〈続・記憶〉
俺はあの日から、スマホの通知機能を正子とのLINEだけに限定し、毎日毎日で偶然を演出しながら正子を誘い出そうとしては、正子の予定に合わせて手にした逢瀬を切り刻み、それを1人でベットにぶちまけて過ごしていた。
そもそもが俺の方からアクションしないと他人と渡り合う場に居ることが出来ない自分だったから、大洋に正子用のプロペラを1機立てて発電運用している状態の生活だ。
「あ、両替機の話したっけ?」
「いや。それは聞いてないよ。」
「じゃあするね。」
「うん。いいけど。冬は?」
「コインランドリーの話が終わってから。」
「あね。コインランドリーの両替機なんだ!?」
「そう。まじでヤバかったんだから。」
正子が言うにはコインランドリーの両替機には小さな鍵が刺さったままだったらしい。
その事に気がついたのは、正子がその時に小銭を持っていなかったから。
しっかり千二百円分の小銭なんて持ち歩く者などいはしないから、コインランドリーにはゲームセンターと同じくお札を百円玉へ両替する機械が必ずやあるものだ。
だがその両替機から出てくるはずの正子の小銭は、中の百円玉が足りなくなったのか詰まったからなのか、ちっとも出てきてくれないのだった。
しかも正子が入れた千円札までもが出てこない。
それで思わず正子は突き刺さったままの鍵をひねってリアカバーを自分の方へ引いて両替機を開けたのだった。
だがそこにはまず生首が入っていた。
リアカバーを開けても転げ落ちはしないで、機器と機器の間にハマったままの生首。
脳天が下で、となると下顎は当然に上。
尚、洗濯機にかけられた後なのかもしれないが人の手で洗われた様子は見受けられない。
なぜなら、「あ」の形で空いた口から見える前歯にはニラがその一部を正子に向けて晒している。
「緑の濃さと繊維の感じからして間違いなくニラだった」らしい。
また、生首を乾燥機にかけた後の見え方は知らないが、肝心の生感が漂う生首は、きっと乾燥機にもかけられてはいなかったのだろう。
「ニラ特有の見た感じあるでしょ?それとも水仙かしら?」
正子は楽しそうに笑い、俺は楽しくなりたくて笑う。
「そうだね。それで?それからどうした?」
(実際は、窮屈そうだったから開けたままにしておいてあげた)
乾燥までが終わるまでの50分間はユッカの白い鉢の横に設置されたアルミラックに並べて置いてあるクーポン誌や求人誌やタウン誌を順に読み飛ばしていればいつもは過ぎるのだけど、「ここへ来る前に使った歯磨剤のハッカの香りと口内粘膜がまぐわい腐り溶ける臭いがし出しかねないなんて」、意識が彼の世まで届いてしまいそうな気分だ。
そう考えている間に3人の客が入ってきたが、私が両替機の真横に座っているからか誰もこっちを見ない。
だから生首には誰もが気づかない。
放って置けない状態とは何処までも際限無く危機が充満をした”状態”の”形”でもある。そして、誰も生首の存在は察しない。