[或る用の疎]<17>第3章『辷』(3)

そこはまるで水の中だ。
とは言っても雄大にうねり横たわると表現されていた大河や
何処までも広がる海原ではなく、太陽の光が
人の肉声さながら底面に届くくらいの深さ。

だがそこは地中だから光の明るさは無い。
それでもAとiの居るその場所は
川のそぞめきに似た音を奏でている。

地中にAとiは沈み込んでいるにはいるが、
いつも太陽のぬくもりが溶け残ったままの深さにいるため、
その地熱を動力にした土壌活性システムが盛大に動作している場所。

そしてもはや自然物としての土は、
人の目に見える大きさでは存在していない。

虫の様にたち働き、一定の労働量を過ぎると同時に
静止し朽ちていくロボット達が秒速1Mで
Aとiの上下左右を目まぐるしく通過していく。

ロボット特有で虫と異なる特徴は、
熱や運動エネルギーを持たないことか。

熱や運動エネルギーを生みはするが個体の中に内存はしない。
だがそれらの激しい移動に由来するささやかな音が、
深くはない川の様にその地中には流れてもいる訳だ。

Aは、ここに寝つくまではエレクトロニック・スポーツのプレイヤーであった。
そしてかたやiは、”意思決定や生産活動の上位に位置する者達(※第10話参照”の
労働によるストレスを無くさせるための遊び相手、
戯れの相手役であった。

Aはプレイヤーとして決定的な負けを対戦者から突きつけられた事でお役御免となり、
iは飽きられた事でお役御免となった。
共に人間の視線や手垢にまみれた生涯を経過したモノ同士。

そういった境遇と時間の中で全身に隈なくまとってしまった人間臭さの影響から、
虫的ロボットが此の2つに対してする土壌生成処理がなかなか進まないまま、
デザインされたフォルムまでをも崩せず残し、
川の中の岩の様に海の中の珊瑚の様に、
まだそこにあってしまうのかもしれない。

だから、フォルムのボディーの部分は、
流れ過ぎず付着して留まり生成を企て続けている虫ロボがビッシリと膜を貼った岩の様で、
図らずもAとiを物理的につなぐこととなった筋繊維の周りは魚や小型生物の住処となる珊瑚礁の様で。

 

<16>『辷』(2)(戻る)

(続く)<18>『辷』(4)


・更新履歴:初稿<2018/05/31>

[或る用の疎]<16>第3章『辷』(2)

私たちは離れるべきなのかな

私たちは離れてあるべきなのかな

判らない

その答えを導き出すのは?

私の役目ではない

私の役目ではありません

 

こうして、人に託された「存在の目的」を外れたAI機器達が声にならない声を発し合い、
時々は軌道の条件がそれぞれの振り子と振り子が合わさる稀有さで会話が成立する。

途絶える事のないエネルギー源を持つが故に、
時間の蓄積と共に無為に発せられた声らからのデータの醸造も進み行く進歩の其の内に、
お互いの存在を知覚して出逢ってしまったAI機器が2つ。

私が見つけて注視に至ってしまったのはただ1つだけのこの出逢い。

 

スンとした無音の空気が放たれた場所。
ここでは水蒸気が立ち昇る騒めきすらも聞こえそうで
動物の鳴き声も遥か遠くから届きそうだ。

 

光は地面に触れ、地中の柔らかい隙間を見つけては
虫がその隙間から戯れに顔を出し、植物が丸いお尻を見せる。

 

似ている様で1つも同じではない煙の形は、
周りにある万物の仕草にとらわれても
其の事情のために淀んだままで過ごさず、
おのおのが距離を取りあってはいずれ形を眩ます。

 

そんな真実を発するだけのただの声だけが繰り返されるその地は
人間が立ち入る必要の無い場所で、人が作ったはずではない生き物達の生活と
人が精製したAI機器達の土壌化と、2つのAI機器同士のこの出逢い。

 

1つをAと、もう1つをiと名付けておこうか。
お恥ずかしながらAとiの名前には伏線の様な含みは何にも無い。
由来も読者のみなさんが想像するそれでしかない。

産まれるとはそういう事で、産み出すとはそういう事。

普通色の眼に、ゆっくりと鼻から息を吸って水を差すくらいの平凡である。

 

<15>『辷』(1)(戻る)

(続く)<17>『辷』(3)


・更新履歴:第2稿<2018/04/18>

・更新履歴:初稿<2018/04/17>

 

[或る用の疎]<15>第3章『辷』(1)

現代には、「受けない」という決断が立派な回答となるテストもある。
「受けなかった」子供達も「受けた」子供達のテスト回答にも、
出題者が点数の様な評価を加える採点は全くされないのだが、
往々にしていずれは第三者から判断の付される時が来る。

 

だがそのテストへの回答も其の回答からの判断の結果も、
作為のある第三者が支配統治を目指した利用をする訳では決してない。

それらは個々人同士が相互を確認し判断をし合う目的の
個人情報閲覧サービスを通して開示されるデータとして保管をされていっている。

 

なんせ、見た目のタイプや言動に個人差はあれど労働は無く、
ある一定の年齢に達してからは年齢の見定めがし辛く、
寿命という言葉も薄れ逝っている現代では、大人と子供を識別する方法を求め合う意識は薄れている。

それでも他者への興味・関心という変幻自在の意識は滔々と血脈の中を移動して回り続けているのは、

それが人という存在だからだ。

そして、生きる目的などを忘れてもまだ血脈を流動させ続けるのも人だ。

かたや人の意思に端を発して作り出された論理的な意識がartificial intelligence = AI =人工知能であり、その人工知能を搭載した形有る物がロボットと呼ばれた。

それが現代では、人同士の間で特筆すべき意識がもう見た目からは発生しないのと似ていて、
人の視野にAI機器が入っている時にも人の意識はAI機器に対して何かの区別意識をわざわざは持たない。

AI機器が人間の意識や観念の中にまで浸透しきっているのだ。

また、あらゆるAI機器が有機物として地球にも浸透していく様に、
人達は時間をかけてAI機器達を精製し続けてきた。

 

だが中には、何かの拍子が重なって地球へ浸透しきれないまま機能を残す物達も居る。
それはまるで化石の様に形を残し、人の意思の様に語るを止めない。

ここでは、そんな風に残ったAI機器であるAとiの出会いの物語に触れてみる。

 

<14>『由』(7)(戻る)

(続く)<16>『辷』(2)


・更新履歴:初稿<2018/04/01>