件の生首は、ずっと私に対する無言を貫くし、もし私が話しかけてたとしても応えてくれる道理は無いし。
だとすればこそ、私は生首との心の距離を測りたくなってコインランドリーの外へ出てみた。
コインランドリーの外には、ガードレールに付着した塵が熱された臭いと昼間からハイビームで前方を照らす乗用車が呼びもしないのに無神経に近づいて来る。
初めて触れた時からずっと実は握りしめたままで手汗に塗れネチョネチョすらしてきた小さな鍵も存在感を強く増す。
私は手の平を開いてその鍵の表裏をジックリと見つめてみた。
鍵が翻るたびに照り返って来る日光が私の瞳の白いところまでをも焦がし、私の眉間には皺が寄る。
私はそれでも外で立ったまま、ネチョネチョの鍵を握り締め直した左の拳を短パンのポケットに突っ込み、右に左に回るドラムと、洗濯&乾燥が終了するまでのカウントダウンを示すデジタル時計の数字をガラス越しに見つめて「あの数字は生首とのお別れまでの残り時間」だと決めた。
それでもまだ20分間以上は残っているのが耐え切れなくて、私はコインランドリーを離れて近くの公園へ歩いて行ってみた。
何よりも喉が渇いていたが気もまぐれていたから、表面的で薄っぺらくて当たり障りも無く触れられる日常を私の視覚は求めていた。
間違い無く夏は暑くて、人影の無いバス停の周りの日陰に散らばって立つ人達は顎を上げて瞼を閉ざしている。
公園の中では帽子を被せられた子供達がなぜか走り回る。
ボールも鬼も見当たらないが子供達の足元からはザザッザッと砂の擦れる音が不規則に立ち上がり、蝉の一団はそれに負けじと腹を震わせる。
「生首を転がし入れてやろうか。」子供や蝉達はどんな反応するのかな。
公園で歩みを折り返してコインランドリーへ戻る途中、自動販売機で売れ残っていた見慣れない缶のデザインの冷えたコーラを半分まで飲んでから、ようやく一息ついて整理する。
「会話の出来る相手ではない」
「笑顔をくれる相手ではない」
「劇場のスクリーンを一緒に見遣る相手ではない」
「お腹いっぱいになって眠たいと言い合う相手ではない」
だから会いたいとは思わないが、側にいると視線を投げ続けてしまう相手だ。
「私がどうこう出来る相手ではないな。」