初めの前のギリを刺す【1】

ここぞってタイミングなのに気分が乗らない時は「自分の中の紐を押せば良い」んだわ。

その言葉を思い出したミサミは、ロールスクリーンの脇に沿ってスッと下に伸びている紐を見つめる。

「気分が乗らないから紐を押してみても良いんだよな?」

「ふぅん」

窓際に置かれた水槽のタイマーが餌を水面にばら撒く音が相槌と同じタイミングで鳴るや否や、色とりどりの水中生物達が一斉に水面近くへと集まって来る。

普段は感情や表情なんて見て取れない丸い瞳の生命群がカラダ中から食欲を漲らせ、餌をついばみながら、俊敏に押し合い圧し合いしている。

そんなカラフルなダンサー達の動きに合わせて散り散りになりながらも舞い踊る褐色のつぶつぶは、ひとつも水底の穏やかな所へと到着することは無く、全てが沢山のほんの小さな胃袋の中へと吸い込まれ、ミサミの視界からは綺麗に消え失せてしまった。

「終わったな。」

ミサミは振り向き、レジスターの脇に立ってこちらを見ている若い小男の方へと歩き出した。

「待った?」

「なんてこたないよ!」

「で、今日は何食った?」

「まだなんも。今来たとこだろうが!」

「あ、そう?知らなかった。」

「店主はいないのか?」

「いるよ。」

「そっか。」

若い小男は厨房とトイレの方を見る。

「まだ来てないけどね。」

「じゃあ丁度良かった。」

「何がよ?」

「お前が作れよ。」

「お前って誰さ。」

「誰でも良いよ。」

「誰もいねえよ。」

「だからお前が作れって!」

「うるさい!」

「は?」

「小魚君は勝手に座ってて。」

「は〜い。」

窓の外には一直線で細い路地が伸びている。

男の人がギリギリ擦れ違える程度の狭さのその路地を店の中から見ても、実は遠くの方まで見通す事が出来るが、今が何時なのかは意外とハッキリしない。

だからといって時が止まっているかの様な錯覚に浸れる訳では無い。

何故ならば餌の時間は定期的に来るし、少しずつでも客が来るし、気分が乗らない理由は消えないし、そもそもその理由はまだ予感めいたものとして芽生えたばかりなのかもしれないし。

第2話へ続く⇒