ヨシハチは変声期<8>

そんなのろま先輩の後輩にあたる手練れの者から愚痴を聞かされている方の人達は何を考えて聞いてきたのだろうか。
愚痴だけでなく愛情表現や親切だって排泄行為と捉えた方がしっくりくるし、すっきりもするのに。
排泄行為を何度となく重ねるのろま先輩の後輩にあたる手練れの者にとって、異性は特定の誰かに、同性は皆敵に見えて仕方がなくなっているのだろう。
ならば、手練れの内に秘めた異性の話も、パピルニーに小糠雨を降らす曇天の正午を思い起こさせる代物でしかないのだろうか。

「エレベーターに付いてる鏡って何のため鏡なのか知ってる?」

「え?何なの?知らないわ。」

「鏡がついてるエレベーターは車椅子の方のためにあるの。車椅子が安全にバックできるためにあるのよ。」

保育士2人組の話の雨雲は、思いがけず上がりそうな空模様へと流れ出した。

「たいへんに美味しいセルフの店」を出て駐車場へと向かうエレベーターの中で、「この鏡はエレベーターの外へ出たいとは思わないのかな?」と思いながら俺は鏡に触れる。

「このエレベーターの中が無人の状態で扉を閉じた時、閉店後に電源を落とされた状態でいる時、君は何を思っているの?」

指の跡が付かない様にセーターの袖でくるんだ手で俺は縦長の鏡の縁を上から下に一度撫でた。

更に、その翌日の朝。

「マキのお父さん、昨日死んじゃったらしいの。」

俺が教室へ入った途端にユミが自ら近づいて来て言う。
それからも次々と教室へ入ってくる者達の前に立ちはだかっては一言一句違わず、マキの父親との死別を繰り返し漏れなく告げていた。
マキは同じクラスではないから、ユミは文字通りクラスの全員に知らせたのだろう。

トシキはマキに対してどの様に振舞うのだろうか。

マキのお父さんが死んでも、トシキはマキが好きなのだろうか。

マキのお父さんが死んでも、マキは周りの同性達に妬まれ続けるのか、それとも、違った局面へと事態が変異し始めるのか。

俺には判らない。

ユミには、マキの不幸が落ち着いてからで構わないから、今度は「ナメクジって痛いこととか絶対してこないよね。」って話もクラス全員にお知らせして欲しい。

用務員がホースで撒いた水でパピルニーの中庭の池に架かった小さな虹を見ながら俺はそう願った。

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