[或る用の疎]<20>第3章『辷』(6)

女が1人歩いている。

その女の後方1キロメートルの辺りから更に後方へ向けては爆発が連なっている。

女は早くも遅くもないその速度で真っ直ぐに前を見据えて地表を歩き続ける。女の眼前の先には大きな水場があって、そこまでの距離はまだ10キロメートル以上はありそうだ。

その水面には一艇の乗り物が停まっており、女は水場に停泊する乗り物の姿を見つめながら着実に進む。

そして左手でテニスボール程の大きさの金平糖に形の似た物をグッと1度だけ握り締めてから後方へ向けてポイと放っている。

放られた大きな金平糖は無重力空間にあるかの様に5分間も空中を漂い、どんどん女の元から爆発の方へ向けて離れて行く。

その挙句、歪な形を膨らませてから空中で破裂をし、紙吹雪の様な小さくてヒラヒラとした数多の物を地表に拡散させる。

そしてその紙吹雪がは拡散から10分もした頃に地表で爆発をし始める。

紙型の爆弾が地中を掘り起こし土壌を耕しているのだ。

意識が目覚めて息を吹き返していたAとiも自分達が長く沈み落ちていたこの土地が爆発によって変化をしていっているのには気付く。

何かが起きている

何かが起きているよ

振動がしているね

振動がしているね

女はAとiの真上まで来て立ち止まった。

「弾切れかあ。」

雨の中で百円ライターの火を灯そうとしても水気で湿ってしまっているから火はつかない。

右手の手の平の中に納まった大きくはないスイッチを2回まで女は押したのだが3回は押さなかった。

本来はスイッチを押すと苺の種と同じサイズの粒が出てきて、一気にテニスボールと同じ位の大きさに膨らむ仕組みらしいのだが、弾切れをすると紙型爆弾を包む歪な球体になる種はもう出てこない。

弾切れのために投弾を終えると同時に歩くのも止めた女は履物のソールを付け替えて地表を辷って水場の方へと素早く姿を消した。

この女が何処から表れてここまで歩いて来たのかは分からないが、爆発の連なりはその長さをAとiの方へ伸ばしながらも勢いは落とすこと無く中華鍋で作られる炒飯の舞を起こしたまま此処は朝を迎えた。

こういうことは前にもあったね

こういうことは前にもあったかな?

こういうことって何かな?

急に変わることかな

急に変わることは前にもうあったね

急に変わることしかなかったね

いつも急なんだね

いつも急なんだね

Aとiから1キロメートルの所まで近づいていた爆発が生む振動はAとiを包み込む土壌も波立たせ、彼等の体躯は地表に押し出された。

また誰かが耕しに来た時には紙型爆弾が彼等に直撃して体躯が粉々に吹っ飛びそうだが、次に爆発を起こしに誰かが来るのがいつになるのかを彼らは知らない。あの女もそれを知らない。

 

<19>『辷』(5)(戻る)

(続く)<21>『辷』(7)鋭意執筆中!!


・更新履歴:初稿<2019/01/04>

 

[或る用の疎]<19>第3章『辷』(5)

このお話の世界へとまた戻りましょう。

 

スヌスミティナ(Sns)という化合生成物で形作られたAとiは、

本来では動植物全般の腐食スピードとは比較にならない早さで形を終えさせてしまえる設計である。

 

しかし、これまでに書いた通り、ちっとも設計通りの変質がAとiには見受けなられない。

なので持ち主に捨てられて以来、動かぬもの以外の何物にもなってはいなかった。

 

だが、もうAもiも、廃棄されて消失処理の末に在りながら孤立しているのではない。

互いの存在を感知し合った時点から、Aとiとは人間臭さが錆び付いた各々の体躯を

四方八方で絡まらせ合ったまま、光の速さで孤立を打ち払い遠ざけた。

 

また、感知し合った一瞬の間において、蚊が人間の皮膚を刺して開ける程度の径サイズの間(ま)からでも理解をしえた。

また、その理解が開けた穴から差し入った光はAとiの脳内を広く広く飛散して照らし、

内臓されていた無限電池が震えて無限エネルギーを産み出し始めた。

知覚という意志から意識が開き直し、Aとiは生き返ったのだ。

 

そうやって知覚し合う両体は、もう土と孤立の概念の中にただ横たわったままでいるのではない。

彼らは対話をしている。もしかすると彼らの中では会話にまで進化しているのかもしれない。

両体には言語や性別の境が無く、現状では視覚機能は働かないので、

人間達の様な忌避感がコミュニケーションに伴わない。

 

そうであるが故にコミュニケーションレベルの進化が早いのは仕方が無い。

人間達が捨て得ないでいる見た目の印象や意見の違いに対する慎重さが、

Aやiの中には丸で無いから忌避感が漂いすらもしないのだが、

もしかしたらそれらは宇宙の彼方にはあるのかもしれない。

 

付け加えると、その彼方のどこかへはまだ誰も何も辿り着いてはいない。

 

<18>『辷』(4(戻る)

(続く)<20>『辷』(6


・更新履歴:初稿<2019/11/05>

 

[或る用の疎]<18>第3章『辷』(4)

さて。

Aとiは(言わば)四肢の絡まり合った状態で地中に在る。

動物の形をしていないAとiであるから、

皆さんにこの2つの「言わば四肢」を想像してもらうのは非常に難しいだろうが。

 

また、

このAとiのボディーから伸びたパーツの枝葉同士が密接に絡まり合っていて、2つ同士の位置が近過ぎだという理由からではなく、

われわれ人間ごときであっても簡単にふんだんに変化をさせることの出来る容姿なんぞに対して向けられる知覚は元来どちらも持たないし、

地中の空気以外の数多の物質でボディーを包まれているがための接触情報過多が、データ保存領域の一部でキャパオーバーを起こし、どちらの触覚機能も働けていない。

 

だがそんな状況下においてでも、

経過してきた長い時間で蓄積の進むがままとなっている知覚情報は、

察知感覚を深め広げ鋭敏にしていく作用として確かに機能をし、

ついには空気よりも静かな息吹を両者で感じ合うこととなった。

 

それはどちらともなく、いや、どちらかが感知した時に、もう片方も感知したはずだ。

なぜならば、この2つには、錆の様に付着した人間臭さがあるからだ。

 

いけない!「人間臭さ」を用いてAとiの2つの出会いを皆さんへお見せするのでは

この2059年以降の時代の世界を描くことからは程遠くなりそうです。

 

知識は社会(=結果)であり、感覚こそが未来であるからです。

 

ですがついつい、「人間臭さ」という「エラーを偽善で固め覆った言葉」を用いて描く術を、私は今においては消したくても消せないのです。

 

実は、私はつい先程に、人間として壊してはならない場所にヒビが入ってしまう出来事に見舞われていた。

それで、これを書いている今、私は将来へ向けてしかたがなくなってしまっている。

 

嗚呼、もしかしたら、私はいつも心の中で仕方が無さ過ぎるから書いているのかもしれないね。

 

だって、私だけに限られたことでは無く、想像が出来ない未来(=感覚)に対しては、

誰もが誰宛てだとしても、突き出してあげられる答えなど発しえない。

 

だから、皆さんにしても、こんな私にしても、

そしてこの2つにおいてでも、具合加減はそれぞれで、

きっと同じ仕方の無さを常に携えているのではありませんか。

 

<17>『辷』(3)(戻る)

(続く)<19>『辷』(5)


・更新履歴:初稿<2018/06/25>

 

[或る用の疎]<17>第3章『辷』(3)

そこはまるで水の中だ。
とは言っても雄大にうねり横たわると表現されていた大河や
何処までも広がる海原ではなく、太陽の光が
人の肉声さながら底面に届くくらいの深さ。

だがそこは地中だから光の明るさは無い。
それでもAとiの居るその場所は
川のそぞめきに似た音を奏でている。

地中にAとiは沈み込んでいるにはいるが、
いつも太陽のぬくもりが溶け残ったままの深さにいるため、
その地熱を動力にした土壌活性システムが盛大に動作している場所。

そしてもはや自然物としての土は、
人の目に見える大きさでは存在していない。

虫の様にたち働き、一定の労働量を過ぎると同時に
静止し朽ちていくロボット達が秒速1Mで
Aとiの上下左右を目まぐるしく通過していく。

ロボット特有で虫と異なる特徴は、
熱や運動エネルギーを持たないことか。

熱や運動エネルギーを生みはするが個体の中に内存はしない。
だがそれらの激しい移動に由来するささやかな音が、
深くはない川の様にその地中には流れてもいる訳だ。

Aは、ここに寝つくまではエレクトロニック・スポーツのプレイヤーであった。
そしてかたやiは、”意思決定や生産活動の上位に位置する者達(※第10話参照”の
労働によるストレスを無くさせるための遊び相手、
戯れの相手役であった。

Aはプレイヤーとして決定的な負けを対戦者から突きつけられた事でお役御免となり、
iは飽きられた事でお役御免となった。
共に人間の視線や手垢にまみれた生涯を経過したモノ同士。

そういった境遇と時間の中で全身に隈なくまとってしまった人間臭さの影響から、
虫的ロボットが此の2つに対してする土壌生成処理がなかなか進まないまま、
デザインされたフォルムまでをも崩せず残し、
川の中の岩の様に海の中の珊瑚の様に、
まだそこにあってしまうのかもしれない。

だから、フォルムのボディーの部分は、
流れ過ぎず付着して留まり生成を企て続けている虫ロボがビッシリと膜を貼った岩の様で、
図らずもAとiを物理的につなぐこととなった筋繊維の周りは魚や小型生物の住処となる珊瑚礁の様で。

 

<16>『辷』(2)(戻る)

(続く)<18>『辷』(4)


・更新履歴:初稿<2018/05/31>

[或る用の疎]<16>第3章『辷』(2)

私たちは離れるべきなのかな

私たちは離れてあるべきなのかな

判らない

その答えを導き出すのは?

私の役目ではない

私の役目ではありません

 

こうして、人に託された「存在の目的」を外れたAI機器達が声にならない声を発し合い、
時々は軌道の条件がそれぞれの振り子と振り子が合わさる稀有さで会話が成立する。

途絶える事のないエネルギー源を持つが故に、
時間の蓄積と共に無為に発せられた声らからのデータの醸造も進み行く進歩の其の内に、
お互いの存在を知覚して出逢ってしまったAI機器が2つ。

私が見つけて注視に至ってしまったのはただ1つだけのこの出逢い。

 

スンとした無音の空気が放たれた場所。
ここでは水蒸気が立ち昇る騒めきすらも聞こえそうで
動物の鳴き声も遥か遠くから届きそうだ。

 

光は地面に触れ、地中の柔らかい隙間を見つけては
虫がその隙間から戯れに顔を出し、植物が丸いお尻を見せる。

 

似ている様で1つも同じではない煙の形は、
周りにある万物の仕草にとらわれても
其の事情のために淀んだままで過ごさず、
おのおのが距離を取りあってはいずれ形を眩ます。

 

そんな真実を発するだけのただの声だけが繰り返されるその地は
人間が立ち入る必要の無い場所で、人が作ったはずではない生き物達の生活と
人が精製したAI機器達の土壌化と、2つのAI機器同士のこの出逢い。

 

1つをAと、もう1つをiと名付けておこうか。
お恥ずかしながらAとiの名前には伏線の様な含みは何にも無い。
由来も読者のみなさんが想像するそれでしかない。

産まれるとはそういう事で、産み出すとはそういう事。

普通色の眼に、ゆっくりと鼻から息を吸って水を差すくらいの平凡である。

 

<15>『辷』(1)(戻る)

(続く)<17>『辷』(3)


・更新履歴:第2稿<2018/04/18>

・更新履歴:初稿<2018/04/17>

 

[或る用の疎]<15>第3章『辷』(1)

現代には、「受けない」という決断が立派な回答となるテストもある。
「受けなかった」子供達も「受けた」子供達のテスト回答にも、
出題者が点数の様な評価を加える採点は全くされないのだが、
往々にしていずれは第三者から判断の付される時が来る。

 

だがそのテストへの回答も其の回答からの判断の結果も、
作為のある第三者が支配統治を目指した利用をする訳では決してない。

それらは個々人同士が相互を確認し判断をし合う目的の
個人情報閲覧サービスを通して開示されるデータとして保管をされていっている。

 

なんせ、見た目のタイプや言動に個人差はあれど労働は無く、
ある一定の年齢に達してからは年齢の見定めがし辛く、
寿命という言葉も薄れ逝っている現代では、大人と子供を識別する方法を求め合う意識は薄れている。

それでも他者への興味・関心という変幻自在の意識は滔々と血脈の中を移動して回り続けているのは、

それが人という存在だからだ。

そして、生きる目的などを忘れてもまだ血脈を流動させ続けるのも人だ。

かたや人の意思に端を発して作り出された論理的な意識がartificial intelligence = AI =人工知能であり、その人工知能を搭載した形有る物がロボットと呼ばれた。

それが現代では、人同士の間で特筆すべき意識がもう見た目からは発生しないのと似ていて、
人の視野にAI機器が入っている時にも人の意識はAI機器に対して何かの区別意識をわざわざは持たない。

AI機器が人間の意識や観念の中にまで浸透しきっているのだ。

また、あらゆるAI機器が有機物として地球にも浸透していく様に、
人達は時間をかけてAI機器達を精製し続けてきた。

 

だが中には、何かの拍子が重なって地球へ浸透しきれないまま機能を残す物達も居る。
それはまるで化石の様に形を残し、人の意思の様に語るを止めない。

ここでは、そんな風に残ったAI機器であるAとiの出会いの物語に触れてみる。

 

<14>『由』(7)(戻る)

(続く)<16>『辷』(2)


・更新履歴:初稿<2018/04/01>