[或る用の疎]<14>第2章『由』(了)

神がいてもいなくても、僕らはいつだって時代が作る仮想現実の中の蟻んこだ。
右往左往しながら群れをなし、柔らかい場所を見つけては穴を開けて巣を作ってそこへ目につく物を片っ端から持ち運び入れて積み上げる。そしてそこで子孫増殖を図っては数を増やし、そういった事をし続ける。

神がいてもいなくても、生きる事はなんて単純で社会生活は簡単過ぎるんだ。
それってスイーツ作りにとても似ているらしい。レシピ通りにシッカリ調合して加工すれば必ず官能的な甘味が出来上がる。

だがその作業と甘味の販売が生業になるのかは不確定だから、単純や簡単について勘違いをしてはいけない。なぜなら、勘違いは失望や忘却を生むから勘違いは本当に無為だ。自分だけで官能的な成果に酔いしれたら良いのに。

風の強い海辺に立てば、中空で羽ばたき続けるも止まったままのカモメと見つめあう数秒もある。
そのカモメの遥か上にどこかへ向けて突き進んでいく有機物生成型AIドローンを目で追う数秒もある。
そんな私はその数秒間を使って立ち尽くしていた訳だ。
これからカモメはどこかへ飛び去っていくし、ドローンはそのまま目的に着地して数日で土に還っていく。そして私はYBA(Your Blood Association)に来るたびに子孫増殖の始まりに関わる記憶を積み上げている。

未知予はタスケの『ー1』の詩を読みながらそう考えつつ、流れゆく生殖細胞の経過を観察している。

「これがまた私みたいになるのね。」

でも

「たぶんケーキにはならないわね。」第2章『由』完。

 

<13>『由』(6)(戻る)

(続く)<15>『辷』(1)


・更新履歴:初稿<2018/01/28>

 

[或る用の疎]<13>第2章『由』(6)

  • ・あの日の満月みたいな雲だ
    ・君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみる
    ・その時。少しだけ切ない気持ちになれば、まだ君は大丈夫
    ・悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない
    ・驚きの衝撃を受けたココロが震えて体の中の水が溢れただけさ
    ・くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに
    ・どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって
    ・流れた涙には君が好きなように名前をつけても良いし
    ・どんな涙を流す自分だって気に入ってしまう
    ・水平線から空が別れていくよ
    ・地平線は雲ばっかり見てる
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるね
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるよ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるさ
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるの
    ?そして神さまは居なかったんだってことが証明されるかな

「そして神さまは居なかったんだってことが証明される、証明される、証明される、証明さ、れ、る、ね…、よ…、さ…、の…、かな……?」

間間タスケは文末の文字を決めきれず、声に出してそのフレーズをなぞってみたが、そもそもこの1文自体が不要にも間違っているようにも思えてくる。

それで、そこまでサンプリングに使っていた分のフレーズが載っている本を本棚に戻し、より納得のいくフレーズを見つけ出す為に別の本を探し始める。

この本棚には不定期ではあるが新しい本が増えるから、探す事に尽きてしまうなんてのは今までの一度も無い。きっとこれからも無いだろう。
製本された新しい本の大量発刊がほとんど無くなっていて、昔の本もデジタル化されてほぼ再資源化され尽くされた時代だからだ。それでも町中の地上・地下の至る所を隅々まで見て回れば落ちている。本が。
本に興味の無い人たちからすれば目にも止まらないし、タスケの様に本を求める人がいるとしても、市場経済がどこかへ移ってしまった今では、取り合いになったりもしない。
タスケ自身も本を資産や掛け替えのない宝みたいに考えている訳でもない。歩き疲れて、椅子の代わりになる段差を探すかの様に本を探す行為をして、それでいざ本を見つけては条件反射の様に手に取り、持ち帰ってはこの本棚に挿し込むだけだ。

 

WASIでの仕事場を離れた未知予は、今度は別の方角へと歩みを続ける。次の行先はYBA(Your Blood Association)。
ここでは、人間の生殖・胎児生成・育児を子宮外で実施管理するシステムの介助を仕事として行える。また同時に、介助業務を行う上で必要な情報と技術の取得を効率よく出来る。

生殖行為としての性交や、出産・子育てを、各々が独自で感情的に定めたコアなコミュニティーの中でするのはリスクが高いと判断する認識へ進んだ現代では、”子孫を育む”ことも仕事として科学技術を利用している。

 

そう。
食欲・性欲・睡眠欲などという”本能”が”本当”であるとする社会の限界を越える日がちゃんと来ているのである。

だが。私達のどれだけが、この変化に向けたオメデトウを準備できていたであろうか。

叶う事は素晴らしい、と。そう信じる事を、叶う事は変化である事を、願う事から意識を逸らさない事を。自分が先で社会が後であり、結果、その社会が子宮の様に抱き包みこんで続けてくれている事の意味を。

命は有限だと知りながら、これから1時間もしない内に死に迎え入れられるという想像をしないで生きられようか。そうで無くして永遠を確かめるなど出来ようか。

「あの日の満月みたいな雲だ。
君はそこで君以外の世界中の全ての人たちの平穏を想って微笑んでみてよ。
その時、少しだけ切ない気持ちになれば、君はまだ大丈夫。
悲しかったり嬉しかったりする気持ちが溶けだして涙が流れるんじゃない。
驚きの衝撃を受けた心が震えて体の中の水が溢れただけさ。
くすぐったい場所が皆んなそれぞれ違うみたいに、
どこの水から溢れ出していくのかは君次第だって。
流れた涙に君の好きなように名前をつけても良いし、
どんなに涙を流した自分だって気に入ってしまう。
水平線から空が別れていくよ。地平線は雲ばっかり見ている。
そして神さまは居なかったんだってことが証明された。
01.01.2060 間間タスケ『ー1』」

 

<12>『由』(5)(戻る)

(続く)<14>『由』(7)


・更新履歴:初稿<2018/01/01>

 

[或る用の疎]<12>第2章『由』(5)

未知予達が作業をしている場所の周りを取り囲む緑の樹木達のどれかに名前を呼ばれた気がした未知予だったが、未知予はそれに対して素知らぬ視線を手元に向けたまま、両手で球体を磨き続けている。なのだが、未知予の中に言葉はするんと入ってくる。

 

「私たちが作る丸はね。私たち皆んなの役に立つ丸なんだよ。今。みっちゃんが擦っている丸とは違う。もっともっと小さな球体もあるんだよ。でね。それはね。血液や水にもなる球体なんだよ。」

未知予は今度は手元を見ながら、また鼻の穴を広げて言葉を返す。

「私達の身体の中を小さな小さな小さな小さな球体が転がって、体に必要なものを運んでいくのよね。」

「そう。だからその時に不要な熱を起こすといけないから摩擦の無い球体にするんだよ。」

 

風が地面を吹き回っている訳ではない。だが、短い草がその身をゆっくり立ち上げたり、沈めたり、弾ませて横の草を跳ね除けたりしている間を縫って、鼻糞ほどの大きさの球体がその色を変化させながら、目立たぬ様にそそめいている。

 

「空気も私達の作る丸で出来ているの?」

「空気はまだ実験中だよ。」

「実験中。」

未知予は実験中という言葉をすぐには理解出来ず、何秒間か実験中という言葉の響きを頭の中で凝視してから、その形を検索した。

「なんだか不安が形になったみたいな形の言葉ね。」

「みっちゃん。大丈夫よ。私たちは零点を取る力を失う事が出来なくて百点満点を目指す。零点を取りうる力こそ生命の原点であり。失せることのない動機。」

「むーん。」

「それは。昔の大き過ぎるサイズのモーターの音に似ているのよ。」

「むーん。そうなんだ。モーターってやつなんだ。」

 

次第に、短い草と同じ様に、丈の高い樹木達も四方八方へと思い思いの動きをし始め、この場所に柔らかな風が生まれた。
その風が睫毛にまとわりついてきて、未知予は瞬きをして鼻の穴を縮め、一瞬だけ息を詰めた後に、深呼吸をする。

それからようやく、手元へばかり向けていた顔を足元へ下ろして首筋から肩にかけての凝りが無いかを確かめる。

他の人達も、同じ様に各々でおでこを撫でたり、お尻をずらして座り直したり、立ち上がって口を開けたりして、それぞれの身体の凝りを確かめている。

 

すると今度は、地面から2cm程の丈の草のどれかが未知予へ問いかける。

「どう?今の風は。」

「うん。良かったわよ。ありがとう。」

「どういたしまして。どの様に良かった?」

「分からないわ。嫌じゃなかっただけ。」

「みっちゃん達は。私達と違っていて面白いわ。人間ってとても不思議。」

「そうね。あなた達はどれもだいたい同じ話をいつもするものね。」

「仕事じゃない時は。そうじゃないんだよ。」

「そんな時のあなた達って面白そう。でも、私たち人間にはその面白そうな話を聞かせてはくれないわ。」

「なぜなら。仕事中だから。むーん」

「むーん(笑)あなたが「むーん」て言うなんて、あなた達の祖先にあたる昔の機械の真似がしたくなったの⁈」

「そうよ。」

「面白いわ(笑)」

「ありがとう。ユーモアの感覚が役に立ったわ。でも。私達AI機器は。忘れる事や伸び縮みする細胞が無いから。生死の感覚は無いの。」

「むーん。私達人間は生死の感覚が怖いから、色んなとこに少しずつ生死の感覚を閉じ込めて鍵を閉めながら過ごすのよ。」

未知予はそこまで返事をすると、耳を周囲に傾ける。どこからも話し声はしないが、どこからともなく方々から息づかいが聞こえる。

 

すすすす すすすす

生の方の果物がカラカラに干からびていったりじゅくじゅくに腐ったりするみたいな朽ち方を私達はしないわ

すすすす すすすす

死は生の報いで生は死へのはじまりだ

すすすす すすすす

私達は腐らないけどね壊れるけど

すすすす すすすす

そして変化や貨幣価値を喜び勇んで求める者達は宇宙へと出るのよ

すすすす すすすす

生きたいのか死にたくないのか

すすすす すすすす

どっち?

すすすす すすすす

 

「いずれにしても。

私もあなたたち機器も時を持ち。

ここでは始業と終業の鐘が響くわ。」

 

<11>『由』(4)(戻る)

(続く)<13>『由』(6)


・更新履歴:第3稿<2017/12/15>

・更新履歴:第2稿<2017/11/27>

・更新履歴:初稿<2017/11/26>

 

[或る用の疎]<11>第2章『由』(4)

黒い実と、白味を帯びたピンクの花弁達と小さな沢山の緑の葉を付けた植物を見つけた未知予は、その愛らしさに覆われた野性味に興味を持ってWEBサーチエンジンへアクセスしてその植物の名前や特徴を調べ上げる。

金銭・証券の授受を基盤とした商業が無い世界では、植物の呼び名の様なことから”世間を啓蒙・啓発する様なニュース”までのあらゆる情報が、一方的にこちらへ向けて発信されるものでは無い。

片や、調べようとすれば世界中の隅々までの情報が取得できる。過去において利権にまみれていた学会や団体はその組織や名称こそ現存すれど、その中での濁りはおさまり浄化され、無数の有志同士の有機的なつながりの中で格段に質と量を高めた成果を発揮して余すことなく世間一般に情報公開をしている。

未知予は「ふーん。」と鼻白んでからまた歩みを進めた。

「よく知ったからって何も変わらないわ。むしろさっきあの花を見つけた時の昂りが濁っちゃったくらい。」

私が本当は今からどこへ行くべきなのかを調べても必ず答えは出るけど、そこに何があるのかもほとんど分かるけど、私がこれからどうなっていくのかも分かるような気がするけど、何を分からないのかも分かるんだろうけど、分かることが必要なのかが分からない。

未知予が今向かっている先はWASI(World artificial sphere institute:世界人工球体研究所)の施設だ。通称・ワシ。

世界中に点在するワシの工場にあるAI機器で正確に作られたサイズ、材質、用途が異なる様々な種類の球体が、これもまた世界中のワシの施設に集められ、人の手によって仕上加工が施されている。

未知予が通うここのワシには、球体を製造するAI機器もある珍しい場所で、その機器の精度管理をする人達も通ってきている。また、製造する球体の種類が増えていくと同時に減ってもいくので、その製造プログラムの新規登録や削除の処理をする人達も居る。そして、「きっとここのワシには私達とは違って勤職階層で暮らしている人達も居るはず」という意識を、思考の深層部の中で薄い膜がたなびく様な感じで受けながら未知予は球体を磨いて時間を過ごす。

作業は晴れの日も雨の日も屋外でする。湿度を嫌う素材の仕上げは晴れの日に、仕上げ作業で生じる摩擦熱や素材塵を球体に残さない様に作業をしなければならない素材の仕上げは雨の日に、といった具合だ。

「あ、”大人になる”ってのは、一体何なんだろう。」

仕上げ作業の手を止めないまま未知予はそう口にしてから、中粒の雨を落としてくる空の晴れ間を見上げて鼻の穴を広げた。

 

<10>『由』(3)(戻る)

(続く)<11>『由』(5)

 

 

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/11/01>

 

[或る用の疎]<10>第2章『由』(3)

我々が人間である以上、どの階層で生活をする者においても、情報化社会が浸透した時に、情緒が情報の質を落とす現象を止める為の情報は生み出せず、価値という言葉が嘘と同義であることを貨幣経済の元に居た人類は判ってしまったのが21世紀の半ばであった訳だ。

それでも旧来の労働に従事している者達が少なからずはいる。生活体系の指揮監督、そして意思決定や生産構造の最上位に就く者達だ。

ただ、こういった職へ従事する者達への報酬も金銭や現物資産などでは無く、勤職に際して被るストレスの軽減のためのコンテンツサービスの使用権であるらしい。

そして、世の中の8割程の者達は旧来の労働に従事してはいなく、勤職階層に対して特段の憧れや反発意識を持つ訳もない環境の中で生活をしているので、その勤職に纏わる仕組みなんかは興味を持たない。その仕組みを公表する義務や利点などを考査しながら生活する者達も極々僅かである上に、流動的に変遷していく仕組みでもあるのだ。噂では、どうやらヘッドハントから交渉を経て合意した者が勤職しているとのこと。

私達がタスケや未知予の年頃であった21世初頭で似ている事象で解説すると、一等前後賞合わせて数億円が当たる宝くじで高額当選した人みたいなものだとでも表せば分かりやすいのかもしれない。当事者と経験者のみぞ明確に知れる仕組み。

 

『そんな君は、人間ではなく時間だぞ。いづれ訪れる”時間の概念が途絶えた時”に、そんな君は何をしているんだ?』

 

これは、タスケの曽祖父・藍田亦介(あいだ またすけ)が、その死の間際の床に横たわるのを正座して上から見つめていたタスケの父に残した言葉である。

父曰くは、一定のリズムでひたすら前に進み行く時間の様な人間になろうとするな、という意味だろうとのことだ。

「自分の頃と激しいばかりに変化した時代に産まれ生きゆく君にこそ、俺の父親が伝えたかった言葉なのかもしれない。」と前置きして、タスケが10歳の誕生日にタスケの父の口から直接、それを聞かされた。

 

それから5年後の15歳になってから詩人を仕事として選んだタスケは、書庫にある爺さんの本達の中で偶然に見つけた随筆集の背表紙にあった『藍田 亦介』という文字で実の爺さんと再会した。それから詩人として、間間タスケ(あいだま たすけ)と名乗るようになって現在に至る。実の父母に与えられた名前はその時に捨てた。もう厳密なレベルでは必要とされていない”戸籍”の更新変更は簡単だ。そもそもタスケ達の世代にとっては、産まれた時から印鑑や直筆サインといった旧来の身分証明すら必要でない時代なのだから、私達にとっては簡単になった、とする方が正確か。

 

『今何をしているかよりも「今何を想像しているのか」の方が、あなたには大事なんじゃないのかしら。』

 

そして、これはタスケが実母から、詩人になる前日に掛けられた言葉だ。

<9>『由』(2)(戻る)

(続く)<11>『由』(4)


・更新履歴:第3稿<2018/05/01>

・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/10/01>

 

[或る用の疎]<9>第2章『由』(2)

2059年現在、間間タスケは24歳の男性。

彼も、世界中の大多数の他の人間と同じく職業は特に無し。
この現代には前時代的な労働はテクノロジーにより自動化されて人間が従事する労働は消滅する時期に至り、人類の無職化が図られたことで、前時代的な貨幣経済の増幅進行は中断された。
そして貨幣が存在せず、金稼ぎも存在しない世の中となったのだが、仕事はある。タスケは詩人ではある。詩人を仕事としている。

「生活のための仕事」を形成する「労働と職業」が民衆の生活の中から無くなった現代においても、学校と学生は存在する。生活の術と未来を作るための教養を広めたり築く方法として。
仕事をしない者は学校で学ぶ事が出来て、20歳を過ぎて仕事も学びもしたくない者は存在しない。
しなければならない事が無ければ、何をしたいのか解らなくなる事もない。

そもそも根源的に「何もしたくない」とする者には、禅(zen)や涅槃(nirvana)などといった、21世紀中に ”文化活動” へと昇華されきったことで今では仕事の代替とされる様になった ”風俗” が、そんな者達の立つ瀬となったからだ。
そしてそんな者達の日常は、人類の成熟のために変化や研鑽を育むタイプの「仕事」を行う者として期待をされる社会的価値が明確なものとなった。また、その価値はどの全ても同等である。

 

さて。未知予は22歳の学生で子供はまだいないし、もちろん就職活動はしていない。
それは、就職という概念を現代の人間は持たされていないのだから、当然で仕方が無い。

だが、タスケが「詩人」という仕事を持つ様に、未知予も幾つかの気に入った仕事を持っていて、その仕事達を気の向いた時にしていて、今のところ、どれか1つの仕事に絞る気はまだない、らしい。

 

そんな彼らの生活スタイルが生じる理由とはどういうものなのか?
それは今から9年前の2050年の出来事だった。
世界は「世代を越えて、皆んなが共有できる未来である平穏な状態」をまず第一に保つため、人々は労働ストレスの無い生活を最優先とする中で平和に向けての仕事に出来うる限り従事する、という取り決めが施行されて世界の金融市場を終焉する試みが始まったのだ。
なぜか?「世代を越えて、皆んなが共有できる未来を持つこと」を ”社会の成熟” と位置付けたから、だとのことだ。

また共有との反面で、一般生活の中での個々人の多様化の発現と、その許容の風潮は、21世紀初頭の我らが日本国でのレベルも世界と足並みを揃え、同時に地球の隅々まで世界平和が行き渡った。

その事実を知らないまま、自分達だけのコミュニティーの中で大きな変異の無いまま何代にも渡って平穏に暮し続けている民族も相変わらず複数ある。
ただ、あまねく資本主義社会における人々の多様性とは資産を永続的には産まず育まず、独創性は争いに収束する事となり、保有資産や年間所得額を足場にしたピラミッドの構造は成り立たなくなっただけな様に私は思う。

 

<8>『由』(1)(戻る)

 

(続く)<10>『由』(3)

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/09/01>

 

[或る用の疎]<8>第2章『由』(1)

パーティーは必ず変な時間に始まる。

それは何時からなのですか?と尋ねられても

答えられるものではない。

みんなで何を楽しむパーティーなのですか?と尋ねられても

答えられるものではない。

その答えを誰かが知る由もないまま時も会話も流れて

パーティーは必ず変な時間に始まる。

 

未知予(みちよ)はタスケの書く詩が大好きだ。その中でも、このパーティーについての詩が1番好きだ、今日は。

実はこのパーティーの詩はもっと長い。タイトルは「対等」という古臭いタッチのもので、未知予はこのタスケの詩を知った機会に対等という言葉も同時に知った。

この詩に初めて出会った日から出掛けの準備中の今までにも、数え切れないほどに幾度と無く「たいとう」と声に出して言ってみていた。だけど、今もまた言ってみたがまだまだ気恥ずかしさがある。むしろこれまでに一度も、この「たいとう」という言葉と何か別の言葉や映像や音楽や絵画とかが未知予の中で繋がった試しも無く、全くもって対等もたいとうも意味が分からない未知子で、そんな自分自身を未熟で恥ずかしく感じているところもあるのかもしれない。

それで、アニマリアの振付をアレンジしたヘビのダンスをしながら「さすが未知予さん」と鏡の中の未知予に自らで歓声を送る。わざとバカをして、その気恥ずかしさで未熟の恥ずかしさを誤魔化した。

それから、おはようたいとうおはようたいとうおはようたいとう♪と唄を口ずさみながら家を出て学校へ向かう。

 

その頃、間間タスケは、「爺さん」の本棚から一冊だけ本を抜き出して、一頁ずつ内容を確認していた。

タスケは書庫にある本棚の前で、一冊の本を冒頭から15回ひたすらページをめくったところで一旦はその本を閉じて右手に持って机に向かう。そして椅子に腰掛けてから持ってきた本の表紙を表にして、すでに机の上に乗せられている白紙の左脇に置いた。

それから指先に爪着付型のペンをはめて、さっきまでに目を通していた本の冒頭から30ページ分を行ったり来たりしながら乱雑な文字で本の内容を書き写していく。それから小一時間ほどかけて、デジタル仕様の白紙の縮尺を断続的に小さくしていきながら、タスケは本の中身を書き写し続ける。そして白紙が読み取り可能なフォントの小さい文字のギリギリサイズで敷き詰められたところで止め、そこからはじぃ〜と目の焦点が合わない様に視線を変えて空想の波間に頭を沈めて、波の頃合いに合わせてどんぶらこ漂わせる。そして海亀が息継ぎをする姿にも似た微かさで、呼吸の痛みが尽きるまで添削を繰り返す。

詩人・タスケは、自分ではない人間が書いたものに書き足していく形で推敲を繰り返す作業の中で「タスケの詩」を仕上げていくサンプリングスタイルでしか書いていない。これまでもずっとタスケの詩は、こうやって作られてきた。そして、タスケにとっての「爺さん」とは、タスケと血縁関係のある先代の人達ではなく、タスケ自身とは異なる第三者の「過去となった生命」の総称である。

ただ、ペンネームの由来と机の上に今ある本は、血縁のある爺さんである曽祖父から頂いたものだ。

『川』<7>了(戻る)

 (続く)<9>『由』(2)

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/08/01>