綺麗じゃない花もあるのよ(#4)

彼らのノリに同調するために「うまい」と、いささか互いの距離感の割には大きい声を俺は今度はわざと発したつもりだったが、本当にうまい。

「間違っちゃったんですよ」

いつもそうは言うが本当かどうかは分からない

「ヴァルールてのは泥棒の意味なんだよ。そんな名前にする訳ないじゃん!」

違う

「泥棒はヴォルールですから!」
「あれえ。そうだっけ?」

そう、ヴァルールは色価だ

 

おまえみたいなヤツが考えの及びも付かない規模の広大さで萌香に溢れ、迫緑がゆったりとざわめく水場をおまえが正気の最中で見つけたとしよう

それから、水場のあまりの美しさが星空を蛍のように宙に浮かす幻覚を映しだした湖の底で、おまえは何夜にも渡って泳ぎながら何万回と月に向かって感謝をもしたとしよう

だがそれでも今更おまえが言葉にしたいなどと思うのすら有り得ない

そういう言葉がvaleur

これが日本語では色価

 

だから、違う

「またそうやって笑って誤魔化すんだから。」

誤魔化すって漢字で書けるのか、木内よ

「いやいやいやいや。ごまかしてませんよ~」

ワッさんは書けなくても良い、構わない

「ワッさんは意地っ張りだなあ。」

<意地>なんともおまえらしい言葉選びだ

「一昨日に会員になった者なのですが。今ネットでピコピコ予約をしようとしてしていたのですが。でも上手くいかなくて電話させて頂いた次第なのですが。」

店にはいつの間にか客が一人増えている。

「だいたいワッさんはどうしてワッさんて呼ばれてんのよ?」

「ええ。ええ。しました。」

「黒田が苗字なんですよ。それからクロちゃんになってからのクロワッサンて呼ばれて、今はワッさん、てことなんで。」

「ああ。はい。それは聞いてなかったですが。」

「あら!しんちゃん、ずいぶん音無しくなってない?」

違う

「違うんですよ、木内さん。」

「はい…。はい…。…。そうなんですね。」

「やっぱり小説なんて書ける人は俺たちみたいな馬鹿騒ぎはしないんでしょうね。」

ワッさんだと大きな声で呼びやすいし、大きな声でもやかましくは聞こえないからだ

「だから違うんですって!」
「じゃあどうして黙りごくっとったとねえ。」
「ぼ~っとしてただけですよ。それで気づいたら木内さんにツッコまれてた感じで。」

違う

「またあ。こがんとこで、あがんボーってでくんもんねえ。」

あんたと違ってここで呑んでる間も頭の中の机の上ではいつも描いてんだよ

「まあまあ木内さん。そんなに寂しがらないで。」

違う

「オイのことなんかそっちのけで女の子達のスケベか妄想でもしよったとやろ。」

色んな女と遊んで、あの手この手で服脱がせ、体中ねぶりたくって吸いたくってマンコやケツノアナにチンコ入れるよりも気持ちいいことしてたし

「しんちゃん、そうなの⁈ムッツリだねえ。」

それはそうかも

「でもしんちゃん!それだけはヤメて。うちはそういう方向の店じゃないんだからさあ。」

「はい。」

「ウヒヒッヒヒヒッ。」

「はい。」

「2人とも酷いなあ。」

「はい。わかりました。もう一度やってみます。アリガトウゴザイマシタ。」

小説は寝てる時以外いつでも出来るんだよ。だが小説を書くのに手をつけるのはまだ早い

「すみませーん」

俺は計画的なんだ。3年後なんだ

「あ、はい!お決まりですね!ご注文、どうぞ!」

さっき増えてた客への対応でワッさんが俺達の輪から抜ける。

「お会計お願いします!」

(((ええっ?!)))

こうしてすぐにまた俺達3人は1つになった。

「カシスウーロンと御通しで850円ですね。」
「丁度あります。」
「はい!毎度っ!ありがとうございましたー!」

木内と俺は神妙にロックグラスに口を付け、その男が店を出てしまうまでを待った。

「もし私みたいに商売したい人がいたらどうしたらいいの?誰がその辺の事を知ってるの?」

今度は2人も客が増えている。

「建築屋さんは全部知ってる。」
「諫早だとしたら色々あるのよねえ?!」
「そういう事。でも波佐見は都市計画外だから大丈夫!」

ワッさんは腰に手を当てて俺達の前に立ち、この2人の生ジョッキの空き具合を眺めている。

「さっきの兄ちゃん。いつもあんななの?」
「よく覚えてないんですよねえ。ランチパスポートで来るオバちゃん達もまた酷いもんだけど。」
「今度は何人かで来て、ガッツリ頼んでくれますよ。絶対!」

真面に嘘吹いた俺のその言葉が白々しさだけを残して散る。だがワッさんと木内は柔和な顔で俺を見てくれていて、俺は少し照れ笑いを出してしまった。

「すみませ~ん。」

「お。ワッさん!あちらのお2人さんがお呼びだよ。」

「甘くないカクテルってなんかありますぅ?」

もういいや。つくづく1人で静かに食べて呑んでしていたい気分の今夜だったのに。

 

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