綺麗じゃない花もあるのよ(#13)

「女の癖(くせ)に」

この言葉を私が発する時、それはいつの頃からも今でも、その場に横揺れが迫り上がるのです。

そりゃあ母としては「母子家庭だから教育上のこととして父親の役目もしなければ仕方がない時がある」との考えを持っているからなのかもしれないけれど、仮初めの一時でも私は母が父親や男になって欲しい時は無く、母には常に母親であって女であって欲しかった。
だから私は日常的に「女の癖に」と口にするには憚らない私となり、母が母親ではない仮面をかぶって近付いて来ようものなら反抗ばかりをする。
そして母はオバさんになった。
その母が婆さんになる頃には私も追っかける様にオバさんになるのでしょうか。
それでも私はいつまでも男版母への反抗を続けるだろう。

決してこれは母と意見が合わないからという理由で一方的に衝突をしに向かう自分勝手とは違う。
私達2人の機嫌の良い悪いの接触で発火する口論ともまた別だ。遺伝子学上での子としての当然の態度なのです。
遺伝子学上での母への子からの愛でしょう。

そんな私は普通の娘ではありえないのでしょうか。
もしあなたがそう思われる方であれば、見ず知らずの赤の他人という存在の人間を思い浮かべてみて欲しいです。
もしくは、今あなたが居られる所から周りを見回してみて欲しいです。

 

的確に伝わってくる性別の違いというのは骨格や肌触りにあって、言動という曖昧の中には無いのではありませんか?いかがでしょう。

 

突然ですから、あなたがこれを試してみたとしても、こんなことをしてみたい気分ではなくて読んでくださっているあなたであったとしても、何を私が言いたいのかが解らないとか、同意出来ないとかいった心情でしょうか。
すみません。あなたが例えそうだとしても、私からあなたへこの告白を遂げる最後の時間を残り数10秒だけください。

母から私に差し出されてきた手の男臭さに「女の癖に」と言って反応をするのは、とどのつまり私からの母への愛です。
「子を育てる」という、人間の根幹にあるとされる三大欲求の中の「性欲」に対して子孫が呼応する方法なんです。

私は母の娘として、睡眠不足や空腹を意識外へやり、幼かった私をいつも守ってくれた母を思いやるのに、まだ母の心の中に残る「性欲」へも私はシンプルに応え続けていたいのです。
それだけのこと。

 

⇒第14話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#12)

〈続・左島正子からあなたへ〉

私がカフェバーの在るあの本屋へ度々通うのには理由がある。
嫌々で行っているのではないから、「あの本屋を好きな理由がある」と表現するのも間違いではない。
だが、その好きな理由は「行く目的」とは違う様だ。
だから好きな理由はまだハッキリとしてはいない。嫌はハッキリしていて、好きはハッキリしないのが私なんです。
そして、「行く目的」に思い当たるものは無い。

 

お日様が天空の高いところにある昼に街を歩けば何処でも他人とすれ違うし、買い物をすれば大袈裟な礼を差し向けてくる店員がいる。
飲食店で寛いでいれば、ティースプーンを落とす老夫婦とグラスを倒す子供連れがいる。
いつからだろうか?ストローでずずずーっと最後まで吸おうとするのをしなくなったのは。
それに恥ずかしさを覚えて躊躇をしだしたのは。
そういえば子供の頃は早い朝や遅い夜が怖かったものです。
どこにも人がいなかったし、カラスや犬猫は見えないところから突然に声や姿を出すし、そんな時間に表で動いている僅かな数の人達は殊更に大きな音を立てるし。
しかしいつしかそんな時分を逆に清々しく思うように私はなった。
そうなった理由は単純で、他人に私が疲れたからだとハッキリしている。

 

人間の存在は他人の噂話や体制の成り立ちと同列で、「こういう世の中」だと定めたい気持ちそのものが「常識」の骨格だから、人ごとで異なる疲れが肌にチクチク付着してきて毛穴を詰まらせ、皮膚呼吸の息苦しさから切迫していく動悸を禁じ得ずに疲れが増し続けていく。

 

寂しさの無さを身に纏えた実感を捕まえられれば、もし例え先々にその実感を捨て去ることとなっても、どこまでもいつまでも限り無く清々しく行けるのに、敢えて知っている事の中で生きていきたくなんかあるものか。
そして、想像に向かって行きながら生きないと私は死んでしまうと信じられるのです。

 

それからの選択の結果で撃ち殺されるのは別に構わないとも感じる感情の位置が、私の望む居場所なのかとの期待は想像も実際は超えて、圧や痛みを生まない引力で私の歩みを吸い出してくれるものです。

 

血管や息を絞めあげられたり殴られたりして殺されるのは嫌だけど、これまでを思い返せば嫌いな事が更に嫌いな事を呼び集めて私の健康的な生活を乱し、私が大事にする大人の習慣やルーティーンの収拾が付かなくなるものだから、「嫌」の強固な排除を頑なに実践する。
私は心身ともに共感できるみたいなのしか嫌なんです。

 

「その意見は受け止められないけど想いは近い」とか、私にだけ向けられる表情や性格も分からなくて3Dアニメーションのキャラクターにもはや等しいTVタレントやアイドル/パフォーマーやらにオ熱をあげるなんてのは毛頭無しでしょ!?そして私が嫌だったり無しな事と言えば、その主役は何を差し置いても母の存在なんです。

 

⇒第13話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#11)

〈左島正子からあなたへ〉

揺るぎない”時の行進”は老いばかりを際立たせていくのではなく、その行軍の道程において一定の間隔で宵の月灯りを振り撒いたりもする。
だからこそ、相手への想いには”正子の頭の中で夜に膨張をしていく習性”があった。
この”想いの誇張の突起が拡大していくイメージ”は、ぶくぶくに自分の体が太るみたいだし、どう考えても不健康な状態だし、鏡には映らない内臓脂肪みたいでもあるのが正子には恐怖だったのだ。

その恐怖が「もしお互いへの想いというものがそれぞれの頭の中に存在するのであるならば、それらを頭の中で膨張させっ放しにするのではなく、”感じの良い形でそれらを見る方法”を用いて確認をしていきたい。」と正子に願わせた。

そこで当時の正子が思い付いたのが「2人別々に鉢植を買ってきて、それぞれの想いを各々の植物を育てるのに注いでみる」であって、正子はミントをプランターで育て始めてからの日々で成長変化するミントの様子を楽しめていた。
同時に正子は「相手は何も育て始めてなんかいない」と実は諦めてもいた。自分が一方的に提案した事である以上は、「もし育てていなくても、それはそれでありがちだ」という理屈であり、約束に対する忌みだ。つまりは言い出しっぺ自身としたところで、ほんの遊びでしかない程度で、この確認作業を進めていたい気持ちがあったとも言える。

だから正子は2人揃って鉢植をするという提案に至った理由なんて相手に伝えることをそもそもしてはいなかった。

 

「正子。俺のアレ、枯れた。」

その内に冬と彼からの唐突な知らせが正子の元へ届いた。
この知らせに苛ついた正子は“許せない冬”をこの時に産んだのだった。

 

その当時の相手との此の確認作業を始めた季節は秋でした。
だからすぐに最初の冬がくるのは自然な訳で、私のミントも彼の植物だって枯れやすい環境にあったのは当然です。
または、彼の植えた品種が冬枯れするヤツだったのかもしれないし、植物を育てるのがやり慣れないことで下手であったが故に手を抜いてしまっていたのかもしれないし。
それらを斟酌してでも私が苛ついたのは、彼が何を育てていたのかとか、どこまで育っていたのかとか、どうして枯れたのかなどの話を聞かせようと全くせず、私に枯れた事だけを伝えてきた点。

彼とは頻繁に会える環境ではなかったのもあってか鉢植同士を見せ合ったことはなかったし、どの品種を植えたのかを教え合ったこともなかった。
だが他の話だったらいつも彼からあったから、彼はそのまま鉢植については素知らぬ振りを続けるでも、育てている振りの嘘を時々は話してくれるでも良かったし、もしそれが私にバレたら笑って誤魔化してくれてでも良かった気さえする。
なのに彼が枯れたことをわざわざ此の私に伝えてきたのが本当に私は嫌だった。

 

⇒第12話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#10)

今は誰も居ないコインランドリーでは5つのドラムが回転していて賑やかだ。
白のタオルケットとフラミンゴ柄のシーツと枕カバーをランドリーバッグに詰め込んで帰り支度はすぐに済んだ。
そして最後にしゃがみ込んで生首を眺め回す。
そういえば見事に無臭である。
清潔であることは何時においても重要。
清潔さは安心をもたらす。

閉じた瞼の睫毛に息を吹きかけてみるが、私と生首との距離間が足りないのかピクともしない。
代わりに小さな綿埃が生首の耳辺りから出てきて私の眼球に迫ってくる。
どちらかというと嫌いで煙草を吸わない私の方にばかり煙りが寄ってくるのに似ていて苛ついてしまい、勢いよく両替機のリアカバーを閉じて「お休みなさい」と声を掛け、鍵は忘れ物ボックスへ投げ入れて家へ帰った。

それからというもの、毛先に風を感じる日には生首の残像がふわふわ空中に浮かんで漂い着いてくる。
生首は雨降りでも濡れる事はないし、晴れが続いても褐色に日焼けする事もない。
いつも丸まったまま真っ白く果てるダンゴムシみたいに悲しい。

「どこからが本当の話だと思う?」

「全て本当じゃないかな。」

僕には君と一緒にいる今と今までの記憶をも、この世の最後の嘘みたいだ。

「私にとっては冬が似ていて。生首に似てるところが多いなあって思ったのよ。」

「正子の冬はダンゴムシの死骸?」

「違うわよ」笑う正子。

「ダンゴムシの死骸はオールシーズン。」

「あ、そうだっけ?」

「そうよ。年中で転がってるわよ。」

「まじか。バイバイした後に探してみる!」

「ばかね」笑う正子。

「絶対あるから探してみて!」

「あ。で、冬の話は?」

「あーね。」

「許してたはずなんだっけ⁈」

「そう。私も許していたはずの冬を拒んだ夜があったわ。しん君って、鉢植の植物を育てたことはある?」

「たぶん無いかな。」

「面倒と言えば面倒だけど、他の何かと比べれば面倒な内には入らないくらいの手間で育つから楽しいわよ。」

「へえ。そっか。」

「私もまた育てるから、しん君も育ててよ。」

「ああ。」

「しん君だと思って私は育てるわ。」

「正子だと思って育てるよ。」

「いいじゃん!」

「でもさ、なんで?」

「冬を受け入れたくなったの!」

「もう拒まないんだ?」

「とりあえず向き合うわ。」

「そうか。」

 

⇒第11話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#9)

件の生首は、ずっと私に対する無言を貫くし、もし私が話しかけてたとしても応えてくれる道理は無いし。
だとすればこそ、私は生首との心の距離を測りたくなってコインランドリーの外へ出てみた。

コインランドリーの外には、ガードレールに付着した塵が熱された臭いと昼間からハイビームで前方を照らす乗用車が呼びもしないのに無神経に近づいて来る。
初めて触れた時からずっと実は握りしめたままで手汗に塗れネチョネチョすらしてきた小さな鍵も存在感を強く増す。

私は手の平を開いてその鍵の表裏をジックリと見つめてみた。
鍵が翻るたびに照り返って来る日光が私の瞳の白いところまでをも焦がし、私の眉間には皺が寄る。

私はそれでも外で立ったまま、ネチョネチョの鍵を握り締め直した左の拳を短パンのポケットに突っ込み、右に左に回るドラムと、洗濯&乾燥が終了するまでのカウントダウンを示すデジタル時計の数字をガラス越しに見つめて「あの数字は生首とのお別れまでの残り時間」だと決めた。

それでもまだ20分間以上は残っているのが耐え切れなくて、私はコインランドリーを離れて近くの公園へ歩いて行ってみた。
何よりも喉が渇いていたが気もまぐれていたから、表面的で薄っぺらくて当たり障りも無く触れられる日常を私の視覚は求めていた。
間違い無く夏は暑くて、人影の無いバス停の周りの日陰に散らばって立つ人達は顎を上げて瞼を閉ざしている。
公園の中では帽子を被せられた子供達がなぜか走り回る。
ボールも鬼も見当たらないが子供達の足元からはザザッザッと砂の擦れる音が不規則に立ち上がり、蝉の一団はそれに負けじと腹を震わせる。
「生首を転がし入れてやろうか。」子供や蝉達はどんな反応するのかな。

公園で歩みを折り返してコインランドリーへ戻る途中、自動販売機で売れ残っていた見慣れない缶のデザインの冷えたコーラを半分まで飲んでから、ようやく一息ついて整理する。

「会話の出来る相手ではない」

「笑顔をくれる相手ではない」

「劇場のスクリーンを一緒に見遣る相手ではない」

「お腹いっぱいになって眠たいと言い合う相手ではない」

だから会いたいとは思わないが、側にいると視線を投げ続けてしまう相手だ。

「私がどうこう出来る相手ではないな。」

 

⇒第10話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#8)

〈続・記憶〉

俺はあの日から、スマホの通知機能を正子とのLINEだけに限定し、毎日毎日で偶然を演出しながら正子を誘い出そうとしては、正子の予定に合わせて手にした逢瀬を切り刻み、それを1人でベットにぶちまけて過ごしていた。

そもそもが俺の方からアクションしないと他人と渡り合う場に居ることが出来ない自分だったから、大洋に正子用のプロペラを1機立てて発電運用している状態の生活だ。

「あ、両替機の話したっけ?」

「いや。それは聞いてないよ。」

「じゃあするね。」

「うん。いいけど。冬は?」

「コインランドリーの話が終わってから。」

「あね。コインランドリーの両替機なんだ!?」

「そう。まじでヤバかったんだから。」

正子が言うにはコインランドリーの両替機には小さな鍵が刺さったままだったらしい。
その事に気がついたのは、正子がその時に小銭を持っていなかったから。

しっかり千二百円分の小銭なんて持ち歩く者などいはしないから、コインランドリーにはゲームセンターと同じくお札を百円玉へ両替する機械が必ずやあるものだ。
だがその両替機から出てくるはずの正子の小銭は、中の百円玉が足りなくなったのか詰まったからなのか、ちっとも出てきてくれないのだった。
しかも正子が入れた千円札までもが出てこない。
それで思わず正子は突き刺さったままの鍵をひねってリアカバーを自分の方へ引いて両替機を開けたのだった。

だがそこにはまず生首が入っていた。
リアカバーを開けても転げ落ちはしないで、機器と機器の間にハマったままの生首。
脳天が下で、となると下顎は当然に上。
尚、洗濯機にかけられた後なのかもしれないが人の手で洗われた様子は見受けられない。
なぜなら、「あ」の形で空いた口から見える前歯にはニラがその一部を正子に向けて晒している。
「緑の濃さと繊維の感じからして間違いなくニラだった」らしい。

また、生首を乾燥機にかけた後の見え方は知らないが、肝心の生感が漂う生首は、きっと乾燥機にもかけられてはいなかったのだろう。

「ニラ特有の見た感じあるでしょ?それとも水仙かしら?」

正子は楽しそうに笑い、俺は楽しくなりたくて笑う。

「そうだね。それで?それからどうした?」

(実際は、窮屈そうだったから開けたままにしておいてあげた)

乾燥までが終わるまでの50分間はユッカの白い鉢の横に設置されたアルミラックに並べて置いてあるクーポン誌や求人誌やタウン誌を順に読み飛ばしていればいつもは過ぎるのだけど、「ここへ来る前に使った歯磨剤のハッカの香りと口内粘膜がまぐわい腐り溶ける臭いがし出しかねないなんて」、意識が彼の世まで届いてしまいそうな気分だ。

そう考えている間に3人の客が入ってきたが、私が両替機の真横に座っているからか誰もこっちを見ない。
だから生首には誰もが気づかない。

放って置けない状態とは何処までも際限無く危機が充満をした”状態”の”形”でもある。そして、誰も生首の存在は察しない。

 

⇒第9話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#7)

〈記憶〉

全く水滴の付いていないグラスを顎の角度と水平に保ったまま傾けて豚骨スープ色の液体を少しずつ口にする正子。

ジンジャーフロートを氷無しで

何です?それ

ミントのアイスとジンジャエールです

わぁ、美味しそうですね

さっきの子、親いないんですかね?

いるでしょ

正子が嘲笑気味に言う。

いや、ここにですよ

そう、いるでしょ

俺は、「いないのはマズいですもんね。」と言って、初めてその女の目を見つめた。
相手の目つきから想像を始めようとして見つめかけたのではなく、女の顔があるはずの位置へ目を向けたら相手も俺の目を見ていた次第なのだが。
きっとお互いに同じ状況の流れだったはずで、湧き立つ情熱は微塵も無い。

「どっかでのんでたんですか?私はさっきまで仕事だったのよ。」「まあ、そんなところだね。」
まだ互いに目を合わせたままだったが、ここまで話をしてからは2人とも自分のグラスへ視線を落とす。

 

努力や忍耐をしても結果が出ない人には夢の様な出来事がいつか起きるんだって

わかります?

 

ミントアイスを滑らかに掬い取ってからジンジャーエールをスプーンごとアイスに浸した時に女は言い出した。

 

私の職場にもそういう人いるわ

努力や忍耐をせずに結果を待つ人には、想像できるという意味で普通な出来事が最上

私も何にも起きないここに居る自分にはとっくに飽きてるわ、きっと

 

俺の耳蝸内では時間感覚がまだ歪みしている。冬物の下着を入れた箱に押し込み仕舞ったままになっている懐中時計の秒針が朝顔の蔓の形でカーブして12の位置へ触れようと迫っていく音が聴きたくなった。

 

恋人の帰りでもお待ちになっているの?

そう見えますか?

だってもう恋人か変人のための夜でしょ?今は

それはあなたにとっても同じことでしょう

夜は変も葱も好き

 

他人の言うことは自動的に頭の中で漢字変換して読んでしまうが、変換してからだともう何も相手の事を窺い察し得る機会は生まれない。

 

一番最近の恋人ってどんな男性でした?

恋事(こいごと)についてね

 

やはり水滴の見当たらないグラスを右手で掴んだまま、正子は上下にゆっくり撫でながら左手は腹に当てて顔を頷く様に調子良くスイングさせて唄う様に溜息をついた。

 

宇宙みたいに広い心の人だと思っていたわ

しかし入ってみたら狭く感じたの、私

いくつ?

ばかね

その人の歳の話なんだけど

それであなた仕事は?

他人と知らない仲になるのは苦にならないタチになっているお陰で、なんでも屋フリーターで何とか働いている気にはなれている奴

自惚れないで

「自惚れないで」なんて初めて言われたら、逆に褒められたみたいに嬉しくなっちゃって

わかるわ

 

 

秋という季節がまとめてはやってこないのは子供だからこそ分かっている様な気がする。
目を凝らすのに「わざわざ」と思ってしまう頃には自分自身が秋になっているものだろうし。

 

このシャツくらいヨコシマな気持ちが俺には無いよ

それって結局、袖はヨコシマなままなのよ

手首を折ってしまえってことなの?

あなたって本をたくさん読んでそうだしね

お金を使うのは食事と古着、仕事の前出し経費

だったら彼女なんてしばらくいる訳がなさそうね

俺は靴なんだから、箱にしまってないで吊るしておいて欲しいな

誰かが履いた靴を売っているのなんて見たくもないわよね

ネットで中古の靴を買った時、ゴムのソールの溝に挟まってたよ、白や灰色の小石がたまに

 

 

金曜日になると海よりも風を見たくなる。

人知れず良い知らせを運んでくれるのは風の方。

海は重いばかりで的を得ない。

 

私は小説とかは全然読む気にならないんだから

本音を言うってのは、花粉症の鼻水涙みたいなもん

ミステリーが好きな気がして、答えというかゴールがハッキリしてそうだから読めると思って三冊くらい読んだんだけど

医者は心理の中では働けないから

結局、私には人の気持ち自体がハッキリしたものでないのが落ち着かなくて

俺、ファーブルは政治家だった、て見出しの本に騙されたことある

それからは諦めて読んでないな、小説って

 

 

小説を書こうとしている俺は、小説を書き終えた俺や本にすら触れる前の俺や地方線のタラップに導かれていく時の俺とか、とにかくどんな俺とも全く違わない奴で、既に同じところに居る。
景色の見え方も既に誰しもが同じで、言葉にする仕方だけが奇妙に違ってくるのは何のせいなのだろうか。

 

前に南部出身のインド人に言われた「君に酒は似合わないよ、君にとってお酒は悪を産むよ、私には見えるよ。ユーはミドリがたくさんある所にいるのが似合っているよ。」だってよ

 

記録的な金欠の余波を親の脛で殺して、千円札1枚をバントでコツコツ送り出しながら過ぎた頃の10月20日。今日の正子は冬について話し出している。

 

「私も許していたはずの冬を拒んだ夜があったわ。」

 

⇒第8話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#6)

〈続・店〉

その正子はローカットスニーカーを履いた両足の踵を揃えて立ち、左手でサコッシュの紐を胸元に押さえたまま検索マシンをトントントンットンと右手の中指で触れている。

俺は水割小便を勢いよく延々と時間をかけて出し切ってからは、本棚のエンドをぼやっと眺めて店内を壁沿いに一周することで冷涼を拝借する。
それからカフェバーへと侵入をし、エスプレッソコーヒーのシングルを注文する。
けたたましい蒸気音の後に提供される小さなカップを速かに一息で飲み込むと、エスプレッソが持つ旨味の刺激から思わず口に氷水を含みたくなる。
だがきっと実際に水の無味を含んでしまうと勿体なかった気持ちになりそうでもあり。
お冷のグラスを引き寄せたままで持ち上げられはせずに飲むか飲まざるかを悩み出すのだけれど、すぐに煙草が吸いたくなるものだから、店外の灰皿の脇にしばらく立っては数分で戻って来て気持ち良くお冷も飲みきる事も出来る。

それから口内で氷を舐め回しつつ書店フロアの中央通路を真っ直ぐ正面出入口へ向けて歩いていたところ、「コミック」コーナーに平積みされた新刊の凸凹に手を突いて本棚へ手を伸ばす未就学児に見える子どもが目に止まる。
「おいおい、ガガンボ少女よ」日焼けした手足は長くて頭の小さなその子は、俊敏ではないまでもワサワサと体位を変えて視線を上下させながら、一心不乱にどれかのコミックスを目指している。

「クックは脱いでるのな。」

一応はちゃんとしようとしている子供の可笑しみに時間感覚と共に俺のニヒリズムは歪んでしまって、検索機を使っている女性の足元にある低く小さい脚立をガガンボ少女の足元へと持って来てやらことにした。

「ちょっと。君さ。これ使えば?」

ガガンボ少女は驚きや、ましてや恐縮の色も無く、ただ悔しそうな顔で屹立をして俺を見上げている。

「これで手が届く?」少女の手を取って脚立へ載せてあげる正子。

検索機の前から瞬間移動してきたその女性へは満面の笑みを向けてビニールに包まれた派手な装丁のコミックスを手にするガガンボ少女にイラッとした俺は、そそくさとその場から入口へ踵を返したが後頭部をカフェバーの扉が閉まる音に小突かれる。
反射的に振り返ると、カフェバーへと伸びる通路には脚立の上に置かれたガガンボ少女が手にしていたコミックがあるだけ。
女性は湯気の様に香りすらも残さずに立ち消えてしまったし。

「買わないものを欲しがるなよ。」

あの女2人の余韻が空箱となり俺はそれを持ったまま立ち尽くす。
この空箱に今日を仕舞い込んで1日を終えさせられたくはない俺はいつもの帰路に着き直すためにもう1回トイレへ行ってもう1度カフェバーへ入ってみた。

 

⇒第7話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#5)

〈店〉

この店の由来は大将のパクリ行為だ。
料理、酒類、内装(調理場とカウンターは除く)は全てパクリで、「このタブレットが俺の脳みそばい」と言って憚らないワッさんは、目にした人気のアイデアを即座に取り入れる屈託の無さが拘りだ。

「高校を卒業してから調理師専門学校へ通って調理師免許を取るまでは普通に暮らした」らしく、「そこからは務める店どころか仕事自体をコロコロ変えながら暮らした20代と30代さ」らしい。
「40代は甥っ子くらいの歳のやつらに混ざって鞄1つで世界を旅して回ったもんだ」と言うあたりで、ワッさんの語る半生にも真偽の怪しさが漂い出し、「50代でこんなもん」には返す言葉が見つからない。

とは言え、親の脛をかじって生き延びながら小説を書いている過ぎサーの俺の人生をこのまま淀みなく流していければ、無事に下流中年にゴールインなのだから、ワッさんの方がよっぽど従社会的だ。
ワッさんと向き合って呑めるカウンターの居心地が良い理由は、俺の中の淀みを溜め込みたくなる自制心とこの店とがマッチしているからなのかもしれない。

半年に一度くらい「レシピ泥棒だからヴァルールと名付けたはずの店なのによ、よくよく見たらヴォルールと書かれた看板が取り付けられてたYO!」と炸裂するワッさんの酩酊とお釣り銭と領収書を受け取って店を出たが、もう朝まで路面電車は走っていない。
アパートまでの帰り道は4キロくらいか。結局いつも小1時間は掛け、歩いて家へ帰る。

自分のことながら酒の酔いのせいで翌日には忘れそうになるのが常なのだけど、俺はミドルクラスの変態で歩きマニアだから足の裏を鏡で見る様な新鮮な出来事を求めて出歩いているのだと、こんな時に思い出してしまうもので、いつも泣きそうになる。
今日みたいに蒸し蒸しした空気の夜でも、靴下のつま先まで凍える夜でも、春でも秋でも何故だか年がら年中で同じ事になる。

酔い冷ましの歩きしな、時刻は26時にまで近づき、場所は帰路の残りが750mを切った辺り。
とうとうションベンの我慢が利かなくなってきている俺はとても広い本屋の店内へと入る。
こんな時間でも本棚を照らす明かりを煌々と灯して客を招き入れ、トイレも広く綺麗であるのとは別の楽しみがあって俺はこの本屋での用足しをいつも選択する。

ここの営業時間はティータイムの時間帯から朝方までで、書店フロアの営業だけではなく、奥にはカフェバー・スペースもある。このカフェバーこそが、かく言う俺の楽しみなのである。

カフェバーの店内には、奥行が20cmで浅く薄手なアルミ製の天板が突き出たキッチンカウンターと、高さも素材も不揃いなカウンターチェアー4脚が「掃き掃除をするために移動してある」風に点々と立ててある。

本屋の外の道側から見た人達にはとても小さな暗がりで、書店フロア側にいる人達からすれば本の森の端の神妙な祠で、いずれにしろ人の気配を感ない。
そんなカフェバーへひとたび足を踏み入れてしまえば「もう2度と出ては来れない」だが「もう2度と出ては来れなくて構わない」と達観をさせてくれる佇まいに畏れる人達しかいないのではないかと俺は想像する。

なぜなら。
本屋の入り口は表通りに面した大きな自動ドアが1つのみなのだけれど、カフェバーには表に面した外側と書店フロア側のどちらにもドロップ型で真っ青な取っ手の付いた扉があって。ただこれら2つの扉が、白色の本屋全体から視覚的にカフェバーを切り抜く外装の濃い茶色をした木製の壁と素材が全く同じで、真っ青なドアノブを引いてみないとカフェバーの扉のサイズが分からないデザインだからだ。

今夜、俺はこの本屋で正子と出逢うこととなるのだが、正子と俺との関係の絶対値はドアノブなのか扉なのか、恋なのか、プランターで咲くアサガオなのか。

 

⇒第6話へはココをタップ★

綺麗じゃない花もあるのよ(#4)

彼らのノリに同調するために「うまい」と、いささか互いの距離感の割には大きい声を俺は今度はわざと発したつもりだったが、本当にうまい。

「間違っちゃったんですよ」

いつもそうは言うが本当かどうかは分からない

「ヴァルールてのは泥棒の意味なんだよ。そんな名前にする訳ないじゃん!」

違う

「泥棒はヴォルールですから!」
「あれえ。そうだっけ?」

そう、ヴァルールは色価だ

 

おまえみたいなヤツが考えの及びも付かない規模の広大さで萌香に溢れ、迫緑がゆったりとざわめく水場をおまえが正気の最中で見つけたとしよう

それから、水場のあまりの美しさが星空を蛍のように宙に浮かす幻覚を映しだした湖の底で、おまえは何夜にも渡って泳ぎながら何万回と月に向かって感謝をもしたとしよう

だがそれでも今更おまえが言葉にしたいなどと思うのすら有り得ない

そういう言葉がvaleur

これが日本語では色価

 

だから、違う

「またそうやって笑って誤魔化すんだから。」

誤魔化すって漢字で書けるのか、木内よ

「いやいやいやいや。ごまかしてませんよ~」

ワッさんは書けなくても良い、構わない

「ワッさんは意地っ張りだなあ。」

<意地>なんともおまえらしい言葉選びだ

「一昨日に会員になった者なのですが。今ネットでピコピコ予約をしようとしてしていたのですが。でも上手くいかなくて電話させて頂いた次第なのですが。」

店にはいつの間にか客が一人増えている。

「だいたいワッさんはどうしてワッさんて呼ばれてんのよ?」

「ええ。ええ。しました。」

「黒田が苗字なんですよ。それからクロちゃんになってからのクロワッサンて呼ばれて、今はワッさん、てことなんで。」

「ああ。はい。それは聞いてなかったですが。」

「あら!しんちゃん、ずいぶん音無しくなってない?」

違う

「違うんですよ、木内さん。」

「はい…。はい…。…。そうなんですね。」

「やっぱり小説なんて書ける人は俺たちみたいな馬鹿騒ぎはしないんでしょうね。」

ワッさんだと大きな声で呼びやすいし、大きな声でもやかましくは聞こえないからだ

「だから違うんですって!」
「じゃあどうして黙りごくっとったとねえ。」
「ぼ~っとしてただけですよ。それで気づいたら木内さんにツッコまれてた感じで。」

違う

「またあ。こがんとこで、あがんボーってでくんもんねえ。」

あんたと違ってここで呑んでる間も頭の中の机の上ではいつも描いてんだよ

「まあまあ木内さん。そんなに寂しがらないで。」

違う

「オイのことなんかそっちのけで女の子達のスケベか妄想でもしよったとやろ。」

色んな女と遊んで、あの手この手で服脱がせ、体中ねぶりたくって吸いたくってマンコやケツノアナにチンコ入れるよりも気持ちいいことしてたし

「しんちゃん、そうなの⁈ムッツリだねえ。」

それはそうかも

「でもしんちゃん!それだけはヤメて。うちはそういう方向の店じゃないんだからさあ。」

「はい。」

「ウヒヒッヒヒヒッ。」

「はい。」

「2人とも酷いなあ。」

「はい。わかりました。もう一度やってみます。アリガトウゴザイマシタ。」

小説は寝てる時以外いつでも出来るんだよ。だが小説を書くのに手をつけるのはまだ早い

「すみませーん」

俺は計画的なんだ。3年後なんだ

「あ、はい!お決まりですね!ご注文、どうぞ!」

さっき増えてた客への対応でワッさんが俺達の輪から抜ける。

「お会計お願いします!」

(((ええっ?!)))

こうしてすぐにまた俺達3人は1つになった。

「カシスウーロンと御通しで850円ですね。」
「丁度あります。」
「はい!毎度っ!ありがとうございましたー!」

木内と俺は神妙にロックグラスに口を付け、その男が店を出てしまうまでを待った。

「もし私みたいに商売したい人がいたらどうしたらいいの?誰がその辺の事を知ってるの?」

今度は2人も客が増えている。

「建築屋さんは全部知ってる。」
「諫早だとしたら色々あるのよねえ?!」
「そういう事。でも波佐見は都市計画外だから大丈夫!」

ワッさんは腰に手を当てて俺達の前に立ち、この2人の生ジョッキの空き具合を眺めている。

「さっきの兄ちゃん。いつもあんななの?」
「よく覚えてないんですよねえ。ランチパスポートで来るオバちゃん達もまた酷いもんだけど。」
「今度は何人かで来て、ガッツリ頼んでくれますよ。絶対!」

真面に嘘吹いた俺のその言葉が白々しさだけを残して散る。だがワッさんと木内は柔和な顔で俺を見てくれていて、俺は少し照れ笑いを出してしまった。

「すみませ~ん。」

「お。ワッさん!あちらのお2人さんがお呼びだよ。」

「甘くないカクテルってなんかありますぅ?」

もういいや。つくづく1人で静かに食べて呑んでしていたい気分の今夜だったのに。

 

⇒第5話へはココをタップ★