=2017年9月15日=
天気:大型の台風18号が九州本土へ接近中。
鼻腔を漂い撫でる甘い香りをそっと閉じ込める様に
丸くして合わせた両手を顔の前に真っ直ぐ立てて目を閉じ、
じっとテーブルの天板に両肘を突いたままでいる人。
それが女性であれば、涙をこらえながら感情の昂りに
神経を委ねている。
男性ならば、望ましくない妄想の展開に集中しながらも、
それが雨散霧消するのを期待している。
そして、男女に関係なくそんな人達は待ち合わせで
人待ちをしている最中ではない。
でも心の中ではきっと誰かを待っている。
今この瞬間に、そういう風に心の中で密やかに
誰かを待っているロマンチックな人が
世界中にどれだけいるのだろうか?
そんな事を考えながら、私はまだピンと張ったままの
ソフトケースから取り出したラッキーストライクに
古いだけで値段は二束三文であろう錆た真鍮の
Ωジッポライターで火を付ける。
そしてオイルがわずかに香る。
それから、まだ無人の店内を見渡して首筋をほぐすのに
頭をぐるっと回しつつ扇風機かゴジラの気分で
息と煙を四方に吹き散らかす。
私の真後ろにあるキッチンからは、
仕込中の特製チキンカレーの音がする。
これは凄く辛いとよく言われるのだけれど、
辛くなければカレーじゃない、と
私は頑なに辛くするんです。
そのカレー鍋の中には、さっき入れたばかりの
野菜や鶏肉が、あっつ熱に滾る湯の中を
回遊している最中で、先に鍋の中へ放り込まれた具材達は、
挽きたてなエスプレッソ用の珈琲豆やあれやこれやも加えた
カレースパイスが投入されるクライマックスの時まで、
蒸気の気泡に突き上げられて押されて茹でられてフツフツ
鳴りながら踊り続けている。
盆踊りとサンバとフラメンコとケチャとコサックダンスと
ベリーダンスとタップダンスと日本舞踊と社交ダンス等、
世界中の全ての踊りがそこには集まっている様に見える。
だがともすれば、賽の目にカットしたタマネギ、ニンジン、
ジャガイモが、手羽先という大振りの抑圧的侵略者から
逃げ惑い、助けを求めている風にも、逆に一緒になって
遊んで歓喜に昂ぶってはしゃいでいる風にも見えるから
可笑しいんです。
あ、いけない。話を元に戻しましょうか。
待ち人についてしていた話へ。
この私の店にも、待ち合わせで使って下さるお客様は
もちろん沢山いらっしゃいます。
もしくは、待ち合わせの予定までの時間合わせで
いらっしゃる方とかもね。
なので誰かを待っている人は日々何人も
お見かけをするのです。
そして、そんな毎日の時間が過ぎてきた内に、
人を待つという行為は、紛れもなくあなたの元へ
訪れる誰かへ向けられた待ち合わせの行為とは
違って、単にとても静かで密やかな”期待”へと
向けられる行為なんだということに気付きました。
それから、いつの日からか、待ち合わせや
時間合わせでいらっしゃって寛いでおられる
お客様だけではなく、この私の店にいらっしゃって下さる
全てのお客様の素振りが、期待をそうっと抱え持ちながら
誰かではない何かを待っている姿に
見える様にもなったんです。
そう、実はね。
カフェ・バーは誰かを待つ場所じゃないんですよ。
カフェ・バーは何かが起こることを期待して訪れる場所。
なぜだか分かりますか?
その答えは。
「昼間から夜遅くまで開いている」
から。
♦ つ づ く ♦
※これは、実際に店内ディスプレイされている
ヴィンテージのカメラ型オイルライター※
⇒第1話
・初稿公開日:2017.09.21