– First order –
“ Smoke & Cat ”
第8話
私は濡れて火の消えた長いままのタバコを吸殻入れに突っ込んで
鼻で溜息を小さくしてから、まだ動きの無い車道の前方を運転席から覗き見る。
すると先頭の原付のライトに照らされるお婆さんの笑顔が、
原付のミラーとかぶりながチラチラッと出たり戻ったりするのが私にも見えた。
「あぁ。あーね。」
急ぎの小走りで渡り終えた後のお辞儀はよく目にする気もするが、
キャリーバッグを引いたそのおばあちゃんは
腰を折って目の前の横断歩道をゆっくりと渡って行くすがら、
渡り終えるのをじっと待つことで左右に伸びた車の列に、
一足ずつ歩みを前に出す度にお辞儀を繰り返しする。
明朝には雪が積もってお家から出られなくなるのを予測して
買い出しにでも来られているのだとは思うが、
雪の吹き荒び出した中を穏やかな笑顔と温かな物腰で
1人きり突き進む姿に心配よりも羨望の眼差しを贈ってしまうのが今の私だ。
その内、
横断歩道の中をおばあちゃんが通り過ぎて行くテンポに合わせ、
車達もようやくで発進し出す。
車列のゆったりとした加速は、
ここに居るドライバー達皆んながこのおばあちゃんの
孫の気持ちになってしまっているのを表す様だ。
私も合わせて慎重にブレーキペダルから足を浮かす。
だが思う以上に足が上がらず、
いつからか自分が息を吸っていなかったことに気が付く。
「泣きたい時は泣いて良いんだよ、もう大人なんだから。」
「何も掴まないで着ているものの袖口に付くものも気に留めずに流す涙は、
喜びよりもよっぽど確かに君の美しさを取り戻して来てくれるんだから。」
公園の中から歩道から車道へ、そして空へと立ち昇っていくシャボン玉の様に、
その言葉の記憶が私の脳裏をかすめた。
兄が膝で寝かせたコッタにそんな風なことを言い掛けていた姿も
無数のシャボン玉の中には確かに見えた。
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⇒第9話鋭意執筆中!!
・初稿投稿日:2018/12/09