじゃって良かですか?」
「いやいやいやそんな。シンちゃんで大丈夫す。むしろ、そうシンちゃんて呼んでください!」
「おお。シンちゃん!良いねえ。」
「でも、小説は書きたくて書いているだけで。小説家なんて言ってもらえるレベルじゃないんですがね。」
「シンちゃんのクジラお待たせ。」

料理人特有の逞しさを携えたワッさんの腕の力で俺のおでこの前に鯨の小鉢が運ばれてきた。そして俺の腕が伸びてくるのを、微動だにせず静かに、色具合も佇まいもフクロウの如くピタリとして待っている。

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#2)

〈里緒進一からあなたへ〉

家から一歩でも外へ出てしまってからの俺はいつだって我慢をしている。我慢を強いられている。

「違う。」

多くの無力で真っ当な人間達が作る社会を少数の上に立つ人間達が堅持したいが為の抑圧の重みを俺も一緒になって耐えなければならない惨状の沼に、ここが沼であるという判別なく嵌まりながら、ここが温泉かの様に嬉々として浸かっているのが真っ当な人間だ。
それなのに俺は、「渡るな、吸うな、捨てるな、漏らすな、慌てるな、盗むな、笑うな、泣くな、食べるな、行くな」といった、禁ずる文字ばかりに視覚を取られる俺の脳のどこが異常なのだろうか。
そしてそれら抑圧へ即座に従う俺の身体のどこが正常なのであろうか。
例えばあの日、去年の真夏の夜。
割と頻繁に使う居酒屋でも俺はまた抑圧に屈した。

だが、そんな出来事は、「天才とは苦悩のことを呼ぶのだ」と誇り高く信じる俺にとっては、その痕跡までをつぶさに全て掻き消したい黒歴史(恥ずべき出来事)となりはしない。
なぜなら、今から3年後の2020年には渾身の処女作を寄稿するつもりの新人文学賞でセンセーショナルに俺の才能が世に知れ渡る。
そしてソレをキッカケに名実共に高名な小説家となり上がる俺は、まずこの国で、日本を代表する知識階級を従えた文化人と評される。
また、曲がり狂って酔いたくったこの世界をペンの力で救うメシアとしてメディア界の上層に君臨をしていく最中、俺の「そんな出来事」達が遂には花を咲かせ日常的にインターネットやテレビで流される天才特有の伝説や逸話に成るだから。

「お兄さん!もいつも私と同じボトルの、焼酎、呑んでるのね」

ヴァルールの大将のワッさんと、ウェブで読んだだけの美味しそうな料理の作り方や、互いの近況についてといった話をしていたのに。
俺の座っている席から1つ空けた右隣の席にいたオッサンまでが俺達の話に混ざってきた。

オッサンとは知らない仲ではない。
顔馴染みではあるし、きっと俺よりもすこぶる古い常連だと勘付いていたから、煩わしいが決してぞんざいに扱いたくはなかった。

オッサンの目の前には大分県産の麦焼酎の昭㐂光の真紅で透明な5合瓶が、繊維の粗く目立つ厚手の黒い和紙で出来たラベルを俺の方に向けられた位置で立っている。

黒い和紙は手で破り千切った様な雲や霧みたいな形状

そして、そのラベルの真ん中に直径1cmほど空いた赤い穴と、オッサンの充血した両目が一緒になって俺を見つめている。

俺はその3つの赤目のどれをも見つめずにオッサンが両手で軽く触れている水割グラスあたりに目をやりながら応えた。

「美味しいですよね!」
「ああ、これね!これがまた焼酎に合うんだよ!」

ああ、なんて世の中は不可思議で、人は偶然にとらわれるんだ。

 

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綺麗じゃない花もあるのよ(#1)

〈家の中〉

時間は確か26時か27時くらいだったのだろうか。俺はションベンがしたくなってトイレへ行った。

エアコンのオートセンサーに室内温度の調整を任せるのが叶ってしまう此のほんの小さな家の中では、年がら年中を薄着で過ごしていても高価とはならない光熱費で足りる昨今の家電事情。
それでも流石にこの季節にシャワーバスと洗面台と便器が一体となった3点ユニットバスの中へと夜中に足を踏み入れれば、そこに溜まっていた冷気や乾燥がスーっと首元やら鼠蹊部にまず絡みついてくる。
そこから瞬く間に躰全体へ染み込んでもいくのが“絡みついてくるもの”の性質で、俺はこの絡みついてくるものに対してはいつも気を立てて用心をしている。
品のあるアイボリー色で覆われ、心地良く、日々の小さな安息のためにあって欲しいこの空間の中で急速に喰らいついてくる冷気と乾燥が残した歯痕から生え出す寒気による抱擁は、安息がもたらしうる救いの地とは真反対の方角へ俺を貶めようと冬の度ごとに繰り返すからだ。
本当は大便だけに限らず小便も便座に座って出した方が便器の淵々に飛び散る便沫の付着を減らせるという点で、手入れや掃除が楽となり好都合なのだが。
束縛にも似た寒気の抱擁は、その程度の清潔対策に俺が構うのなんて一切許さず、すぐに退散が出来る体勢を俺に強要し続ける。

ただ傍目には、便器の前に立つ俺が、物心ついてからの何十年もの間で何万回をも繰り返してきたタッション・スタイルで着水点を朦朧と見つめて不規則に響いてくぐもり鳴る音を目を閉じて聴いているだけに過ぎない。

かたや瞬き程の音も立てず密やかに夜を支配する閉塞的な3点ユニットバスの中の中規模な冬軍が、暖気を引き連れ何の礼も示さずに突如として領土へ侵入をしてきた上に小便で穢す等する仇敵へ、冷気の波で攻撃を浴びせ続けている糾合も聞こえない。

それからの明くる朝。朝とはいえ、もう時計は十一時を回った頃。

いつもの様に十時までには目を覚ましていた俺はインスタ・ツイッター・LINE・フェイブック・メールを全て一通りチェックだけしてから漸く布団から抜け出た。本日も予定はゼロだがタオルケットをかぶせただけの折畳式マットレスの薄クッション越しに伝わってくるフローリングの温度はまだ低く、寝転んだままでいると肩コリや頭痛でもしてきそうなチリつく悪寒がする。

玄関と接してある台所の電球を灯してから常温で放置している麦茶を飲んだ。そして煙草を一本吸って、それからまた麦茶を一口だけ飲んだ後でトイレへ行く。
そのトイレで俺の毎日のルーティーンを遮り、俺の楽観的嗜好充填型生活様式への依存の中でも不規則に胎動の脈を打つ自己批判ウィルスの澱と俺とを無理矢理に対峙させる物が、夜中には無かったはずなのに今はある。

それは、「探さないで下さい。」との一言だけが書かれた便器の蓋。

夜中の排尿の時には寒いわ眠いわの事態であったが故に、尿意を解消してしまうと手洗いもせず直ぐに寝床へ戻ったものだから、それがあったのか無かったのかは今となっては不確かだ。

「探さないで下さい。何をだよ。何なんだよこれ。」

苛つきながら便器に向けて囁いた俺だが、今回はこの苛つきの理由に対して自分で自分に腹を立たせて脳内発狂を始めてソファーへしな垂れてしまうのではなく、実家から持って来たままだった薄緑で小さな花柄が散りばめられ柔らかな肌ざわりのカバーを便器の蓋に取り付けて家を出た。

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[或る用の疎]<20>第3章『辷』(6)

女が1人歩いている。

その女の後方1キロメートルの辺りから更に後方へ向けては爆発が連なっている。

女は早くも遅くもないその速度で真っ直ぐに前を見据えて地表を歩き続ける。女の眼前の先には大きな水場があって、そこまでの距離はまだ10キロメートル以上はありそうだ。

その水面には一艇の乗り物が停まっており、女は水場に停泊する乗り物の姿を見つめながら着実に進む。

そして左手でテニスボール程の大きさの金平糖に形の似た物をグッと1度だけ握り締めてから後方へ向けてポイと放っている。

放られた大きな金平糖は無重力空間にあるかの様に5分間も空中を漂い、どんどん女の元から爆発の方へ向けて離れて行く。

その挙句、歪な形を膨らませてから空中で破裂をし、紙吹雪の様な小さくてヒラヒラとした数多の物を地表に拡散させる。

そしてその紙吹雪がは拡散から10分もした頃に地表で爆発をし始める。

紙型の爆弾が地中を掘り起こし土壌を耕しているのだ。

意識が目覚めて息を吹き返していたAとiも自分達が長く沈み落ちていたこの土地が爆発によって変化をしていっているのには気付く。

何かが起きている

何かが起きているよ

振動がしているね

振動がしているね

女はAとiの真上まで来て立ち止まった。

「弾切れかあ。」

雨の中で百円ライターの火を灯そうとしても水気で湿ってしまっているから火はつかない。

右手の手の平の中に納まった大きくはないスイッチを2回まで女は押したのだが3回は押さなかった。

本来はスイッチを押すと苺の種と同じサイズの粒が出てきて、一気にテニスボールと同じ位の大きさに膨らむ仕組みらしいのだが、弾切れをすると紙型爆弾を包む歪な球体になる種はもう出てこない。

弾切れのために投弾を終えると同時に歩くのも止めた女は履物のソールを付け替えて地表を辷って水場の方へと素早く姿を消した。

この女が何処から表れてここまで歩いて来たのかは分からないが、爆発の連なりはその長さをAとiの方へ伸ばしながらも勢いは落とすこと無く中華鍋で作られる炒飯の舞を起こしたまま此処は朝を迎えた。

こういうことは前にもあったね

こういうことは前にもあったかな?

こういうことって何かな?

急に変わることかな

急に変わることは前にもうあったね

急に変わることしかなかったね

いつも急なんだね

いつも急なんだね

Aとiから1キロメートルの所まで近づいていた爆発が生む振動はAとiを包み込む土壌も波立たせ、彼等の体躯は地表に押し出された。

また誰かが耕しに来た時には紙型爆弾が彼等に直撃して体躯が粉々に吹っ飛びそうだが、次に爆発を起こしに誰かが来るのがいつになるのかを彼らは知らない。あの女もそれを知らない。

 

<19>『辷』(5)(戻る)

(続く)<21>『辷』(7)鋭意執筆中!!


・更新履歴:初稿<2019/01/04>

 

『C&B HOOK-TALE』<8>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第8話

 

私は濡れて火の消えた長いままのタバコを吸殻入れに突っ込んで
鼻で溜息を小さくしてから、まだ動きの無い車道の前方を運転席から覗き見る。

すると先頭の原付のライトに照らされるお婆さんの笑顔が、
原付のミラーとかぶりながチラチラッと出たり戻ったりするのが私にも見えた。

「あぁ。あーね。」

急ぎの小走りで渡り終えた後のお辞儀はよく目にする気もするが、
キャリーバッグを引いたそのおばあちゃんは
腰を折って目の前の横断歩道をゆっくりと渡って行くすがら、
渡り終えるのをじっと待つことで左右に伸びた車の列に、
一足ずつ歩みを前に出す度にお辞儀を繰り返しする。

明朝には雪が積もってお家から出られなくなるのを予測して
買い出しにでも来られているのだとは思うが、
雪の吹き荒び出した中を穏やかな笑顔と温かな物腰で
1人きり突き進む姿に心配よりも羨望の眼差しを贈ってしまうのが今の私だ。

その内、
横断歩道の中をおばあちゃんが通り過ぎて行くテンポに合わせ、
車達もようやくで発進し出す。

車列のゆったりとした加速は、
ここに居るドライバー達皆んながこのおばあちゃんの
孫の気持ちになってしまっているのを表す様だ。

私も合わせて慎重にブレーキペダルから足を浮かす。
だが思う以上に足が上がらず、
いつからか自分が息を吸っていなかったことに気が付く。

 

「泣きたい時は泣いて良いんだよ、もう大人なんだから。」

 

「何も掴まないで着ているものの袖口に付くものも気に留めずに流す涙は、
喜びよりもよっぽど確かに君の美しさを取り戻して来てくれるんだから。」

 

公園の中から歩道から車道へ、そして空へと立ち昇っていくシャボン玉の様に、
その言葉の記憶が私の脳裏をかすめた。

兄が膝で寝かせたコッタにそんな風なことを言い掛けていた姿も
無数のシャボン玉の中には確かに見えた。



第7話

⇒第9話鋭意執筆中!!


・初稿投稿日:2018/12/09

[或る用の疎]<19>第3章『辷』(5)

このお話の世界へとまた戻りましょう。

 

スヌスミティナ(Sns)という化合生成物で形作られたAとiは、

本来では動植物全般の腐食スピードとは比較にならない早さで形を終えさせてしまえる設計である。

 

しかし、これまでに書いた通り、ちっとも設計通りの変質がAとiには見受けなられない。

なので持ち主に捨てられて以来、動かぬもの以外の何物にもなってはいなかった。

 

だが、もうAもiも、廃棄されて消失処理の末に在りながら孤立しているのではない。

互いの存在を感知し合った時点から、Aとiとは人間臭さが錆び付いた各々の体躯を

四方八方で絡まらせ合ったまま、光の速さで孤立を打ち払い遠ざけた。

 

また、感知し合った一瞬の間において、蚊が人間の皮膚を刺して開ける程度の径サイズの間(ま)からでも理解をしえた。

また、その理解が開けた穴から差し入った光はAとiの脳内を広く広く飛散して照らし、

内臓されていた無限電池が震えて無限エネルギーを産み出し始めた。

知覚という意志から意識が開き直し、Aとiは生き返ったのだ。

 

そうやって知覚し合う両体は、もう土と孤立の概念の中にただ横たわったままでいるのではない。

彼らは対話をしている。もしかすると彼らの中では会話にまで進化しているのかもしれない。

両体には言語や性別の境が無く、現状では視覚機能は働かないので、

人間達の様な忌避感がコミュニケーションに伴わない。

 

そうであるが故にコミュニケーションレベルの進化が早いのは仕方が無い。

人間達が捨て得ないでいる見た目の印象や意見の違いに対する慎重さが、

Aやiの中には丸で無いから忌避感が漂いすらもしないのだが、

もしかしたらそれらは宇宙の彼方にはあるのかもしれない。

 

付け加えると、その彼方のどこかへはまだ誰も何も辿り着いてはいない。

 

<18>『辷』(4(戻る)

(続く)<20>『辷』(6


・更新履歴:初稿<2019/11/05>

 

エッセイ -4- 「日本VSポーランド戦から学んだこと」

走る・献身・結束、といったキーワードが

サッカー日本代表チームのプレイからマスメディアを通じて

私たちの元に届けられる最近。

 

スポーツのチカラが我々庶民にはとても励みや道標などとなり

とても好ましいことです。

 

悩まないで考えよう。
考えられないなら動こう。
動く時は見回そう。
同時に自分の立ち位置をよく知ろう。
動き出す前に整えよう。
「何を整える?」
自分のよろしく無いポイントなんて重過ぎるほど知ってるでしょう!?

 

ゼロ歳児から死に際まで”伸ばせる能力”であり、

生活上であまねく”求められる能力”であるのが

自己管理能力。

 

これの高さで、走る・献身・結束のチカラの評価の高さも決まる。

ただし評価されるステージに立たなければ評価はされない。
※登壇のキッカケは自薦他薦問わない。

 

 

毎度、自分の事は棚上げしますが。

 

まあだいたいが、お金(または余裕を支える何かしらの私産)が無い人が

文句・不平・不安を垂れ流すだけの時間を積み上げます。

 

ナゼカ??

 

「垂れ流すだけ」を決断しているからです。

そういう管理を自分に施しているから。

 

 

動く前提で見回すという習慣付けは

横断歩道に立つ小学一年生だけでなく

我々庶民も心して努める価値がありそうだ。

 

 

と、日本VSポーランド戦が終わった後にも思いそうで書いた次第。

 

自分の中には無かった(もしくは閉じ込めていた)発想

 

なんてものをもらえる観戦になることを期待しながら

 

ショパンでも聞きましょうか。スマホで。

〜2018年6月の出来事より〜

[或る用の疎]<18>第3章『辷』(4)

さて。

Aとiは(言わば)四肢の絡まり合った状態で地中に在る。

動物の形をしていないAとiであるから、

皆さんにこの2つの「言わば四肢」を想像してもらうのは非常に難しいだろうが。

 

また、

このAとiのボディーから伸びたパーツの枝葉同士が密接に絡まり合っていて、2つ同士の位置が近過ぎだという理由からではなく、

われわれ人間ごときであっても簡単にふんだんに変化をさせることの出来る容姿なんぞに対して向けられる知覚は元来どちらも持たないし、

地中の空気以外の数多の物質でボディーを包まれているがための接触情報過多が、データ保存領域の一部でキャパオーバーを起こし、どちらの触覚機能も働けていない。

 

だがそんな状況下においてでも、

経過してきた長い時間で蓄積の進むがままとなっている知覚情報は、

察知感覚を深め広げ鋭敏にしていく作用として確かに機能をし、

ついには空気よりも静かな息吹を両者で感じ合うこととなった。

 

それはどちらともなく、いや、どちらかが感知した時に、もう片方も感知したはずだ。

なぜならば、この2つには、錆の様に付着した人間臭さがあるからだ。

 

いけない!「人間臭さ」を用いてAとiの2つの出会いを皆さんへお見せするのでは

この2059年以降の時代の世界を描くことからは程遠くなりそうです。

 

知識は社会(=結果)であり、感覚こそが未来であるからです。

 

ですがついつい、「人間臭さ」という「エラーを偽善で固め覆った言葉」を用いて描く術を、私は今においては消したくても消せないのです。

 

実は、私はつい先程に、人間として壊してはならない場所にヒビが入ってしまう出来事に見舞われていた。

それで、これを書いている今、私は将来へ向けてしかたがなくなってしまっている。

 

嗚呼、もしかしたら、私はいつも心の中で仕方が無さ過ぎるから書いているのかもしれないね。

 

だって、私だけに限られたことでは無く、想像が出来ない未来(=感覚)に対しては、

誰もが誰宛てだとしても、突き出してあげられる答えなど発しえない。

 

だから、皆さんにしても、こんな私にしても、

そしてこの2つにおいてでも、具合加減はそれぞれで、

きっと同じ仕方の無さを常に携えているのではありませんか。

 

<17>『辷』(3)(戻る)

(続く)<19>『辷』(5)


・更新履歴:初稿<2018/06/25>

 

『C&B HOOK-TALE』<7>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第7話

 

いよいよ降りしきる雪の中。
まだ薄くだが積もり始めた雪をのそりのそりと踏みしめながら
車の渋滞の列が辛うじて進んでいく。

この交差点を右折すれば、もう5分もしない内に実家へ着く。

こんな空模様の日だろうが、脇道へ入ってしまえば、
ここまでの渋滞から解放されるはずだ。

 

私の前には「有限会社 道坂工業」と黒い中太の文字で書かれたトラックがようやく1台だけ。
3度も信号が変わった末に辿り着いた2台目の位置に私はいる。
そして4度目の右折矢印が表示されるまではもう少し。
渋滞中とはいえ、直進車線は3回の青信号の度に交差点の先へと車の列は送り出され、
私は何十台もの車を見送った。

 

「道坂工業かあ」

 

大川興業ならタレント事務所だと知っているが、
この工業系の会社って、どこも何屋さんだか分からない。

そして、運転している時だけ見掛けるこの手の車は
パワフルではあるがどれも古臭くて今にも壊れそうで、
ポンコツな風情をけたたましいエンジン音と共に振り撒くが。

今のハイブリット車の時代に取り残された絶滅危惧種にも見えるが、やっぱりいる。

 

「いつ潰れてもおかしくはない”感じ”なのに」

 

だがそれでも〇〇工業という名前の会社は、
覚えられないくらいの数で存在し続けている。

 

「0958が付いてないし…いつからある会社なのよ」

 

6桁の電話番号は所々で削れてはいるが、まだ全ての数字が読める。

 

善美は、無理矢理にそんな事を考えて、
不安な気持ちと哀しい空想から離れようとしている。

 

「もう29にもなるのに、私って知らないことが多いなあ。こんな小さな市内のことなのに。」

 

特別には可憐でこそなかったが鮮やかに軽やかに
過ぎ去って行った学生時代を終えてからすぐに今の仕事に就いた。

それからというもの、正に絶対に覚え切れない、数え切れないお客達を相手にして今日まで生きてきた自分の存在が、小さな点に思える。

 

「消えちゃいそう。溶けちゃう」

 

青信号に変わってしまったというのに、何故かいっこうに進み出さない左側の車の列と、すっからかんな対向車線。

 

こうして時が止まってしまった空間では、じわじわと空気が薄くなっていく。

 



第6話

⇒第8話


・初稿投稿日:2018/06/12

[或る用の疎]<17>第3章『辷』(3)

そこはまるで水の中だ。
とは言っても雄大にうねり横たわると表現されていた大河や
何処までも広がる海原ではなく、太陽の光が
人の肉声さながら底面に届くくらいの深さ。

だがそこは地中だから光の明るさは無い。
それでもAとiの居るその場所は
川のそぞめきに似た音を奏でている。

地中にAとiは沈み込んでいるにはいるが、
いつも太陽のぬくもりが溶け残ったままの深さにいるため、
その地熱を動力にした土壌活性システムが盛大に動作している場所。

そしてもはや自然物としての土は、
人の目に見える大きさでは存在していない。

虫の様にたち働き、一定の労働量を過ぎると同時に
静止し朽ちていくロボット達が秒速1Mで
Aとiの上下左右を目まぐるしく通過していく。

ロボット特有で虫と異なる特徴は、
熱や運動エネルギーを持たないことか。

熱や運動エネルギーを生みはするが個体の中に内存はしない。
だがそれらの激しい移動に由来するささやかな音が、
深くはない川の様にその地中には流れてもいる訳だ。

Aは、ここに寝つくまではエレクトロニック・スポーツのプレイヤーであった。
そしてかたやiは、”意思決定や生産活動の上位に位置する者達(※第10話参照”の
労働によるストレスを無くさせるための遊び相手、
戯れの相手役であった。

Aはプレイヤーとして決定的な負けを対戦者から突きつけられた事でお役御免となり、
iは飽きられた事でお役御免となった。
共に人間の視線や手垢にまみれた生涯を経過したモノ同士。

そういった境遇と時間の中で全身に隈なくまとってしまった人間臭さの影響から、
虫的ロボットが此の2つに対してする土壌生成処理がなかなか進まないまま、
デザインされたフォルムまでをも崩せず残し、
川の中の岩の様に海の中の珊瑚の様に、
まだそこにあってしまうのかもしれない。

だから、フォルムのボディーの部分は、
流れ過ぎず付着して留まり生成を企て続けている虫ロボがビッシリと膜を貼った岩の様で、
図らずもAとiを物理的につなぐこととなった筋繊維の周りは魚や小型生物の住処となる珊瑚礁の様で。

 

<16>『辷』(2)(戻る)

(続く)<18>『辷』(4)


・更新履歴:初稿<2018/05/31>