『C&B HOOK-TALE』<2>

 

– First order –

“ Smoke & Cat ”

 

第2話

初めまして。
ヨシミです。
善良の善に、美術の美で「善美」。
歳は29になりました。お天気に合わせた
シンプルで着心地の良い服装でいることが多く、
髪はお団子にしてアップにしている日が多く、
お化粧は出来るだけナチュラルでいたい気分の日が多い女です。

来年にはもう30歳だからか、
特別に嫌な気分になる様な出来事は
少なくなってきたけれど。
だからといって心沸き立つ素敵な時間の過ごし方の蓄積が
出来ている訳でも無いです。

そして、そんな平坦な日常の中にいるのを幸いにした
熱心な資格習得を腰を据えて進めたりはしていないし、
苛立ちや喪失感に我慢強く耐えて労働した分を
吐き出すかの様にして楽しむアリガチへ
気軽に手を掛ける遊びもしない。

行こうと思えばすぐ着ける距離にある実家を出てから、
来年で10年にはなる様な気がするけれど、
私は見た目以外にはどこか変わったところがあるのだろうか。

そんな私なのに⁈そんな私だから⁈
けっこう年上の大人な男性と同居中です。
そして実は、今なんと、禁煙をしています。
でも、貰いタバコには積極的なので(笑)
全然お気になさらず吸われて下さいね。

私の最新プロファイルというと、だいたいこんな感じ。

さて、ここからは変わって店主です。
当店の外向きの壁は一面ガラス張りになっていて、
店内から歩道に向けて私の私物のフィギュアや、
店で出しているワインとチェコビールの空き瓶や、
レジンのハンドメイド・アクセサリーといった
雑貨・小物を陳列しています。

「ただ夜でも煌々と光る電飾や派手な看板は立てていないので、
よ〜く見ないとそんな可愛いさが分からない位の装飾で、
外に発するインパクトが控え目なんですよ。
なのでこのディスプレイの趣きは、
通りかかった人達の内の1割も
気付いて頂けてはいないみたいで(笑)」

私は善美さんに店頭ディスプレイの話を
している最中だったのですが。

「あ、そうだ。
私、今月一杯で仕事を辞める事にしたんですよ〜。」

善美さんが灰皿の端に軽くトントントンと
吸いかけのラッキーストライクを打ちつけながら、
その先っぽの火種を見つめてそう言い出された。

「あぁ。そうなんですか、どうして?」

私は善美さんに差し上げたついでで一緒に吸っていた
ラッキーストライクの煙を鼻から吐き出しながら、
思わず退職の理由を聞きました。

常連さんが入れ替わり立ち替わりするカウンターテーブルの上には、
ショットグラスに入れた私のシングル・エスプレッソと
善美さんのグラスビールが今は置いてあるだけ。
それらを2人ほぼ同じタイミングでそっと持ち上げ、
ふっと少しだけ口に付ける間の沈黙。
そして、それぞれ違う形で立ち上る2本の煙。

「これは。今では⁈。女に限った事じゃないのかもしれないけど。」

「はい。」

「しばらく整えたりカラーリングしたりだけにしていて、
良いコンディションのままで長く伸びていた髪を
バッサと切ったりしたくなる時って。
自分にしか分からない言葉にならない理由っていうのが
女には必ずあるんですよ。
いや、言葉にしたくない理由かなあ。
自分の中に残したい理由でもないし、
他人にわざわざ伝えたいものでもない感じ。」

「へえ…うん。それで?」

「その時々のそんな思い付きでバッサり切った経験は
もちろん何回かあるんですけど。」

そこで善美さんはトントントンを止めて、
唇に咥えたラッキーストライクの煙を細く吐き出しながら、
灰皿に付いた洗い立ての水滴で煙草の火を消す。
私は善美さんの話の腰を折らない様に、
その一連の動作を無視して店の入り口のドアの方へ
顔を向ける。

「でも、そうしても結局は何も変わらなかったの。
もう私にとって髪を切るのは息をするのと同じ(笑)」

「そっか(笑)」

「周りも巻き込む仕方の変化を起こさないとダメね。
歳をとるってそこに気づく事でもあるのかなあ。
もしかしたら、歳と共に鈍感になっただけかもしれないけど。」

そう言って笑ったかと思うと、
今度は一息にビールを飲み干して善美さんは席を立たれました。

「それで、善美さんの禁煙の理由は?」

私とこの店を一緒にやっている女性の店長と
店先へ出てお見送りする時に、店長がそう訊ねたのには、
背中越しで「それはまた次回に。」とだけ応え、
善美さんは交差点を渡って行ってしまった。
今日はこのままバスで帰宅される様です。

それから私達が店の方へ踵を返すと、
店頭ディスプレイの真ん前に女の子のいるのが目に入る。
肩くらいまでの長さの切りっ放しの黒髪を携えて、
華奢な体に華美過ぎないカジュアルなコーディネイトの
服装をしているのが高校生ぽい。
その子は、「可愛い」を口の中で何度も唱えながら、
スマホの角度を微妙にずらしていきつつ、
もどかしい間隔で光を放つフラッシュ機能を駆使して撮影をしている。

「なあ。」

「なに?」

「店頭だけど。
もう少し賑やかで目立つ様にするかなあ。
今のは風情でなら寿司屋みたいじゃないか⁈」

「はあ?どうだか。」


※店内からも眺められる雑貨・小物達。
季節、気分の時々に合わせて
マイナーチェンジが繰り返される。※


    第1話

第3話


・第2稿更新日:2017/11/14

・初稿投稿日:2017/11/13