『C&B HOOK-TALE』<7>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第7話

 

いよいよ降りしきる雪の中。
まだ薄くだが積もり始めた雪をのそりのそりと踏みしめながら
車の渋滞の列が辛うじて進んでいく。

この交差点を右折すれば、もう5分もしない内に実家へ着く。

こんな空模様の日だろうが、脇道へ入ってしまえば、
ここまでの渋滞から解放されるはずだ。

 

私の前には「有限会社 道坂工業」と黒い中太の文字で書かれたトラックがようやく1台だけ。
3度も信号が変わった末に辿り着いた2台目の位置に私はいる。
そして4度目の右折矢印が表示されるまではもう少し。
渋滞中とはいえ、直進車線は3回の青信号の度に交差点の先へと車の列は送り出され、
私は何十台もの車を見送った。

 

「道坂工業かあ」

 

大川興業ならタレント事務所だと知っているが、
この工業系の会社って、どこも何屋さんだか分からない。

そして、運転している時だけ見掛けるこの手の車は
パワフルではあるがどれも古臭くて今にも壊れそうで、
ポンコツな風情をけたたましいエンジン音と共に振り撒くが。

今のハイブリット車の時代に取り残された絶滅危惧種にも見えるが、やっぱりいる。

 

「いつ潰れてもおかしくはない”感じ”なのに」

 

だがそれでも〇〇工業という名前の会社は、
覚えられないくらいの数で存在し続けている。

 

「0958が付いてないし…いつからある会社なのよ」

 

6桁の電話番号は所々で削れてはいるが、まだ全ての数字が読める。

 

善美は、無理矢理にそんな事を考えて、
不安な気持ちと哀しい空想から離れようとしている。

 

「もう29にもなるのに、私って知らないことが多いなあ。こんな小さな市内のことなのに。」

 

特別には可憐でこそなかったが鮮やかに軽やかに
過ぎ去って行った学生時代を終えてからすぐに今の仕事に就いた。

それからというもの、正に絶対に覚え切れない、数え切れないお客達を相手にして今日まで生きてきた自分の存在が、小さな点に思える。

 

「消えちゃいそう。溶けちゃう」

 

青信号に変わってしまったというのに、何故かいっこうに進み出さない左側の車の列と、すっからかんな対向車線。

 

こうして時が止まってしまった空間では、じわじわと空気が薄くなっていく。

 



第6話

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・初稿投稿日:2018/06/12