目新しい真新しい旧い古い洋館の出来事<7>

● むかしむかし ●

これはとても昔の話。

ビルも地下鉄も車も飛行機もインターネットもまだ無い時代。
当時にしても、人々の間には争いや憎しみ、悲しみ、苛立ちが沢山あって、
現代と同じように皆が平和に暮らすことが出来ている日々ではなかった。

だがそれでも今と同じように人は皆、平穏に暮らせる時間を沢山にしたくて、
それぞれに異なる苦悩を抱えながらも懸命に支え合う生活を送っていた。

真夜中。

館の有する浜辺から、館へと続く半里ほどの道の両脇には、
道に沿ってずらりと灯火台が二列で連なっている。
浜辺の方から館に向かって順番に、その灯火台に順番に、
火が点されて道筋がはっきりと分かるようになったかと思うと
どこからともなく現れてくる使用人達の声で
ざわめきの泡が方々から湧き立つのだった。

「船が着くぞー。」

体躯と毛並みの立派な馬にまたがった強者風の屈強な一人の男が、
館の方から浜辺へと灯火台の松明の道を手綱を握り駆け抜けながら叫ぶ。

そしてその屈強な男を乗せた馬を追いかけるようにして、
使用人達のざわめきの波が浜辺へと流れ徐々に大きな一団を為す。

浜辺の一部は港になっていて、よろよろと今にも沈みそうに
上下左右によろめきながらながらも複数の小舟に抱えられるようにした
一艘の船が着港したようだ。

そこに集まった使用人達は、手慣れた段取りで整然と港の岸壁に
一際巨大な松明を並べると同時に火を点す。
その瞬間、巨大な松明のスポットライトに当てられた現実がその姿を現す。

「これは。いつになく酷い船ではないか。」

小舟たちに曳かれて港へ辿り着いたのは、いわゆる難破船。

強者風の屈強な男が周りの使用人達よりも
三段も四段も高い馬上からカポックカポックと
ゆっくり馬を動かしては慎重に難破船を眺めまわして言葉を続ける。

「見かけは大層なボロだが中身は有りそうだ。
夜明けがもう近い。すぐに船内を調べよ。」

そしてものの数分で船荷と雑多な物と数人の乗船者が陸へ揚げられた。

「スバツァ様。これで船内には何も残っておりません。」

強者風の屈強な男はスバツァと呼ばれている。

「うむ。では、その者らを丁重に館へご案内しろ。
そしてその者らのこの船を我々で処分して構わないかをお伺いしておくのだ。」

「ハッ!いつもの通りに!畏まりました。」

「見よ。もう水平線の彼方が明るみ始めておる。急ぐのだ!」

「ハッ。」

周りの全ての使用人がスバツァの指示に息だけを吐いた程度の声で応えるやいなや、
船荷と乗船者達が館へ向けて速やかに動き出す。
乗船者達は厳めしさはないが厳重に猿ぐつわを施されている。
使用人達の俊敏で無駄のなさや、大声を出さない様に出されない様に気配られた
一連の整然さから察するには、彼等は余ほど目立ちたく無いのであろう。

水平線から朝日が顔を覗かせ、港が美しい白光で照らされる頃。

もう浜辺一帯は綺麗に片づけられて前日までと何も変わり無く、
陽が朴訥とその姿を天上に晒していくばかりであった。

それからものの数分で船内の物と複数の人間らが陸へ揚げられた。

「スバツァ様。船内にはこれで何も残っておりません。」

スバツァ「うむ。では、その者達を館へご招待しろ。そしてその者達の船を我々の手で処分して良いかを聞いておけ。」

「ハッ!いつもの通りですね。かしこまりました。」

スバツァ「見よ。彼方の水平線が明るくなってきておる。
急ぐのだ。決して慌ててぬかるではないぞ。いつもの様に!」

「ハッ!」

途端にその場から使用人達は消え去り、
船内の物と人間達が館へ向けて音もなく動き出す。
船内に居た人間達は、厳めしくはないが綿密に猿ぐつわを施されている。

水平線から朝日が顔を出し、港が美しく照らされる頃。
もう浜辺一帯は跡形もなく綺麗に片づけられ、
前日の夕方までと何ら変わり無く、
ただ陽が朴訥と上がっていくばかりであった。

館では、乗船者達がその過酷な船旅の疲労とストレスと
緊張感が解けるまでの幾日間にも渡って、
至れり尽くせりの歓待を受けている。

はじめこそは年齢や性別の見当もつかないと言っていい程に
くたくたでボロボロであった乗船者達であったが、
今は館から与えられた部屋着を身に着けて小奇麗になっている。
また、仲間内だけではなく、自分達の世話をしてくれている館の者達へも
笑顔を見せる様に変わった。

スバツァ「やはりあの者達も亡命者でありました。」

館主「そうか。それで船はどうすると?」

スバツァ「もう処分いたしました。忌まわしい祖国へ戻る手段など何一つ要らない、と申しておりました。」

館主「うむ。」

スバツァ「もう通訳代わりの彼らの近隣の国の者の下で仕事も始めております。」

館主「そして。不穏な行動は見受けられんか?」

スバツァ「はい。今のところは。」

館主「それは何よりだ。いずれはここを出る許しを得て町でも暮らせる様になってくれると良いのだが。」

立ち並んだ山々に囲まれた盆地にこの館の集落はあり、
その山々の遠く向こう側にある町並みからは到底見えないし
人々の往来も見られない。
亡命者達が着岸した港は、集落を囲み隠す山々が
海へとせり出した半島で挟むように覆われてた
馬蹄形の湾の一番奥に位置している。


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・初回投稿:2018/01/26