– First order –
“ Smoke & Cat ”
第6話
善美は信号待ちの停車の間に
仕事の日用の大きめの鞄の広い口に左手を差し入れて
大島紬のタバコケースを取り出した。
その後に目線の高さの位置まで窓ガラスを下げ、
車内では禁止にしてきたタバコをやってしまった。
開けた窓の隙間には車道の外気が入り続けている。
とりあえずライターで火を付けて
焦る様に浅く吸い込んで吐き出した煙は
咥えたままのフィルターの脇から漏れ続ける煙と一緒になって
ひとひらの灰を宙に舞わせた。
それを見つめる善美の右顔に触れる雪と冷気は、
彼女の目の周りの熱の輪郭を鋭利に研いでいく。
「痛い。痛いよ。」
決して望みなどしない感情が高めたこの熱は、
かまいたちの様に善美の下まぶたに目に見えない切り傷を残しながら巡る。
この雪が積もってでもいれば、それを両手にすくい取って
瞼の上に擦り付けてマナスルの頂に沈めてしまいたい。
父親譲りの丸く控えめな顎にまで到達した涙は、
フィルターもそれを挟んだ2本の指までをもやたらと湿らせてくる。
泣き出した時にばかり思い出してしまう幾つもの薄らいでいた記憶で
声にならない嗚咽を漏らしそうになっているのが確かな現実で、
泣き出してしまった理由はただの空想で。
「もう何が何だかわからない。」
目一杯ゼロまで下げ切っていたカーステレオのボリュームをもう一度ひねり上げ、
クラシックレゲエのリディムに合わせて善美はそうゆっくりと3度口にする。
おちつくための即席のおまじないだ。
きっと雪は、冬の空が汚れていることを私達にいつも教えてくれている。
⇒第7話
・初稿投稿日:2018/04/30