目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<11>

● 逃亡 ●

ススー「もう戻れない。

もう戻れない。もう戻らない。

もう戻らない。もう戻らない。」

 

雨に濡れ、草木の屑にまみれた傷だらけの体でひたすら走る。

花火の打ち上がる音が次々に背中を押して

自分を気持ちまで一緒に先へ先へと押し出してくれていて、

寒さや痛さの辛さが気にならない。

 

でも、その花火の破裂音と自分の足音とで、
追跡者たちの気配が耳に入らないのは不安でしかない。

 

それでも、休むことなく繰り返し続ける短い間隔の呼吸が、
不安の増殖を妨げてくれていて、

 

アノ人は何をしているんだろう。
アノ人の無事を知りたい。
アノ人はどこにいるんだろう。
アノ人に会いたい。
アノ人のそばに早く行きたい。

 

 

朦朧としてくる頭の中で似たような言葉を
何度も呪文の様にして繰り返す。

 

アノ人と話す時に使っていた、
アノ人も自分も暮らしたことはない、
あの祖国の言葉で。

 

ススー(三年前。あなたは私にこう言ってくれたわ。)

ポルン「僕はもうここに留まって居たくはない。僕らは祖国を捨てた男と女の間に産まれた者同士。しかも僕の母親は父とは別の祖国を持っていて、君の父親も君の母親とは別の祖国を持っている。そして、僕の父親と君の母親とは同じ母国を持ちそれを一緒に捨てた漂流者仲間。だから、僕らは半分ずつ同じ国の血を持っている者同士だ。そんな僕らはそれぞれの両親にそれぞれの国の悲しい話を聞かされながら育ってきた。更には、ここの暮らしは幸せで、全てがかけがえの無い事で満ちている、と何度も何度も言うんだ。」

 

風が止んで草木も黙る。

 

ポルン「幸せだ。幸せだ。って。ここには自分たちが欲しかった生活がある。本当にあんな生活を捨てて逃げて来て良かった。って。そして僕らにはもうあんな思いをさせたくはないし、誰にもここの邪魔なんかさせない。って。」

 

目の前の岩場に小さな波の打ち寄せる音が耳の奥をくすぐる。

 

ポルン「だってさ、そんなことを話す親達の顔を見ていたらさ、初めの内はそうなんだってただ思ってたけど。今気づいちゃった。」
ススー「今?」

 

ポルンが右手を真横に伸ばし、人差し指で草むらの中の1点を指しながら、私の視線を顎で草むらの方へ促す。

 

ススー「石」
ポルン「亀」
ススー「親の顔が亀に見えたの?」
ポルン「あの亀さ、ずっと動かないんだ。でね、よく見てみると甲羅が割れててさ。誰かが叩き割ったのか。たまたま重い荷車とかに踏まれたのか。甲羅が寿命になっちゃったのかな。」
ススー「死んでるね。」
ポルン「死んでるよ。」
ススー「それで何に気付いたの?」
ポルン「悲しいかい?」
ススー「悲しいよ。」
ポルン「そうか。」
ススー「悲しいでしょ?」
ポルン「見つけた瞬間には悲しさが来た。」
ススー「ん?でも、って言いそうだね。」

 

ポルンは少し笑っている。

 

ポルン「あんな黒みたいな灰色のノソノソしたヤツがさ。もう割れちゃっているけど、あの硬い甲羅に包まれているのはぶよぶよの体でさ。何か嫌なことが起きたら甲羅の中に逃げ込むんだ。」
ススー「それがまるで館と私達みたい?」
ポルン「それが、俺達はそこまでも立派じゃないよ。」
ススー「何よ。その立派って言い方(笑)」
ポルン「亀だったらさ、自分で歩いたり泳いだりして好きなところへ行けるじゃないか。甲羅を上手く利用して気ままにさ。でも俺達にはそんなことはできないだろ。所詮は砂時計の砂さ。」
ススー「うまいこと言うじゃない(笑)私達の命は時間を計ることくらいには役立っているんだね。」
ポルン「でも、甲羅に入った亀裂を見てたら悲しくなくなった。」

 

私は亀からポルンへと視線を移す。

 

ポルン「あの甲羅の亀裂から、この世の全てを変えていく虹みたいなのが飛び出てきたんだ。そう見えたんだ。それで悲しくなくなった。」
ススー「ポルンの感情が変わったんだね。」
ポルン「俺、館から出るよ。俺らはここで産まれて、ここで今まで育てられて、そして守られてきた。あの亀もきっと同じで、この館の領地と甲羅があって命があったんだ。でも死んじゃってさ。何でなんだかは知らないけどずっと一緒だった甲羅も割れちゃってて。さんざんだよな。俺も、ここで親達が言う事に浸って館の中で幸せってやつに覆われて死んでいった時にどんな姿をしているんだろう。」
ススー「死んじゃってるんだから自分では見れないわよ。」
ポルン「だったら生きている内に、もっと沢山の人に見てもらう。俺のことを。じゃあ俺行くよ。ススーは?行くか?」
ススー「私が一緒だとポルンの足手まといだわ。だから私は今日はポルンを見送る。」
ポルン「そっか。俺は先に行って、山の向こうで待ってる。」
ススー「いってらっしゃい。」

 

ポルンは「行ってきます。」とだけ最後に言って、私には見えない彼方へと走り去って行った。

 

 

あれから三年、今日も夜空には何万発もの大きな花火が上がっている。

 

ただ、三年前のあの日は今日と違って空は晴れていて。

館を出たポルンを見送った私は、その二時間くらい後に

自分の部屋の窓からこの花火を見ていた。

 

今までも数年に一度、不定期で、時間帯もまちまちに

花火が上がる日があった事は親達から聞いていた。

 

でもあの日は、久しぶりの花火に喜ぶ親達も私も何の気もなく、

このふいに訪れる非日常的で華やかな景観を

ただ楽しんで眺めていたものだった。

 

でも今となっては分かる。

 

この花火は、

館の住人に逃亡者の存在を隠すために打ち上げられていたんだ。

 

今夜は、私を隠すために。

 

♠続く♠


< 第10話

第12話 >

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・初回投稿:2018/02/15

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<10>

マヨス「花火がこんな雨の日に打ち上げられているのには理由があるんだ。

楽しいことをして雨の憂さを晴らすために

盛大な花火大会をしてるんでは決してないんだ。」

ハーミ「へぇ。」

マヨス「むしろこの館の平穏さや明るさ、

正しさの様なものとは逆の影の部分を必死に隠すための花火。」

ハーミ「言ってることが難しくて分かんないわ。」

マヨス「そう。

人間は難しいんだ。

ややこしくて自分勝手で残酷で、それでいてロマンティストで・・・。

誰かが誰かの思い通りになんて絶対にならない!

だから人間なんだ!!

そうだろ?!」

ハーミ「余計に分からないわ!」

マヨス「そうか。

じゃあ今から実際に見せてあげるよ。」

そう言うと、館の周りで打ち上がり続ける花火群から離れて森の方へと飛ぶ方向を変える。すると松明を手にした沢山の人達の存在に気付く。

ハーミ「あれは?」

マヨス「海兵達だ。」

ハーミ「どうして海兵さんが山に居るの?」

マヨス「海兵て言ったってアイツらはこの特別管理区域に住む元亡命者達や、

外部からの侵入者を見張るために居るケイサツなんだ。

だから海にしか居ないという訳ではない。

ヤツラの追跡はエグい。

見つかったら必ず捕まって一貫の終わりだ。」

ハーミ「終わり、って・・・
どうなるの?」

マヨス「消されるんだ。

何の違和感も無く消えてしまう。

アイツらがどうしてやって完璧に消すのかは知らないけど。」

ハーミ「ころされるの?」

マヨス「分からない。

館の皆なからすると、朝起きたらフッと居なくなってるんだ。

前からここに居なかったみたいに。

スゲー気持ちが悪い。

だけど、それが自然に行われるのがこの館の処刑だ。」

ハーミ「やだ・・・・」

ハーミは思わずマヨスの腕から手を離して両手で口元を覆う。
そのまま地上に向けて落下するハーミを体ごと両手で受け止めるマヨス。

マヨス「手は絶対に離すなって言っただろ。

もう離すんじゃないぞ!」

お姫様だっこをされた状態のハーミはとても照れ臭いて赤面。

ハーミ「う、うん。

ごめんなさい。

ありがとう。」

マヨスは態勢を切り返してハーミを抱え込む様にして森へと更に進む。

マヨス「おう。

じゃあこの花火の理由を見せてやる。

こっちだ。」

森の中を広く点在する様に動いていた松明の集団がある一点を目がけて集まる様に移動し始めていくのが見える。そしてその松明の灯りの列は山を越えた先の街へと向けて蛇行しながらも連なり進んでいる。

ハーミ「獲物を見つけた蟻の群れみたいだわ。」

マヨス「あの人・・・

もう見つかってしまったのか??」

ハーミ「今警察が追っている人の事を知ってるの?」

マヨス「うん。俺の、いわゆるご先祖様だ。」

♠続く♠


< 第9話

第11話 >

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・初回投稿:2018/02/15

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<9>

● 雨の夜 ●

一日中雨が降り続けた3日目。

 

雨の日には館の外の仕事は行われない。
館の外はただ雨が海と大地を打つ音だけが鳴っている。

 

ただその分、館の中は朝から晩まで居住者達がゲームや音楽、
子供達が持て余した元気を発散するのに走り回る喧噪で満ちている。

 

様々な国から流れ着いてきた者達が集まって暮らしているここでは、
こういう日には知らない国の者同士が仲良くなるのにちょうど良い。

お互いの国での暮らしの事、伝統や風習、民謡や流行り歌、日常の遊びを教え合って、
皆でたいそう楽しそうにしている。

 

祖国から命からがら逃げてきて、
幸運に恵まれて助かった上に何不自由無く暮らすこの者達の中に争いや犯罪は生まれない。

 

野生を失った動物の様なものなのか。

これが幸福という状態なのか。

平和というものなのか。

 

マヨス「違う!生命はそんなに単純ではない!!」

 

ハーミ「!」

 

マヨス「もうすぐ大きな花火が何万発と上がる。気を付けて!」

 

ハーミ「!」

 

ハーミは何が何だか分からないまま、マヨスの腕にしがみついていた。

 

 

マヨス「そうだな。それが正解だ。
慣れるまでそうやって俺にずっとしがみついてろ!」

ハーミ「う、うん。うん。」

 

 

ハーミは、ガクガク震える小さな声で応えて何度もうなずく。

 

 

マヨス「ほら来たぞ!
チッ。よりによって俺たちの足元からだ!
仕方ない。
逃げるぞ!離れるな!!」

 

 

降りしきる雨の音の隙間を、
宙に浮いた私達に向けて細い音をシューと鳴らした火の玉がすごい速さで近づいて来る。

 

 

それをギリギリで避けると今度は上から轟音の後に無数の火の粉が降りかかって来る。

 

次々と打ち上がる花火の玉をかわしながら雨粒と降りしきる花びらの混じった空を
ピーターパンとウェンディ―みたいに駆ける2人。

 

マヨス「油断するなよ!
まだまだこんなもんじゃないぞ。」

ハーミ「こわい!」

 

雨に濡れているからか、花火の火花の熱は熱くはないが、花火の破裂する音と、それに伴う爆風が止めどなく攻めて来るのが恐怖だ。

 

ハーミ「私達どうしてこんなところにいるの?」

マヨス「君に話したいことがあるって言ったろ。」

 

ハーミ「ええ。
でもこうしてこんな怖いとこを飛んでるのと、
その話がどう関係あるの?」

マヨス「ちゃんと知ってもらうのには、
百聞は一見にしかず、だろ?」

ハーミ「それはそうだけど。
ここって今じゃなくて昔なんだよね・・・!?」

マヨス「そうだよ。
タイムトリップは初めてかい?」

ハーミ「当り前じゃない!
タイムトリップをそんな普通のことみたいに言ってふざけないで!」

マヨス「笑」

ハーミ「どうして笑っているの?」

マヨス「ハーミって意外に強いとこあるなあ。
そんな正論を言うなんて。
ミルユュとは大違いだ(笑)」

ハーミ「どうしてここでミルユュがここで出てくるのよ?」

マヨス「えー・・・説明するのがめんどくさいよ。」

ハーミ「マヨスがミルユュのことを言い出すからでしょ!
ちゃんと説明して!」

マヨス「ちょ、ちょっと待ってくれよ!
こんな危ない状況でちゃんと説明なんてできないって!」

ハーミ「ダメ!
そんなの言い訳!
許せないわ。
分かるように説明して!」

 

 

マヨス「もう・・・。
分かったよ。
昨日、俺がタイムトリップしようとしていた時に、
あの子がたまたま通りかかったんだよ。
しかもすごく酔っぱらってて。
だから、そのまま放っておくのもいけないと思って連れてったんだ。」

ハーミ「それで?」

マヨス「それで、
この花火にビックリしてすぐに気絶しちゃった・・・。」

ハーミ「それで?」

マヨス「すぐに現代に戻って部屋までは連れて行ったさ。
で、まあ、またふらふら彷徨わない様にトイレに詰め込んどいた(笑)
そこから先は君がご存知の通りさ!」

ハーミ「それでトイレ(笑)」

マヨス「納得してくれたかい?」

ハーミ「ええ。
あ!
その時マヨスはミルユュに顔を見られてないの?」

マヨス「そうだね。
あの子はずっとグダッとしてたから目が合うこともなかったよ。
僕だったことは気づいてないよ。」

ハーミ「そうね。確かに気づいてないわよ!
とっても紳士な男性くらいに思ってるわよ(笑)」

マヨス「なんだそれ(笑)」

ハーミ「じゃあ本題に戻りましょうよ。
私に見せたいのはこの花火だったの?」

 

 

スッと平静な表情へと変わるマヨス。

 

 

マヨス「違うよ。
この花火が打ち上がる理由のとこを知って欲しいんだ。」

ハーミ「理由・・・」

♠続く♠


< 第8話

第10話 >

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・初回投稿:2018/02/15

『C&B HOOK-TALE』<4>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第4話

当時、私の部屋の押入れは、長いことコッタと私の遊び場だった。

 

長いとは言ってもコッタが実家の我が家に来たのが私が15歳の時だから、

私が実家を出るまでの5年間だけだけど。

 

その頃の私は、中高一貫の学校に通っていたお陰で

中学から高校へ難なく上がっては行けたものの、

高校受験を経て入学してきた新しい同級生達も加わったからか

同じ場所なのに見え方からガラリと違ってしまった学園生活に対するアプローチが難しく、

女子校生生活を楽しむ為の学校がらみの付き合いに面倒を感じていた。

 

 

だからといって別に同級生達と仲が悪い訳でも

学校へ行くのが嫌な訳でもなく、

単に授業が終わり次第すぐに帰宅をしていて、

休日もほとんどコッタや人間の家族達と過ごして暮らした。

専門学校や大学へ行く将来計画はなかったが、

周りから見下されない程度には勉強もした。

 

 

ただ、1人だけ露骨にそんな私の学業の成績を見下している者がいた。

しかも人間の家族達の中に。それは兄だ。

でも私は当時から兄を人間として尊敬しているし愛している。

彼の生活を見ていると、わたしが物心ついた頃から今でも

重さを感知する機能が欠落したデジタルスケール(はかり)の如く努力をし続けているし、

優しい。

 

気の利いた言葉をスパイス的に周囲へ万遍なく振りまくタイプではないし、

自室では瞬きもそこそこに両目を一点に寄せて机に向かっていたが、

食事の時には美味しいの絵文字にそっくりな顔で平らげ、

リビングにて彼に顔を向けるといつも柴犬の様な顔をしておられた。

ワンと応える代わりに何を話しかけても「ん〜⁈」で応える。

 

 

そんな兄の影響か効能が由来しているのか、

私は自分で自分の女子高生生活には不安や苛立ちも抱えずに、

言わば冷静に己の思春期の怠みの要因を考え、今だに記憶もしている。

 

 

もしかすると、年齢の経過にただ合わせて女子校生になっただけの私は、

更なる進学もしくは就職の際(きわ)を意識させる先生達の言動や、

黒板や机の上に匂い立つ様にはありありと、姿としては朧げに佇む

無神経な大人の作り笑顔に恐れ慄き仰け反って、

放課後に校舎の影を濃くするばかりの翳りゆく夕日から

少しでも早く目を背けられる場所に潜みたかったのかもしれない、と。



第3話

第5話


・初稿投稿日:2018/02/10

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<8>

港と対象の位置にある湾の入り口には、
大ぶりと小ぶりの船舶が何隻も停泊していて、
幾人もの人間が昼夜に関わらずうごめいている。

なので、この湾の存在は湾の入り口にいる者達と
館の集落の者達以外には気づかれ様のない状態になっている。

 

 

館のてっぺんに備え付けられた大きな鐘が時を知らせると、
海から山から畑から次々に人が出てきては館へと向かう。

 

湾内の海と山の中、
そして館の周辺では何十人もの人達が魚や山菜を取ったり狩りをしたりしている。

ただ、どこにでもありそうな漁村、山村と似ていそうで違うのは、
その人達が皆違う人種で、話している言葉も多様に違う事。
服装こそは誰もが同じような物を着てはいるのだが、
じゃれ合って遊んでいる子供達も顔つきや肌の色がそれぞれだ。

 

また日が沈んでくると、夕飯を取る人々の様子が館の中と庭のあちこちで見受けられる。
殆どの集団が同じ人種で出来ていて、並べられた料理もそれぞれで異なっている。

だが集団ごとで仲が悪い訳ではなさそうで、
各々が作った料理を交換したり、
招待し合って団欒を共にしたりしている人達もいる。

 

 

館主「そろそろこの館の説明をしなければならない時かと思い、
今夜は皆さんと夕食を共にさせていただくことにしました。」

 

館の中の大広間では、
先日着港した亡命者達と館主と通訳とでの会食が開かれている。

 

亡命者「私達はここよりも確か西南の陸地の向こう側の国で暮らしていました。
その国は権力者たちの同士の裏切りや争い、
そして我々国民の貧困が酷い散々な状態が何十年と続いていて、
これから先も果てしない絶望の晴れることが無いと諦めて、
私達は命がけで船を出して国を捨ててきました。」

 

通訳づてに、亡命者達が自分達の話をする。

 

亡命者「ご存知の通り、その船が貧相なものでしたので、
食糧などはほんのわずかだけを積み、
乗船できるギリギリ一杯の人数を乗せて出発したのが一か月くらい前でした。」

館主「それはそれは・・・大変でしたね。」

 

苦渋の表情を浮かべて館主がつぶやく。

 

亡命者「ええ・・・同情をいただきありがとうございます。
命がけの決心で海へと乗り出したはいいものの、
元来の貧しさからの体力不足であった我々に対して
強く照り付ける太陽や嵐の雨風、激しくうねる大波で、
会話を交わす力までもすぐに尽きていました。
そしてただただ流れに任せて漂流するしかありませんでした。」

館主「そこで我が国の巡回偵察船と出くわしたのですね。」

 

亡命者達が一斉に揃って大きくうなずく。

 

館主「ここの周りの海域には皆さん方の様な他国の民達が頻繁に漂流してきます。
その理由はいくつかあるのですが。
まずはこの辺りの海域の潮の流れがこの湾の入り口の海域に向けて流れていること。
そして周辺の国々の多くでは、平和とは程遠い混乱が根強くはびこってしまっていること。
それであなた方の様に漂流者となってここに辿り着く外国の方々が少なからずいらっしゃるのですが、
運の味方がついていない数多くの船はこの辺りに辿り着く前に難破して死を迎えてしまうことになる・・・。」

亡命者「私達も死んでしまって海の藻屑となることは充分にありえた。」

館主「我々としてもより多くの漂流船を助けたく、
いつでも幾隻の船を沖へ出していますが、
その我々の船団で見つけられる漂流船が多いわけではありません。
とても残念なことなのですが。」

亡命者「私達は本当に運が良かった。」

館主「ところでこの館で過ごされた時間はいかがでしたか?」

亡命者「お陰様で、とても暮らしやすくさせてもらっています。
もうあんな酷い国へは戻りたくありません。」

館主「ええ、ええ。そうでしょう。」

亡命者「あの・・・私達にも他の人達と同じ様に仕事を与えてはくれませんか?」

館主「それは構いません。
いや、むしろそのお気持ちはありがたい限りです。」

亡命者「ありがとうございます!
私達に出来ることは何でもします。
祖国にいた時を思えば、あの海上での時間を思えば、
何だってさせてもらいたい。
それが例えどんなに不慣れであったり卑しい仕事であっても、
もう何なりとおっしゃって下さい!
こんな私達ですから・・・・・・もう全く何も・・・・・・・」

 

最後の方は感情が高ぶり過ぎて
涙と嗚咽で声も切れ切れになりながら
亡命者達は館主へ懇願するのだった。

 

館主「大丈夫ですよ。
まず安心して落ち着かれて下さい。
ほら、せっかくの温かい食事が冷めてしまってもいけない!
さあお腹がはち切れるまで食べましょう(笑)」

 

館専属の料理人が丹精を込めて作る
いかにも美味しそうな料理の数々が
大きなテーブルの上を飾る。
それらの料理はこの国の伝統的な手法を基本としながら、
所々に他国文化を組み込んだ味付けになっている。
その一つ一つを館主が説明しつつ、
この国の事、
そしてこの館での暮らし方なんかを亡命者達へ話していく。

 

この館の館主が治めるこの一帯の農地・山々・海は特殊管理区域。

 

館主と館に仕える者達は、今で言うところの地方公務員である。
そして湾の入り口に停泊している幾艘もの船とその乗組員達は云わば海軍で、
それら以外の者達はというと、全てが住んでいた祖国を離れ運良く流れ着いてきた亡命者達である。

 

なので様々な人種の人達がこの館には一緒に生活している。
更にその亡命者達のする仕事で、ほぼ自給自足の生活が成り立っており、
この特殊管理区域で作った物や採れた物と外界の物との交換も海軍の管理の下で行われている。

そのことでこの特殊管理区域の安定と豊かさは保たれている。

 

ではこの特殊管理区域に国からの予算が割かれていないという訳ではない。

特殊区域用の予算のほとんどは、
この特殊管理区域に対する外界からの視線を避けさせる為の情報防衛に使われている。

それと同時に、亡命者達の好奇心と亡命者達の存在自体を外界に出さないためにも・・・・。

 

館主「人の欲望などというものは尽き枯れたりはしないのだな・・・。」

老人「自国を憂い、見限った末に命を賭してまで嫌って抜け出し、
ようやくの思いで辿り着けたこの館の平穏の中に居ても
まだ諦められない何かを大事に隠し持っている。」

館主「またそのことに当の本人は気づかずにな・・・。
もし気づいてしまった時には・・・、
衝動が当人の全てを支配してしまっている。」

老人「その人という生き物が持つ衝動が、
自らの意志で命からがらになるのを分かっていても
捨てるしかなかった祖国の惨状を作った様なものなのですがね・・・・。」

館主「そろそろ今年ぐらいには、
またあの大きな花火を打ち上げなければならない日が来てしまうのだろうか・・・・・」

♠続く♠


< 第7話

第9話 >03/20UP!!

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・初回投稿:2018/02/09

[或る用の疎]<14>第2章『由』(了)

神がいてもいなくても、僕らはいつだって時代が作る仮想現実の中の蟻んこだ。
右往左往しながら群れをなし、柔らかい場所を見つけては穴を開けて巣を作ってそこへ目につく物を片っ端から持ち運び入れて積み上げる。そしてそこで子孫増殖を図っては数を増やし、そういった事をし続ける。

神がいてもいなくても、生きる事はなんて単純で社会生活は簡単過ぎるんだ。
それってスイーツ作りにとても似ているらしい。レシピ通りにシッカリ調合して加工すれば必ず官能的な甘味が出来上がる。

だがその作業と甘味の販売が生業になるのかは不確定だから、単純や簡単について勘違いをしてはいけない。なぜなら、勘違いは失望や忘却を生むから勘違いは本当に無為だ。自分だけで官能的な成果に酔いしれたら良いのに。

風の強い海辺に立てば、中空で羽ばたき続けるも止まったままのカモメと見つめあう数秒もある。
そのカモメの遥か上にどこかへ向けて突き進んでいく有機物生成型AIドローンを目で追う数秒もある。
そんな私はその数秒間を使って立ち尽くしていた訳だ。
これからカモメはどこかへ飛び去っていくし、ドローンはそのまま目的に着地して数日で土に還っていく。そして私はYBA(Your Blood Association)に来るたびに子孫増殖の始まりに関わる記憶を積み上げている。

未知予はタスケの『ー1』の詩を読みながらそう考えつつ、流れゆく生殖細胞の経過を観察している。

「これがまた私みたいになるのね。」

でも

「たぶんケーキにはならないわね。」第2章『由』完。

 

<13>『由』(6)(戻る)

(続く)<15>『辷』(1)


・更新履歴:初稿<2018/01/28>

 

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<7>

● むかしむかし ●

これはとても昔の話。

ビルも地下鉄も車も飛行機もインターネットもまだ無い時代。
当時にしても、人々の間には争いや憎しみ、悲しみ、苛立ちが沢山あって、
現代と同じように皆が平和に暮らすことが出来ている日々ではなかった。

だがそれでも今と同じように人は皆、平穏に暮らせる時間を沢山にしたくて、
それぞれに異なる苦悩を抱えながらも懸命に支え合う生活を送っていた。

真夜中。

館の有する浜辺から、館へと続く半里ほどの道の両脇には、
道に沿ってずらりと灯火台が二列で連なっている。
浜辺の方から館に向かって順番に、その灯火台に順番に、
火が点されて道筋がはっきりと分かるようになったかと思うと
どこからともなく現れてくる使用人達の声で
ざわめきの泡が方々から湧き立つのだった。

「船が着くぞー。」

体躯と毛並みの立派な馬にまたがった強者風の屈強な一人の男が、
館の方から浜辺へと灯火台の松明の道を手綱を握り駆け抜けながら叫ぶ。

そしてその屈強な男を乗せた馬を追いかけるようにして、
使用人達のざわめきの波が浜辺へと流れ徐々に大きな一団を為す。

浜辺の一部は港になっていて、よろよろと今にも沈みそうに
上下左右によろめきながらながらも複数の小舟に抱えられるようにした
一艘の船が着港したようだ。

そこに集まった使用人達は、手慣れた段取りで整然と港の岸壁に
一際巨大な松明を並べると同時に火を点す。
その瞬間、巨大な松明のスポットライトに当てられた現実がその姿を現す。

「これは。いつになく酷い船ではないか。」

小舟たちに曳かれて港へ辿り着いたのは、いわゆる難破船。

強者風の屈強な男が周りの使用人達よりも
三段も四段も高い馬上からカポックカポックと
ゆっくり馬を動かしては慎重に難破船を眺めまわして言葉を続ける。

「見かけは大層なボロだが中身は有りそうだ。
夜明けがもう近い。すぐに船内を調べよ。」

そしてものの数分で船荷と雑多な物と数人の乗船者が陸へ揚げられた。

「スバツァ様。これで船内には何も残っておりません。」

強者風の屈強な男はスバツァと呼ばれている。

「うむ。では、その者らを丁重に館へご案内しろ。
そしてその者らのこの船を我々で処分して構わないかをお伺いしておくのだ。」

「ハッ!いつもの通りに!畏まりました。」

「見よ。もう水平線の彼方が明るみ始めておる。急ぐのだ!」

「ハッ。」

周りの全ての使用人がスバツァの指示に息だけを吐いた程度の声で応えるやいなや、
船荷と乗船者達が館へ向けて速やかに動き出す。
乗船者達は厳めしさはないが厳重に猿ぐつわを施されている。
使用人達の俊敏で無駄のなさや、大声を出さない様に出されない様に気配られた
一連の整然さから察するには、彼等は余ほど目立ちたく無いのであろう。

水平線から朝日が顔を覗かせ、港が美しい白光で照らされる頃。

もう浜辺一帯は綺麗に片づけられて前日までと何も変わり無く、
陽が朴訥とその姿を天上に晒していくばかりであった。

それからものの数分で船内の物と複数の人間らが陸へ揚げられた。

「スバツァ様。船内にはこれで何も残っておりません。」

スバツァ「うむ。では、その者達を館へご招待しろ。そしてその者達の船を我々の手で処分して良いかを聞いておけ。」

「ハッ!いつもの通りですね。かしこまりました。」

スバツァ「見よ。彼方の水平線が明るくなってきておる。
急ぐのだ。決して慌ててぬかるではないぞ。いつもの様に!」

「ハッ!」

途端にその場から使用人達は消え去り、
船内の物と人間達が館へ向けて音もなく動き出す。
船内に居た人間達は、厳めしくはないが綿密に猿ぐつわを施されている。

水平線から朝日が顔を出し、港が美しく照らされる頃。
もう浜辺一帯は跡形もなく綺麗に片づけられ、
前日の夕方までと何ら変わり無く、
ただ陽が朴訥と上がっていくばかりであった。

館では、乗船者達がその過酷な船旅の疲労とストレスと
緊張感が解けるまでの幾日間にも渡って、
至れり尽くせりの歓待を受けている。

はじめこそは年齢や性別の見当もつかないと言っていい程に
くたくたでボロボロであった乗船者達であったが、
今は館から与えられた部屋着を身に着けて小奇麗になっている。
また、仲間内だけではなく、自分達の世話をしてくれている館の者達へも
笑顔を見せる様に変わった。

スバツァ「やはりあの者達も亡命者でありました。」

館主「そうか。それで船はどうすると?」

スバツァ「もう処分いたしました。忌まわしい祖国へ戻る手段など何一つ要らない、と申しておりました。」

館主「うむ。」

スバツァ「もう通訳代わりの彼らの近隣の国の者の下で仕事も始めております。」

館主「そして。不穏な行動は見受けられんか?」

スバツァ「はい。今のところは。」

館主「それは何よりだ。いずれはここを出る許しを得て町でも暮らせる様になってくれると良いのだが。」

立ち並んだ山々に囲まれた盆地にこの館の集落はあり、
その山々の遠く向こう側にある町並みからは到底見えないし
人々の往来も見られない。
亡命者達が着岸した港は、集落を囲み隠す山々が
海へとせり出した半島で挟むように覆われてた
馬蹄形の湾の一番奥に位置している。


< 第6話

第8話 >02/20UP!!

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・初回投稿:2018/01/26

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<6>

● 地下へ伸びる階段 ●

〈招待客達はリビングで朝食を頂いた後、
それぞれのタイミングで各々の部屋へと戻り、
ビーチへと向かう準備にかかる。
ハーミとミルユュもその流れの中で部屋へと戻る。〉

ミルユュ
館の中を少しお散歩してから私達は戻らない?

ハーミ
いいけど。ビーチへ行く準備が遅れないようにしてよ。

ミルユュ
まあ!ママみたいなこと言っちゃって。私は大丈夫よ!


【今回の登場人物】
・ハーミ:20歳。女子大生です。
・ミルユュ:20歳。私の親友。女子大生。建築の勉強をしている女子大生よ。
・マヨス:20歳。ツンデレ系の美少年。ずれた言動で、周りから浮いた存在。


〈そしてハーミとミルユュは真っすぐには部屋へ戻らずに、
まだ見たことのない館の中を巡る。
流石に古くて威厳を醸す絵画や調度品が随所に置かれている。
ハーミはそれらの一つ一つをじっくり観ていきたかったが、
ミルユュがキョロキョロと何かを探すようにしてドンドン
進んでいくものだから、ハーミは渋々と
ミルユュの背中に付いて行くばかりだ。〉

ハーミ
もうそろそろ私達の部屋へ戻りましょう?
もうだいぶん歩いたけど、この館廻り尽くす気なの?

ミルユュ
もう少し、もう少しだけ歩こう?

〈少しとは言うミルユュだが、
これまでにもうだいぶん歩き回っているからか、
表情と語気にいつもの元気は乏しい。
そしてミルユュに半ば強引に手を引かれて
廊下の途中の角を左に曲がった時。〉

ミルユュ
・・・・ココ!

〈そう言ってミルユュが指さした先には
重鈍な金属で出来た柵の扉。〉

ハーミ
えっ!?何々?

〈柵の向こう側を覗き込むと、
日光も灯りも届いていない暗闇の中には
階下へと伸びている階段。〉

ミルユュ
ここは1階だから・・・・この下は地下よね?

ハーミ
ええ。きっとそうよ。

ガタガタ、ガシャンがシャン

〈扉を縦に横に前に後ろに動かすミルユュ。〉

ミルユュ
開かなーーーっい!
嫌だーーーー入りたーーーい!!

ハーミ
よしましょう・・・。
もう本当にお散歩は疲れちゃったし。
きっと鍵がかかっているわよその柵には。

ミルユュ
でも

ハーミ
でもじゃない!
ビーチにも遅れそうだし、
もう流石に部屋に戻るわよ!

〈今度は私がミルユュの手を引っ張る。
いやいやしながらハーミに手を引かれるのを拒むミルユュ。〉

ハーミ
そんなに入りたいのなら、
後ででも管理人さんにお願いしたらいいのよ。

ミルユュ
そうね!さすがハーミ!そうするわ。
じゃあ早く着替えてビーチへ戻りましょう(笑)

● 昼、浜辺にて ●

〈ビーチで思い思いに初夏の海を楽しんでいる招待客達。〉

マヨス
やあ!

〈昨夜のBBQを色んな意味で盛り上げてくれていた少年・マヨスが現れた。〉

マヨス
夜はよく眠れたかい?

ミルユュ
そんなことはどうでもいいのよ!管理人さんはどこ?

マヨス
え?どうして?

〈ミルユュの勢いに気おされた表情のマヨス。〉

ミルユュ
あなたには関係ないわ。

マヨス
他人に質問しといてその言い方はないだろう。

ミルユュ
管理人さんにお願いしたいことがあるの!
でもビーチではずっと見かけなくて。

マヨス
そうだねえ。
確かにまだ彼はここへは来てないみたいだ。

ミルユュ
管理人さん来ないのかなあ・・・
でもそれじゃあ困るの!今どこにいるの!?
あなた達ってすごく仲良しみたいだから
知ってるでしょ、きっと。
ねえねえ!だから教えて!!

〈マヨスの左腕を掴み、噛み付かんばかりに詰め寄るミルユュ。〉

ハーミ
ちょっとミルユュ。そんな一気にまくしたてても、
彼困ってるみたいよ。ねえ?

マヨス
そんなんじゃないけど!なんなんだこいつ。

〈ミルユュの手を振りほどくマヨス。〉

ハーミ
くすっ

マヨス
なんだよ!

ハーミ
あなたでも戸惑うことがあるのね。

マヨス
ほんとお前らうるさい!
管理人さんは探してくるから大人しく
ここで遊んで待ってな、オジョーチャン方!

〈館へ向かうマヨス。〉

ハーミ
私はハーミよ。そしてこの子がミルユュ。あなた名前は?

マヨス
あぁ。俺はマヨスだよ!じゃあまた後でな。

ミルユュ
マヨス・・・

ハーミ
また後でね。

ミルユュ
ちゃんと探してきてねー、マヨス!

〈波打ち際に寄せては返すさざ波と追いかけっこをしたり、
ビーチサッカーをしている人達に声援を送ったり、
貝殻探しを楽しんだハーミとミルユュは
大きなビーチパラソルの下で一息つく。〉

ハーミ
マヨス、帰ってくるの遅いわね。

ミルユュ
ホントだわ!調子良いばっかりでガッカリ!

ハーミ
何言ってんの。
あなたが諦めちゃマヨスが可哀そうよ。
あの子は絶対に悪い子ではないんだから、
信じてあげましょ。

ミルユュ
そうね。でも私もう眠くて。

ハーミ
じゃあいい時間になったら私が起こしてあげるから
お昼寝をしていたらいいわ。
起きた時には良い知らせが舞込んでいるわよ。

ミルユュ
ん~

〈もうミルユュは寝ぼけ始めている。〉

ハーミ
お休み、ミルユュ。

ミルユュ
おやすみぃ・・・・・・・・・・・・・・・・。
またあのひとにあいにちかしつへいきたい・・・・・・・

ハーミ
?!今・・・・?!あの人・・・地下室・・・

〈ミルユュの寝顔を見ながら私はつぶやく。〉

ハーミ
「また・・あの人・・に・・会いに・・
地下室へ・・行き・・たい」?
あの地下室には誰かがいるの!?
一体どういう事かしら?
ミルユュは私に何かを隠している。
何?何のこと?

〈ミルユュを今すぐ叩き起こして
真相を確かめたい気持ちだが、
寝付いてすぐに起こすのは申し訳ないからそうはしないが、
昨夜ミルユュがベットを離れてトイレに籠っていたことと、
ハーミが見たあの光とが関係していそうで・・・
戸惑いもハーミにはあった。〉

マヨス
なんだよ。寝ちゃってんのかよ。

ハーミ
マヨス!そ、そうなのよ。

〈戻ってきたマヨスに、ミルユュが発した寝言について
話をしたくって堪らないハーミ。〉

ハーミ
(そうだ!地下室の鍵のこと!)

マヨス
鍵なら彼は持っていないよ

ハーミ
え?

マヨス
誰も持っていないんだよ。僕以外には。地下室の鍵わね

ハーミ
え?ええ??

マヨス
君には。ハーミには全てを話さないとな。

ハーミ
私に?全て、って何のこと?

〈マヨスが、これまでの印象とは違って、
大人びている上に切実な表情でハーミを見ている。〉

マヨス
この館のことと僕のことを君には話すよ。

ハーミ
え・・ええ・・。
でも急にそんな私と関係のない事を話されても、
私どうしたらいいいのか。

マヨス
確かに。
ついさっきまでは君には関係のない話だったけど。
君に助けて欲しいんだ!
僕と・・・、僕とこの館の過去を。

ハーミ
??

マヨス
君なら必ず助けてくれる。
ホントにいきなり勝手な考えですまないと思っている。
でもどうか、まずは僕がこれまでひた隠しにしてきた
この話を聞いてやくれないかい?お願いだ!この通り!

〈教会で神に祈るかのようにして、
溢れんばかりの感情でうるんだ瞳で
ハーミを強く見つめるマヨス。〉

ハーミ
分かった。
とりあえず話だけは聞くわ。
でも、その先に私があなたの助けになれるかどうかは
今は何とも言えない。

マヨス
ありがとう。

〈ミルユュが寝入ってしまっているのを確認するかの様に、
ミルユュへ一度視線を送ってから、マヨスはその話を始めた。〉

♠続く♠


< 第5話

第7話 >

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・初回投稿:2018/01/19

目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<5>

● 客室に戻り ●

ハーミとミルユュは自室に戻る。
「眠さの限界じゃないけど
明日の海遊びも楽しみだし、
今夜の賑わいもこのまま
心地良い酔いの中に留めておきたいから。」
とミルユュが言うのに私は従い、
さっと交互にシャワーを済ませてベットに入った。
ハーミの失恋ネタで始まった恋の話に、
今はミルユュが一人で勝手に
盛り上がってしまっているので、
このままはしゃいだミルユュが
疲れ果てる時まで付き合いたくはない気分の
ハーミにはそれも都合が良かった。


【今回の登場人物】
・ハーミ:20歳。女子大生です。
・ミルユュ:20歳。私の親友。女子大生。建築の勉強をしている女子大生よ。
・シシーメ:24歳。ハーミの友人、、、です。


● 真夜中の館 ●

〈慣れない寝具と晴れない気分とで
寝つきが悪い夜。
ハーミは真夜中の館が怖くもあったが
ノドの渇きも相まってじっとしておられず、
リビングへ向かおうと起き上がるのに
首をもたげて力んだ時、
急に眩暈に似た感覚に襲われた。
仰向けに見上げた天井が歪んで見える。〉

ハーミ
(せっかくのバカンスで来ているのに
体調まで崩してしまうなんて・・・
つくづくだわ・・・。)

〈ハーミがそう思っていると、
今度は天井だけでなく
部屋全体が歪んできて、
洗濯機の渦に飲み込まれていく様な
感覚に包まれる。
さすがに恐怖を覚えたハーミは、
ミルユュにすがろうと横のベットに目を向けた。〉

ハーミ
ミルユュがいない!?

〈不安と心細さと恐れ追い立てられたハーミは、
寝巻のまま裸足で部屋を飛び出し
リビングへ向けて走る。〉

ハーミ
リビングへ行けばまだ誰か起きているかも。
誰かいたら一緒にミルユュを探してもらおう!

〈まだ視界は天井から壁から床までが
ぐにゃぐにゃとしている。〉

ハーミ
ミルユュどこにいるの?
この館・・・やっぱり変よ!!!

〈とにかく急いでリビングへと急ぐハーミ。
1階まで伸びる階段を下りた正面にある窓から、
明らかに月よりも明るい光が
ハーミのいる方へ向けて
差し込んできているのに気づく。
誰かがその窓の向こうにいるんじゃないか
と思い、私は窓に張り付くようにして
光が差してくる外の方を見たが
そこには誰かがいる訳では無かった。
そして、その光を発する月が
目の前の空にあるわけでもなかった。〉

ハーミ
月が照らしている光じゃないんだ・・・。
一体どこからこの光は来ているの?!

〈その光源が月でも誰かが乗っている
車のライトでも無い事しか分からなかった。
そしてなんの謎も疑問も解けず、
ミルユュもまだ見つかってはいないのだが、
その光に包まれていると気分が落ち着いてくるのだった。〉

ハーミ
なんて優しい光なんでしょう。
お日様みたいに温かい光ではないけど、
とても安らぐわ。

〈スポットライトの様な眩しい光ではなく
淡くておぼろげだが美しく眩い
光のシャワーに包まれた私の両目から
一筋ずつの涙がこぼれ落ちた。〉

ハーミ
(きっとミルユュも私も大丈夫だわ。)

〈魔法にかかったみたいなそんな強い気持ちに
私の感情は落ち着き、さっきまでのざわめいた
嫌な心持ちの何もかもが頬からあごをつたった涙と一緒に
館の廊下に吸い込まれていく。〉

〈それからハーミは走るではなくトコトコとリビングへと進んだ。
リビングには誰もおらず、
テーブルから静かに姿勢よくスッと伸びたデカンタの中の液体を
傍らに置かれたコップの一つに注いで一息に飲み干した。〉

ハーミ
美味しい水だわ。

〈それからハーミはそそくさと
寝室へ踵を返すのだった。〉

〈まだ部屋にはミルユュはいない。
さっき包まれた光のぬくもりの心地が
残ったままの私は、薄く目を閉じたまま
右に左に一度ずつベットで寝返りを打ってから
ハーミは仰向けになった。〉

● 明け方の客室 ●

バタン!

ハーミ
ん?!何の音?

〈寝室のどこかから音がする。〉

ゴン!

ハーミ
え?!あっちはトイレだわ!

〈ハーミは跳ねる様に起き上がりトイレへ向かって駆ける。〉

ギ、ギィィィ・・・

〈ハーミがトイレのドアのノブに手を掛けようとすると
一人でにドアが開き、ミルユュが出てきた。〉

ハーミ
エーーーーーーーーーっ?トイレにいたの?!

〈虚ろで眠そうな顔で私を見るミルユュの方は
全くその表情を変えない。〉

ハーミ
ミルユュはずっとトイレに居たの?
私、あなたがベットにいなかったから
心配で探したのよ。でも良かった!
やっぱり気のせいじゃなかった、大丈夫だったわ!

〈街中で会いたいと考えていた友人に
偶然会えちゃった時の様にはしゃいで話しかけるハーミ。
だがミルユュはそのまま無言のままで
トボトボと歩いてベッドに横たわると寝入ってしまった。〉

ハーミ
もう(笑)

〈本当に安心していたハーミも
そそくさとベットに戻り熟睡した。〉
〈いつの頃からか、
天井も壁も床ももう歪んではいなかった。〉

● ―回想― ●

〈ハーミとミルユュとシシーメは3人でのデートを楽しんだりしたこともあって、
何度か一緒の時間を過ごしたことはあった。
でもミルユュは私の友人だし、
シシーメだってミルユュが私の親友であることは分かっている。
シシーメと私で計画して、
彼氏のいないミルユュにシシーメの知り合いの男の子を
それとなく紹介したことも3度あった。
その間にシシーメはミルユュを好きになった・・・・〉

ハーミ
(いつから?なんてこと?信じられない!
シシーメが突如切り出したミルユュへの想いも、
私がシシーメから受け取ってきた笑顔は?!
シシーメに私が向けてきた私の中の私の想いは・・・)

〈シシーメからの告白を受けてから、
ハーミは一言も言葉を発することができないまま
すぐに店を出てそのまま帰路へついた。
その道すがら電車の中や歩いている間に、
嗚咽がこぼれるのを、感情の叫びが口から飛び出すのを、
ハーミはただひたすら必死に堪えるばかりで、
家に入るなり、シャワーヘッドが規則正しく
弾き出す温かいものを顔に当てて〉

ハーミ
このまま朝が来ればいいのに。

〈力なく座り込んでいる私だった。〉

ハーミ
きっかけなんて、私たち人には図りようもなく、
待ち受けようもないもの。
ある時に一瞬でソレは来る。
さっきの無慈悲なC夫の告白の様に、
私がシシーメを好きになった様に、
シシーメに出会ったあの日からの出来事が・・・)

〈シャワーの蛇口をOFFにして
体をタオルで拭き上げ、
最近伸びた持ち前の癖っ毛が目立ち始めたうねりを丁寧にブローした。〉

ハーミ
ワタシという存在がキレイナゼロになりますように。

● リビングでの朝食 ●

ハーミ
トイレから出てくるなんて(笑)
ビックリするわオカシイわで!

ミルユュ
ん~・・・?!
あぁ、BBQで飲みすぎちゃったみたいで・・・
空を飛んでる夢とかを見ていたはずなんだけど。
トイレで頭を打ったショックで目を覚ましたの。
今でも少し頭の中がホワホワしているわ。

ハーミ
大丈夫ぅ?(笑)
起きてから私もトイレに入ったけど
特に変わったとこは無かったから
ケガなんてしてることはなさそうね。

ミルユュ
ごめんね、心配かけちゃって。
アーーーっ、お腹すいたなあ(笑)

ハーミ
うん私も(笑い)早くリビング行こう!!

・・・わいわいがやがや・・・

〈昨夜のBBQパーティーで打ち解けたままの
和やかで明るい皆さんでリビングは賑やかになっているのだが・・・〉

「いやあそれは大げさな(笑)」
「神が空から降りて来られたかのようだったわ」
「私はぐっすり眠り込んでいて何も・・・」
「遅刻魔の宇宙人も招待されていたんじゃないのかい?笑」
「叫び声が私には聞こえた気がしたが」
「野良猫が喧嘩でもしていたのさ」
「酒の空き瓶でも投げつけてやれば喧嘩も早く済んだのさ(笑)」
「それはかわいそう(笑)」
「とにかく不気味だなあ」

〈喧々諤々、昨夜に起きていた
不思議な出来事についての会話で
リビングはもちきりだ。〉

ハーミ
(あれ!?私が見たあの光、他にも見た人がいるのね・・・)

ミルユュ
何か事件でもあったのかしら?

ハーミ
私も昨日は不思議なことがあったわ。
ミルユュを探してリビングへ向かっているときに
街灯や月明りだとは考えられない不思議な光が
外から差して来ていたの。温かくて美しい光だったわ。

ミルユュ
へえ・・・叫び声がしたなんて話もしてるわね・・・

ハーミ
不気味だわあ・・・

ミルユュ
そうね・・・トイレで寝込んでて良かったわ(笑)

ハーミ
ほんとうね(笑)

♠続く♠


< 第4話

第6話 >

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・初回投稿:2018/01/18

『C&B HOOK-TALE』<3>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第3話

善美は雷雪の中へと向けて車を走らせている。

「コッタが コッタが コッタが、全然動いてくれないの。」

そう実家の母から電話があったのが夕方近くの先程の事。
コッタは実家で15年間くらい飼っている猫のこと。
もうしばらく前から、体調も崩して余命が短いのを聞かされてはいた。

 

実は、コッタは通称で、正式な名前はコースター。
「呼びやすいから」と、いつの頃からかコースターではなくコッタと家族の誰もが呼んでいる。

コッタが家族の仲間入りを果たした日。
まだ産まれたてで、片手に包み込めるくらい小さかった三毛猫。
ゲージからテーブルの上に移されたその仔猫は、まだ目もろくに開いてもおらず、まん丸くくるまったまま大きくお腹を膨らませ縮ませして、ほつれた毛糸の様な、か細い寝息を立てていた。
その柄や姿が可愛いコースターみたいに見えたのが由来の名前『コースター』(又の名をコッタ)です。

 

そんな小さな小さな愛らしいコッタを家族みんなで円になってとり囲んで、思い思いの独り言を口々に言い合っていた日々を思い起こして一気に身体が暖まった私は、人生で初めて飼った猫の最期と向き合っている最中の母を気遣いながらも、それなりに冷静に、そして心ばかりの嘘も込めて対応をしていた。

「うん、分かった。知らせてくれてありがとう。
でもさ、猫って最期は人目に付かない所へ身を隠すって言うじゃない。
家の中に居るんならまだ大丈夫よ。」

「う〜ん。そんな話はよく聞くわねえ。でも…」

寒さからなのか涙のせいなのか、母は鼻にくぐもった声でポツポツと会話を繋げてくる。

「でも、って…」

私は知っている。猫は人目に付かない場所を選んで死ぬ訳ではない事を。

 

これまでに20匹以上の猫を飼ってきた経験のあるカフェバー・フックテイルのマスターはこう言って笑っていたから。

「それは人間の勝手な解釈で。
猫は単に静かな場所でじっと、弱って不自由になってしまった体を安静にさせているだけなんですよ。
外猫だと、天敵となる野犬やトンビ、カラスなんかから身を守る必要もあるから、結果的に人目に付かない所に居ることになるんでしょうが、家猫はわざわざ隠れやしないですよ。
むしろ、大事な誰かが側に居てくれないと心細いんじゃないかな⁈
そんなとこは猫も人間も同じ。」

 

この見え透いた私の嘘がもう母にバレてしまったのではないかと思い、少し気恥ずかしい気持ちで言葉を返す。

「でも、って。お母さん、何?」

「でもね。いつどっから入ったんだか、あなたの部屋に居るのよ。」

「え⁈まさか?」

「ほんと、まさかの場所よ。
私、朝起きてから今までずっと探して、やっとさっき見つけたのよ。
あなたの部屋のオ・シ・イ・レ!」

「オシイレ⁈私の部屋の押入…。」

「もう雪が降り出してきて風も強いし、朝には積もるっていう天気予報なのに。
コッタを探すのに精一杯で、お買い物にも行けなかったわよ。困ったわ〜。」

きっと母は、”コッタ探し”を言い訳にして、買い物だけじゃなく、掃除や洗濯なんかの家事も大してせずに今の時間まで過ごしていたのだろう。
そしてきっとその間、家事は父が任されていたはずだ。
そして今となってはもう夫婦2人して買い物に行く気力も綺麗に失せている、という感じか。

涙に暮れた母が、心の支えが欲しくて私に電話を掛けてきたのではない事が分かってひと安心だし、コッタもまだそんな深刻な状況ではないのかもしれない空気が受話口から伝わってきた。
なので、私はいつものゆるんだ口調で、要領の良いとぼけキャラの母に対し、鋭い推理で切り返した。

「そしてこの電話は、暗に買い物の指令を私へ下す為にある訳ね。」

 

それから私は電話を切って直ぐに支度を済ませ、車を実家へ向けて走らせている。

私の部屋の押入で待ってくれているコッタの元へ。

そこは私とコッタの思い出が詰まった押入。



    第2話

第4話


・初稿投稿日:2018/01/14