[或る用の疎]<7>第1章『川』(了)

新玉ねぎをまずよく洗ってから不均一に薄くスライスし、そのまま器へ乗せたところへ、卵黄と広めに削られた鰹節があつらえてある。

「卵の白身はどうしたの?」なんて我ながらつまらないことを聞いたもんだが、君から「内緒っ」と台所へ向けて体を戻しながら笑顔で言われたのがとてつもなく可愛くて、君が台所からこちらに帰って来て、揃って2人で食卓に着くまでは、その新玉ねぎスライスの皿にだけ箸をつけてなかったんだよ。

 

 

別に今が空腹であるのでもなければ、空腹になったら新玉ねぎスライスを食べようと考えているのでもなく。なのになぜ俺は君とのその出来事を思い出したんだろう。でもその思い出は、とても心地の良い風を俺の裸の体に纏わせてくれる。そして、むしろ今食べるとすれば。あの日のメインデッシュだった、真っ赤なケチャップを全体に纏ったスパゲティナポリタンかな。あ。白身はスパゲティナポリタンに入れてくれてたのを、君はその食事の後で大笑いしながら教えてくれたんだったね。

 

 

この暗闇に、アキラのすぐ近くに、実在として居るのか居ないのかが分かりかねる声の主の存在に向けて考えを向けている時は、やはり決してアキラも、アキラを眺めている私達も平穏でいられているとは思えない。だけど、”君”のことを思い出している内は、アキラは平穏である様だ。

 

「もしかすると声の主は、現代ではありふれてしまって激安になったアナウンサー仕様だけのAIなのかもしれない。はたまた声の質感からすると、自分と同じ位に年を重ねたリアルな人間なのかもしれない。」

 

”君”のお陰で少し元気を取り戻しているアキラは、その思考をそうやってまたこの暗闇に向けるが、”君”と暗闇とがアキラに与えるそれぞれのエネルギーの体感の違いから、自分の観念を無粋な闇で覆い尽くすのは、まさに見ず知らずなまま縁の出来た他者の存在なのだ、とアキラは理解をしだした。それで”君”を求めた。記憶の中にしかいない”君”が、最も都合が良かった。第1章『川』完。

 

 

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(続く)『由』(1)


・更新履歴:初稿<2017/07/12>