[或る用の疎]<9>第2章『由』(2)

2059年現在、間間タスケは24歳の男性。

彼も、世界中の大多数の他の人間と同じく職業は特に無し。
この現代には前時代的な労働はテクノロジーにより自動化されて人間が従事する労働は消滅する時期に至り、人類の無職化が図られたことで、前時代的な貨幣経済の増幅進行は中断された。
そして貨幣が存在せず、金稼ぎも存在しない世の中となったのだが、仕事はある。タスケは詩人ではある。詩人を仕事としている。

「生活のための仕事」を形成する「労働と職業」が民衆の生活の中から無くなった現代においても、学校と学生は存在する。生活の術と未来を作るための教養を広めたり築く方法として。
仕事をしない者は学校で学ぶ事が出来て、20歳を過ぎて仕事も学びもしたくない者は存在しない。
しなければならない事が無ければ、何をしたいのか解らなくなる事もない。

そもそも根源的に「何もしたくない」とする者には、禅(zen)や涅槃(nirvana)などといった、21世紀中に ”文化活動” へと昇華されきったことで今では仕事の代替とされる様になった ”風俗” が、そんな者達の立つ瀬となったからだ。
そしてそんな者達の日常は、人類の成熟のために変化や研鑽を育むタイプの「仕事」を行う者として期待をされる社会的価値が明確なものとなった。また、その価値はどの全ても同等である。

 

さて。未知予は22歳の学生で子供はまだいないし、もちろん就職活動はしていない。
それは、就職という概念を現代の人間は持たされていないのだから、当然で仕方が無い。

だが、タスケが「詩人」という仕事を持つ様に、未知予も幾つかの気に入った仕事を持っていて、その仕事達を気の向いた時にしていて、今のところ、どれか1つの仕事に絞る気はまだない、らしい。

 

そんな彼らの生活スタイルが生じる理由とはどういうものなのか?
それは今から9年前の2050年の出来事だった。
世界は「世代を越えて、皆んなが共有できる未来である平穏な状態」をまず第一に保つため、人々は労働ストレスの無い生活を最優先とする中で平和に向けての仕事に出来うる限り従事する、という取り決めが施行されて世界の金融市場を終焉する試みが始まったのだ。
なぜか?「世代を越えて、皆んなが共有できる未来を持つこと」を ”社会の成熟” と位置付けたから、だとのことだ。

また共有との反面で、一般生活の中での個々人の多様化の発現と、その許容の風潮は、21世紀初頭の我らが日本国でのレベルも世界と足並みを揃え、同時に地球の隅々まで世界平和が行き渡った。

その事実を知らないまま、自分達だけのコミュニティーの中で大きな変異の無いまま何代にも渡って平穏に暮し続けている民族も相変わらず複数ある。
ただ、あまねく資本主義社会における人々の多様性とは資産を永続的には産まず育まず、独創性は争いに収束する事となり、保有資産や年間所得額を足場にしたピラミッドの構造は成り立たなくなっただけな様に私は思う。

 

<8>『由』(1)(戻る)

 

(続く)<10>『由』(3)

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/09/01>

 

[或る用の疎]<8>第2章『由』(1)

パーティーは必ず変な時間に始まる。

それは何時からなのですか?と尋ねられても

答えられるものではない。

みんなで何を楽しむパーティーなのですか?と尋ねられても

答えられるものではない。

その答えを誰かが知る由もないまま時も会話も流れて

パーティーは必ず変な時間に始まる。

 

未知予(みちよ)はタスケの書く詩が大好きだ。その中でも、このパーティーについての詩が1番好きだ、今日は。

実はこのパーティーの詩はもっと長い。タイトルは「対等」という古臭いタッチのもので、未知予はこのタスケの詩を知った機会に対等という言葉も同時に知った。

この詩に初めて出会った日から出掛けの準備中の今までにも、数え切れないほどに幾度と無く「たいとう」と声に出して言ってみていた。だけど、今もまた言ってみたがまだまだ気恥ずかしさがある。むしろこれまでに一度も、この「たいとう」という言葉と何か別の言葉や映像や音楽や絵画とかが未知予の中で繋がった試しも無く、全くもって対等もたいとうも意味が分からない未知子で、そんな自分自身を未熟で恥ずかしく感じているところもあるのかもしれない。

それで、アニマリアの振付をアレンジしたヘビのダンスをしながら「さすが未知予さん」と鏡の中の未知予に自らで歓声を送る。わざとバカをして、その気恥ずかしさで未熟の恥ずかしさを誤魔化した。

それから、おはようたいとうおはようたいとうおはようたいとう♪と唄を口ずさみながら家を出て学校へ向かう。

 

その頃、間間タスケは、「爺さん」の本棚から一冊だけ本を抜き出して、一頁ずつ内容を確認していた。

タスケは書庫にある本棚の前で、一冊の本を冒頭から15回ひたすらページをめくったところで一旦はその本を閉じて右手に持って机に向かう。そして椅子に腰掛けてから持ってきた本の表紙を表にして、すでに机の上に乗せられている白紙の左脇に置いた。

それから指先に爪着付型のペンをはめて、さっきまでに目を通していた本の冒頭から30ページ分を行ったり来たりしながら乱雑な文字で本の内容を書き写していく。それから小一時間ほどかけて、デジタル仕様の白紙の縮尺を断続的に小さくしていきながら、タスケは本の中身を書き写し続ける。そして白紙が読み取り可能なフォントの小さい文字のギリギリサイズで敷き詰められたところで止め、そこからはじぃ〜と目の焦点が合わない様に視線を変えて空想の波間に頭を沈めて、波の頃合いに合わせてどんぶらこ漂わせる。そして海亀が息継ぎをする姿にも似た微かさで、呼吸の痛みが尽きるまで添削を繰り返す。

詩人・タスケは、自分ではない人間が書いたものに書き足していく形で推敲を繰り返す作業の中で「タスケの詩」を仕上げていくサンプリングスタイルでしか書いていない。これまでもずっとタスケの詩は、こうやって作られてきた。そして、タスケにとっての「爺さん」とは、タスケと血縁関係のある先代の人達ではなく、タスケ自身とは異なる第三者の「過去となった生命」の総称である。

ただ、ペンネームの由来と机の上に今ある本は、血縁のある爺さんである曽祖父から頂いたものだ。

『川』<7>了(戻る)

 (続く)<9>『由』(2)

 


・更新履歴:第2稿<2017/12/15>

・更新履歴:初稿<2017/08/01>

 

[或る用の疎]<7>第1章『川』(了)

新玉ねぎをまずよく洗ってから不均一に薄くスライスし、そのまま器へ乗せたところへ、卵黄と広めに削られた鰹節があつらえてある。

「卵の白身はどうしたの?」なんて我ながらつまらないことを聞いたもんだが、君から「内緒っ」と台所へ向けて体を戻しながら笑顔で言われたのがとてつもなく可愛くて、君が台所からこちらに帰って来て、揃って2人で食卓に着くまでは、その新玉ねぎスライスの皿にだけ箸をつけてなかったんだよ。

 

 

別に今が空腹であるのでもなければ、空腹になったら新玉ねぎスライスを食べようと考えているのでもなく。なのになぜ俺は君とのその出来事を思い出したんだろう。でもその思い出は、とても心地の良い風を俺の裸の体に纏わせてくれる。そして、むしろ今食べるとすれば。あの日のメインデッシュだった、真っ赤なケチャップを全体に纏ったスパゲティナポリタンかな。あ。白身はスパゲティナポリタンに入れてくれてたのを、君はその食事の後で大笑いしながら教えてくれたんだったね。

 

 

この暗闇に、アキラのすぐ近くに、実在として居るのか居ないのかが分かりかねる声の主の存在に向けて考えを向けている時は、やはり決してアキラも、アキラを眺めている私達も平穏でいられているとは思えない。だけど、”君”のことを思い出している内は、アキラは平穏である様だ。

 

「もしかすると声の主は、現代ではありふれてしまって激安になったアナウンサー仕様だけのAIなのかもしれない。はたまた声の質感からすると、自分と同じ位に年を重ねたリアルな人間なのかもしれない。」

 

”君”のお陰で少し元気を取り戻しているアキラは、その思考をそうやってまたこの暗闇に向けるが、”君”と暗闇とがアキラに与えるそれぞれのエネルギーの体感の違いから、自分の観念を無粋な闇で覆い尽くすのは、まさに見ず知らずなまま縁の出来た他者の存在なのだ、とアキラは理解をしだした。それで”君”を求めた。記憶の中にしかいない”君”が、最も都合が良かった。第1章『川』完。

 

 

『川』(6)(戻る)

(続く)『由』(1)


・更新履歴:初稿<2017/07/12>

 

 

 

[或る用の疎]<6>第1章『川』(6)

実際にアキラ式の人型サイレンが作動し始めてからどれほどの時間が過ぎただろう。15分だろうか30分だろうか、1時間か24時間か。もう精も根も尽きて、アキラを捉えていた、大声を出したいという思い付きの力が弱まってきた時、声の主に対する恨み節にも似た独り言が口から出る。

「不自由を解消したからといって自由が芽吹く訳ではないのは知っている。昭和の時代から平成も通り過ぎて、90年近くはもう生きているんだから、そんなことは知ってる。」

使う目的が違うから、大声で叫ぶのは不可能でもボソボソと独り言を呟くのには使える声帯。そんな声帯や、寒気や痛みの感覚、嘔吐のために伸縮を繰り返した胃を除いては、この謎の暗闇に溶け込んでいて、それらが淡く発光したならば、アキラの存在はクラゲに見えるかもしれない。

「俺はミルクを飲んだばかりの透明人間じゃない。ただの人間だろう?」

何かを、何か1つだけでも自分自身の存在を確かめたいアキラの意識が、目の位置を手探りで掴もうとしだす。まずは顔のあるはずの辺りを右手で触れてみると、ちゃんと耳の後ろ辺りに触れ、手首のところには耳の飛び出したへりを感じた。そこからは、勢い余って眼球を傷つけるなんてしないために、初めて赤ん坊を抱きかかえた時みたいに出来うる限り優しく、ゆっくりと手の感触をコメカミへ向けて移動させてから目尻に沿ってまぶたの上から、左手の中指でさらさらとまぶたの表面を撫でた後に眼球の感触を確かめるのに、軽く頷くようにして眼球でその中指を押す。

「目ある。」

そこでアキラは希望の光を求めて両目の瞼をエイッと開いた。だがそこに、やぱり光はありませんでした。

灯りが欲しい。

「そうだ、火だ。」

ライターでいい。

「ライターが欲しい!」

すると、利き手の右手は、元からそうしていたかの様にあっさりとライターを掴む。

経験と、指先の感触を頼りにして、そのライターの着火用ボタンに力をグッと入れ込めると、わずかな火花が弾けると同時に桜の花びらの大きさで火柱が立つ。その灯りがとてつもない強さの眩しさで、思わずボタンを押し込んでいた親指をボタンから離し、反射的に炎を消してしまったのだが、確かに”見る”ことが出来た。ここで初めてアキラが目にしたものは、自分自身の右手の親指の爪だった。

それからアキラはライターに夢中になって3本を使いきった。4本目は使い切る前に要らなくなったから消えた。

約4本分のライターが次々と起こした小さな炎で至近距離だけを照らして見て周る動作を続けることで、時間を舐めるようにしてアキラはしばらくの時間を過ごした。

その間に懐中電灯や松明なんかの大きな明かりを欲っさなかったのは、アキラが全裸だったからかもしれない。

ライターの灯りで自分を照らして自分が全裸であることには実際に気づいたのだが、裸であることに気付いて驚いたり、ましてや恥ずかしかったりという感情は微塵もなかった。そもそも服を纏っている時の肌の感触は初めからずっとなかったし、自分以外の人間の存在を感じてすらいないから、裸であることについては、やっぱりそうか、といった具合だ。

瞼を閉じさえすれば、自らの意志ででも作れる「暗闇」という日常のありふれた世界。

謂わば、何もしなければ何も起きはしない世界。

しかもここでは、望めば何でも叶うと伝えられている。まるで夢の中の様な平穏の世界。

ではこの世界の中で、アキラが起こしてきた一連の行動は果たして平穏の証であったのか。

『川』(5)(戻る)

 (続く)『川』(7:了)


・更新履歴:初稿<2017/06/23>

[或る用の疎]<5>第1章『川』(5)

今度は苛立ちから、次第に脳内を沸々としながら熱が回っていって思考の回路が再起動しだす。それからフリーズしていた感情も蘇って来るのに合わせて、タービン重機のファンの様な目まぐるしい回転速度で、急速に喪失感と焦燥感がアキラの頭の中から脳動脈や感覚神経に沿って突っ走り、四肢の端々に行き着くまでバリバリ掘削していく破壊の術を押し進める。ついには、そのイメージが自分の人間らしさを空洞にし尽くしていまいそうで、堪らずアキラは何度も何度も叫び声を出し続けるが、既にその姿に人間らしさはなく、人型のサイレンそのものにしか見えないのが悲しい。

だが、そんな己の姿を自分でモニタリングする術など無いアキラは、絶望で作られた壁へ疾走してぶつかって行く地下鉄の車輌から、正にまだ見ぬ誰かに助けを求めるために逃げ出したくて身体中の筋肉を振り絞り、何度も何度も力づくで大きな声を出そうとする。

手のひらを痛むほどきつく握りしめながら、お腹の筋肉を締めたり足を広げて踏ん張ったり、顔を上に向けたり真正面にしたり、見えない地べたへ向けたりしている内に食道内の水分もすっかり枯れて、明らかに声響が鈍り掠れていく喉を通して口からひたすらに息を発する。しかし、そうすることはアキラの眼前にある闇に変化の一つももたらさないし、声の主に対して何が届くでもない。消沈の中にアキラの心身はどんどんへたり込んでいくばかりの中、何故か、全力で大声を出し続けたいというこの思い付きだけが生き残り、それがアキラを捉えて離さない。

それでも、あらゆる人間用エネルギーはいづれ、生命を保てるギリギリの残量のところまで目減りしたあたりで消耗を控え、人間はちゃっかり休止する。そもそも、その期間の長短に関わらず何かしらの変化をし、組成を解いては編み込みなどし続けてエネルギーのカスから人間用エネルギーへと蘇る原料物質を、人間はエネルギー源と呼び、そんな特定の物質がエネルギー化する一瞬を刈り取り利用する。だが、今のアキラには人間用エネルギーを刈り取る在り処に意識が届いていない。だから、ただ尽きてしまったのだ。

『川』(4)(戻る)

 (続く)『川』(6)


・第2稿:2018/02/12

・更新履歴:初稿<2017/05/23>

 

 

[或る用の疎]<4>第1章『川』(4)

アキラはこの暗闇の答えがはっきりと見えてくるまで、思考の術でここが何処なのかの答え探しを続ける。

ダンボール箱に入れられて森の端に捨てられた子ネコの様な。

間違って頭から貝殻の中に入ってしまったヤドカリの様な。

収集車の中へキツキツに押し込められたゴミの様な。

神経性のクスリを無痛針で知らぬ間に投薬されて盲目にされた様な。

酸素ボンベを口につけられただけの状態で完全密閉のコンテナに詰められてどこぞへ運ばれている様な。

銃身に籠められた砲弾の様な。

地上へ出られなくなった蝉の様な。

炬燵の中の冬の深夜の亀の様な。

自分の置かれた状況を想像から見つけようとすればするにつけ、湧き出るイメージがひたすらつまらない方に向かってスピーディーに進むものだから、アキラは一旦は意識を想像から外して、発想を枯れさせてゆくばかりにしか作用しない時間を呪い始める様になる。時間を呪うことで空想の作業から解かれ、何の役にも立たない時間への恨みの方へ向けられていったはずの意識は、そこにはそのまま留まらず、次第に沸き立つ身体機能の不穏に気づき出す。

両手の親指の付け根の太い筋肉をコアにして、チューブからゲルを絞り出していく様に小指と薬指の指先へ向けて細かな痛みが伴う痺れの流れが増大していく感覚がする。しかもその痛みを伴う痺れが蓋なんて付いていない指先のどこからも押し出されることはあるはずがなく、その痺れは親指の付け根と指先の間の神経に充満すると同時に身体中のリンパというリンパが熱を帯びていく。その熱を恐れて反発するかの様に寒気が肋骨を通じて腹部を駆け回って胃壁をぎゅうぎゅうと押し込めていき、終いにはその圧迫感に負けて嘔吐から胃液を吐き出してしまった。そのことでリンパが帯た熱は冷めたが、手の平の痺れは治るばかりか、全身を覆い出した寒気が重なって、氷の上で息途絶える寸前の釣り上げられたワカサギの心地を思う。

とにかくアキラはこの不穏な痺れと寒気を綺麗に取り除きたくて、手首から千切れんばかりに両手を思いっきり振りまくった。その勢いで、嘔吐から喉に張り付いていた胃液が口腔へ移動して来て、その酸味の強い胃液の刺激で咳き込むこととなった喉仏のあたりにもまた別の痛みが突き刺さるが、それでも痺れと寒気は残ったままだ。そして立ったまま顔を下に向けて体を前傾に折った状態で咳と浅い呼吸とえづきを間断なく繰り返しているアキラの顔面は、長い時間を熱しながら放置されてポコポコと激しく沸き立つ鍋焼きうどんの様に崩れ果てて汚れているが、もはやこの暗闇の中ではゲロや涙や鼻水をどうかしようという気も起きない。いや、もう何をする気も起きてはいなかった。

「だから。鍋焼きうどんの中で半熟になった卵は、はじめにトンスイに取り分けておいてから食べ進めるのが正解なんだよ。」

「あなたが動けば。」

とつとつとした声がおでこの辺りを目掛けて放たれて来た。アキラは首を垂れたままの同じ、姿勢で嘔吐や咳や痛みの疲れで枯れだしている薄い声で、低く呻きながらその声の発せられる位置と話の続きへ意識を集中させている。

「立ちふさがるものはあなたの先にも後にも左右にも何もありません。もしもイスに座りたいと考えて腰をおろせば、そこにはイスがあります。もっとゆっくりしたいと考えれば、たちまちイスはソファーへと変わり、眠りたくなった頃には使い慣れた快適な寝具があなたを包みます。それから、お腹が減って焼き鳥が食べたい、と考えて人差し指と親指の指先をくっつければ、あなたのその指先は熱々の焼き鳥が刺さった温かい串を掴んでいますので、美味しい焼き鳥を願えば、タレでも塩でもワサビでもあなた好みの味付けの焼き鳥を食べられます。そして、麻薬や煙草、酒なども望むがままです。」

「自由か。」

臭く濁った緩んだ息を鼻から吹き出し、口内の汚物をペッペと飛ばしながらアキラはそう思った。

「あなたは今その中に居るのです。」

一瞬の返す刀で声はまた来る。

「この声の主は俺の考えている事まで分かるらしい。」

「あなたが望めば何なりと。」

アキラはここでようやく初めて声の主の存在を意識し、その声の存在に肉声を差し出した。

「ここはどこなんだ?」

だが、出したつもりの声に対する返答はまるで無い。もう一度、「それで一体ここはどこなんですか?」と話しかけたが、やはり声の主からの反応はまだ何も聞こえては来ない。

「大きな声を出せていないのは自分でも分かっている。だが顎や耳たぶの付け根の辺りに音の響きの感触はあるから、声を出せていない訳では絶対に無いんだ。」

『川』(3)(戻る)

(続く)『川』(5)


・更新履歴:初稿<2017/05/02>

 

 

[或る用の疎]<3>第1章『川』(3)

ケイジは味噌鍋うどんの汁をトンスイに上げてから、セットで2個付いているオニギリの2個目をその中に沈ませてグズグズになるまで箸とおたまで突き崩しておじやみたいな物を自作している。カツミは熱々の椎茸をトンスイの中に移した半熟状の黄身に潜らせることで椎茸を少し冷まし、それでも少し恐る恐る前歯でゆるく噛んで熱さの具合を確かめてから口の中に運んだ後にゆっくりと咀嚼をしながら話を再開する。

「アキラが抜命したとって、どんくらいの奴らが知っとるとやろかね。」

「オイとカツミくらいやろ。あいつは立場の割には個人的な付き合いがある人間の少なかけんな。アキラのことを知ってて、ことあるごとにアキラの周りを取り巻いて楽しそうに賑やかにしよる人間とか、アキラと仲良くしたくて笑顔で近づいてくる人間は沢山おるって言いよった。それで知り合いだけは五万といるけど信用できちゃう人間はその中では増えない、って話ばようしよったさ。」

「ああ。仕事関係はね。」

「お前はどがんや。長いことずっと飲食業しよけば色々あろうもん。」

「何もなかよ。定食も出すごたるつまらん似非喫茶店とに。」

「夜には照明落として良か酒も出してからBarのごとしよっけん。何となく偉か人達とも仲良うしてきたとやろに。」

「オイはそげんマメやなかけんね。」

「よう言うわ。ワイが手抜きしよってあがん繁盛ばし続けゆんもっか。オイだって何遍もワイんとこのお客さんばウチの同僚に紹介してもらって感謝されたことか。ありがとねえ。」

ケイジは最高におどけた顔をしてから一気にトンスイの中身を吸い空けて軽く目を閉じて鼻から息を抜いて、色んな食材が混ぜこぜになった出汁の香りを確かめる。たかがファミレスでよくそこまでやるなあ、などと思いながら微笑む料理人のカツミは、椎茸の次に長ネギを半熟卵に突っ込んでぐるぐる回しながら続ける

「お友達フォルダの中の知り合いばっか。」

「そう、翻訳AIのおかげでなあ。The・サラリーマンのオイでもめちゃくちゃ友達おるもんなあ。死ぬまでに世界一周旅行ば何回すれば皆んなと会えるごとなるとやろか。地球上のあらゆるとこにお友達のおるてバリごつか。」

「ああ。まさかの世界中。」

彼ら3人が青年だった頃にWEBサイトや雑誌、テレビなどといった”マスメディア”で、NEWオープンの店やプレイスポットや世界遺産を眺めていたよりも低いコストで世界中の人間の情報を観ることができる現代。世界中のほぼ全ての善良な市民は、それぞれが脳内へ取り込まれた”情報=記憶”を公営サーバーに記録保管している。また、脳内の記憶領域とは異なる有機的な変化を伴う脳みそのパーツはブレインと称されている。そして体内にブレインを持ち続けながら、体外にもサーバーを持つのが一般的だ。

 

50年余りの歳月をかけて徐々に徐々に転換の時期も経ながら、デジタル技術の2進法の概念が世界を牽引してPEACEが現実のものとなりました。

そんな今。地球は、争い、喪失、不運の無い完璧で素晴らしい町。

我々は冥王星に住んでいます。ここは皆さんの暮らす地球とは違ってまだとてもとても過酷な星なので、皆さんのHAPPYの色一色に色濃く輝く地球がREALとしてストレートに我々の視界には入ります。だからこそ、1つになった地球を町と呼ぶのです。そして、まだ過酷なこの星に住まうことで、”2度と地球がデリートしてはならないsomething”を守り続けます。またそれを、いつの日かPEACEが必要とする時に地球まで届けます。

この行為はLOVEです。

 

という、アルファベットと数字も混じった日本語で289文字のメッセージが地球上の全ての善良な市民の通信フォルダで開封されたのが、30年ほど前。チーム・トリプルKが”還暦”を迎えた年だった。

 

 

フロントガラスに付いた水滴の先の景色は不均一に拡大縮小されて滲む。水滴から視線を外せば、そこには水滴の中と色使いは似ていても決して同じではない風景が広がる。フロントガラスの方々に張り付いた水滴の粒の中を順繰り見つめて静かにしている助手席の君と、目の前の交通状況に意識の殆どを持っていかれて無口で静かな私。水滴の滲み歪んだ世界の中へ引っ張り寄せられていく心地が好きだと言う君は、脳味噌のてっぺんあたりが段々とキラキラしてくるみたいなんだな、て言う。車の進行経路マップに注意深くするのが常の私の乗車中は、運転席には座っていなくてもそんな些細な出来事に対してはいつも気もそぞろだ。だから、会話の脈略や同乗者の機嫌なんて何だか要領を得ないままで薄い笑い声をただ立てて、時折横目で君のあちこち動く横顔や肩口に流れる髪をちらりちらりと見ているしか出来ないんだよ。

この日は私が抜命予約を入れている日の2日前の日。昨晩の雨雲が東の方向へ流れ流れた後の青空全面から地上へと向けて注がれた光が、行くあてを悩んでいる蒸気を瞬く間に蹴散らし昇天させて街を乾かしてゆく。その一連の音が私の喉の奥まで侵入して食道に張り付き、鼻の奥の所がカラカラだ。それで仕方なく1度だけ、少し顔をしかめて口腔にあった唾液をひっかき集めてごくりと奥歯の歯茎の所の筋肉を絞るようにして食道へ注ぎ込むと、このままハンドルを動かさず、ブレーキを踏まず、この真っ直ぐな国道を進んで加速していくこの車が前輪から宙に浮いて太陽を目指し上昇しては空の中へと消え入る、という空想が浮かんだ。今となってはサーキットコースでしか運転してはいけない静的ドライブモードの車を運転していた頃を思い出し、何故だかすがすがしくて早々と1日を満足した。

それから車の窓を開けて軽い湿気を含んだ外気を鼻からすぅと吸い込んだ瞬間。軽いめまいがして思わず瞬きを繰り返したが、めまいの朦朧が晴れて落ち着いた時に私が居たのは真っ暗な闇の中でした。

暗闇

しんと冷え切った大きな岩が積み重なった地下牢の様な。

遠くから振動として音がかすかに連なって届いてくる胎盤に包まれている様な。

ジンベエザメにオキアミやプランクトン達と一緒に飲み込まれた様な。

陸地から何千メートルも落ち窪んだ深海の様な。

非常灯の光まで落とされた映画館での上映開始前の一瞬の間の様な

嫌な予感が押し迫って来てはのしかかっても来て、それをどうしても振り払えずに、懸命に寝ようとすればする程に寝付けなくなったあの日の夜の様な。

『川』(2)(戻る)

(続く)『川』(4)


・更新履歴:第二稿<2017/04/28>

・更新履歴:初稿<2017/04/10>

[或る用の疎]<2>第1章『川』(2)

「嫌な事があった時にいっつも、なんで?て思うのとかめんどくさくなかと⁈」

「なんで?」

「こんな話も嫌なんかい!」

「ああ。そうなるんか。」

カツミが、両端の少しつり上がった口角を真横に広げて上下の歯を最大限に見せた笑顔でとぼけたように言う。

「当たり前たい。」

ケイジは目を見開き口先を尖らせながら戯けた口調でカツミにツッコミを入れる。

「たしかに。」

「カツミやぜかなあ相変わらず。」

胸の前で腕を組んで、肩甲骨からヘソの裏側あたりまでをソファーの背にぴったり預けたまま、真円に近い本当の丸顔で目と口も猫の顔の様に丸々しい面立ちのケイジは不満げな表情をするが、どうしてもコミカルなケイジの雰囲気は尖ることがない。

「あ。」

「なんね。」

「うん。あいつ笑顔で死んだごたる。」

カツミが不意に真顔になって、そう言いだした。

「あいつ?!アキラ?」

ケイジが不満げな顔から打って変わって眉をひそめて訊ねる。ちょっとくらい険しい表情になってでもケイジのコミカルな印象に変化は起きない。

「そう。今、市のホスピタルWEBサービスシステムから連絡来た。」

カツミは向かいのソファーの空いた席を見つめて言う。ケイジはカツミと同じ場所を無言で見つめ、自分の通信フォルダをチェックしている。

 

《長崎市ホスピタルWEBサービスからの配信です。

2059年3月1日14時丁度。松尾晃殿ご本人のご意志に添って、 厳粛なる法令制度の元での抜命処置をお受けになられ、

安らかな笑顔で永眠なされましたことを貴殿へお知らせ申し上げます。

尚、この配信は故人のご遺志にあった先様へのみなされております。》

 

今日これから会う約束をしていた人間が死んだ。しかもその人間は友人だ。

「これでチーム・トリプルKがKKコンビになったな。思ってたより早かったわ。」

「時間が経つのを早く感じてるのはケイジの方で、アキラにはバリ遅かったとかもよ。」

「カツミはどがんね。」

「なんで?」

半世紀ほど前とは違って老人達だけの憩いの場になった繁華街のファミリーレストランの常連客・老人KKコンビは示し合わせた様に2人して通信システムをオフにし、とりあえず目の前の不味そうな食事へ向かう。

カツミは鍋焼きうどんを鍋から直接すすり、ケイジはみそ鍋うどんをトンスイに少しずつ移してすする。カツミの鍋焼きうどんには海老の大きな天ぷらと半熟に煮られた全卵、それに白菜やワカメ、ピンクと白の色が付いた半月切りの蒲鉾、油揚げなどが入っていて、その中で半熟に煮えた全卵だけをおたまでトンスイに移しながらカツミは言う。

「本当に嫌な事には”なんで?”って言わんとよ、俺。」

「知っとるし。」

かたやケイジのみそ鍋うどんの中は、極めて薄くスライスされた豚ばら肉や白菜、細くカットされた人参、シャキシャキとした良い食感のモヤシ、そして油揚げが具になってる。ケイジはトンスイの中の半熟卵の黄身の中へ箸を揃えて突っ込んで、更に箸先を小さく回すことで黄身の煮え具合を確かめながら話を続けた。

「アキラ、どっちにしようか迷ってるから俺らの意見も聞きたいって話だったよな。生きてるのも抜命するのも、どっちもつまらんて言うてから。」

「うん。鍋焼きうどんの中で半熟になった卵は、はじめにトンスイに取り分けておいてから食べ進めるのが正解、ても言いよった。」

 

約20年前。当時の政府は、年齢が90歳を越えた者は本人の意志であれば寿命を迎える前に自ら命を絶つ選択をする事が出来る、といった内容の法律を定めた。この法律は21世紀初頭から一般的になっていた早期優遇「退職」とは違って何の優遇措置は無く、ただ早期「退命(公式には「抜命」と称されている)」を許可するだけの法律。自らの意思で苦しまずに死ねる事が唯一無二の優遇措置、とでも説明すれば良いのか。

実際にこの抜命の権利を有する90歳以上の当事者達自身も、その程度の理解で充分だと思っている。それは、年を取るごとに体力が落ち、それぞれに何かをやり遂げた自負や取り返せない後悔もそれなりに幾つかずつは持っているが、これまで程には夢や希望もそれに伴う危機感やそれとは真逆の空っぽな自分が内包する疎外感などをほとんど持ち合わせている訳ではない年齢であるのがこの当事者達の大半であった。そしてそういう者達は分かりやすく老人であり、分かりやすい解釈を選びやすくもあった。だが、そんな90歳以上の者達の中にも、死の方が自ら迎えに来てはくれない現代にストレスを抱える「分かりやすくない高齢の者達」も少なくないのが政府にとっては見過ごせない現状であった。というのも、高齢ではあるが老いてはいない者達が、自らの子供や孫達の世代の者達と精神的なところで未来を共有する術は簡単ではなかったからだ。

1970年代に生まれた今90歳あたりの世代を仮に親世代と名付け、2000年代生まれを子世代、2030年代生まれを孫世代としてみると、親世代が90歳、子世代が60歳、孫世代が30歳、その更に下にも幾つも異なる年齢の世代が存在するし産まれ続けもする中で、それぞれの世代が「未来」という言葉を目の前に出された時にイメージする「世界」は各世代の中ごとにはある程度の傾向はある。だがしかし、世代を越えても存在しうる傾向はまだ存在しやすくはない時代だ。そんな時代に政府は「世代を越えて、皆んなが共有できる未来を持つこと」を”社会の成熟”と位置付けたのだ。

「なんで?」

「犯罪抑止力を強くするためたい。」

「それから経済活動をより活発化するため、もだ。」

アキラはいつも標準語を使う人間だった。チーム・トリプルKだけで集まって話をする場であっても標準語で、通称・拔命法が国会の審議に上る事となり、「抜名」という言葉がネットから始まってあらゆる全ての情報提供媒体で発信されて世界中で騒動となっていた30年ほど前。チーム・トリプルKの3人は、まだ還暦を迎える辺りの頃で。カツミは、飲食店を自営していて、ケイジは企業のオフィスにデジタルサプライを卸す企業の総務。アキラは、不動産関係の企業の子会社の役員であった頃だ。この3人の世代が、昭和の事業遺産に助けられながらも失望をし続けた「中途半端な大人達」と何十年も呼ばれ続け、そのキャラで見られることに諦めようかとしていた頃。

『川』(1)(戻る)

(続く)『川』(3)


・更新履歴:初稿<2017/03/27>

[或る用の疎]<1>第1章『川』(1)

ビルの三階の窓から見下ろした高さ程は下の辺りに、以前までは川面があったが、それが今ではそっくりコンクリートで埋められている。雨が降ろうが嵐が吹こうが、増水からの河川氾濫が起きない為の人畜無害な安全を保って然るべき補強と、近接住民の生活地との安全な距離を目的としてなされた設計が施工されたことで、小さな谷状になっている所も含めた全てがだ。そしてその元河川で今は平地となった一帯の表面は、舗装材で滑やかなコーティングがしてあって、一部は車道として使われてもいる。

そしてその車道は、新道として開通された頃から今日までにおびただしい数の車両が通り過ぎてきた影響で、その車道の舗装材の表面には数年足らずであちらこちらに欠けて窪んだ箇所が出来る様になってしまった。その窪みへの補修処置としてアスファルトを詰められてはいるのだが、一度欠けて窪んでしまった箇所を元どおりにするのは難しいのか、その後何度も何度も同じ箇所やら別の箇所やらにも穴が空いていって、その度に同じ補修作業が繰り返されるのだが、いっこうに初めの滑らかな平面の車道に戻る事はない。むしろかえって大小様々なでこぼこの数が増殖し続けてその歪さは増してゆくばかりだ。

また、点在する凹凸ほど目立ってはいないまでも、実はタイヤの轍が各車線ごとにしっかり2本ずつ太く横たわっていて、雨の日になると車両が通るのに合わせてシャッと水を切る音と同時に水しぶきが飛び撥ねるさまがありありと轍の在処を示す。やはりもうそこには出来上がったばかりの頃の整地然とした初々しさも、ましてやあの川面なんて見る影も無い。こう手抜き工事ばかりが続いているのを見ていると、車道を走る車の時代ももういよいよ終わりなのが分かりやすくこちらへ伝わってくる。

自動運転の車達が通り過ぎる時に奏でる空気との摩擦音や、点在するでこぼこを軽く乗り越えるタイヤがボコッボコッと鳴る音が、整然と一定のリズムを刻みながら電気も何もなかった頃の音楽のごとく道行く私達をトランス状態へと誘おうとする。自動運転の車両さえも無くなってしまうと、今のこの音の中の光景も懐かしく思い起こしたりするのが人間なのだろ。

かつて川面をなしていた水は、コンクリートで埋め固められた中を通る下水道の誘導に沿って海へと向かう。不測の大雨が降る度に洪水を起こし続けていた雨水の群れが地下に成りを潜めた訳だ。

高橋町と呼ばれるこの地域は、短いが横幅は大きな橋の上に両側で五車線の国道206号線と、両側ニ、三車線ある車道が数本、そして路面電車の対面計四本の線路があった。またそれぞれの両側に人一人歩ける分くらいの間隔の歩道があって、必ずそのいずれかの橋を渡らなければ両岸のどちらの先へも進めない箇所だったので、それらの橋の上をバスや自家用車や電車や徒歩に乗って通過する人達は、誰もが必ずやきっとその日の川べの様子を意識せずとも視野の中に一瞬チラリとは入れながら行き来を繰り返していたはずだ。

「どうしてああいう言い方しか出来無いのかなあ。」

「あれは言い方の問題では無いよ。」

「元々見ているところが違う者同士の摩擦熱は下がらないね。」

などと話す3人が電車に乗っていたとすれば、窓の外に見える川の中の数匹の重そうな鯉の行方なんかを実は気にしていたりなんかしていたのだろう。

覆面パトカーがスピード違反の原付バイクを発見した途端に鳴らし出したサイレンに驚いた漁の最中の白鷺が羽ばたいてタンゴを踊っているのをウォーキング中の年配のカップルが顔を見合わせて笑っている様を目にした小春日和の昼間の記憶も懐かしい。

この辺りの通学路を歩く学生達は普段は特に周りの見ず知らずの他人達とは目を合わせず友人同士で少し気だるそうに国道に架けられた歩道橋を昇り降りするだけだが、たまに増水して暴れるカフェオレ色の波間には小学生から大学生まで例外なく何かしらの気色の視線を落としては、その横顔にわずかな興奮を漂わせていた。

何かが作られナニカが消される。単に、何かを作るために使われるナニカが場所を変えた後に形を変えただけなのに、形作られた物が配置される場所と作るために移動されたナニカがあった場所との距離に関わらず、結局どちらの場所を見る者にも寂寥感が残る。どちらもなにかを失ったのだろう。

「だから、何を気に病んでも寂しさだけだよ。どれを解決しようとしても、結局は消化されずに残って朝の目覚めを悪くさせるだけって。」

「朝なんて来なくていいとにね。」

夜中だと殊更に明るく感じてしまうレストランの照明の下では、メニューリストで見る全ての料理が美味しそうなのに、自分達がオーダーした皿が目の前に運ばれて来て並んでるのを実際に見た時にはどれも不味そうだ。

向かい合って置かれたリクライニングの利かないボテッとした重心の淡い黄色の2人がけソファーに横並びに座って首を後ろに折ってソファーの背の上に後頭部を乗せている2人の男は、溜息を吐きながら目の前の席に腰掛けるはずの待ち人が来るまでの時間を過ごしている。

「食欲カムバック!」

そんな言葉を発しても食欲を湧き立たせるのは叶わない。結局は時間が簡単に解決してしまう細やかな願い事を唱えた声は店内の騒々しさに掻き消されてしまった。

(続き)『川』(2)


・更新履歴:第4稿<2017/07/26>

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・更新履歴:初稿<2017/03/12>