ヨシハチは変声期<7>

その日の夜。

生姜風味で熱々の冬瓜スープをスプーンでゆっくりと口に運び、ブロッコリーや人参、蕪、グリーンアスパラ、南瓜などのボイル野菜を中心に、油っこくは無い料理ばかりを選んで、「たいへんに美味しいセルフの店」と看板で銘打ってあるビュッフェの専門店で家族の食事をしていた時のこと。
俺は揚げ物やソテーといった油物が苦手だから、油物全般の味が嫌いではないんだけれど、飲み込んだ後から途端に気持ち悪くなってばかりだから油ものは苦手だ。

「グループリーダーがマジぽんこつで。」

「まだ若い人なの?」

「そんなもう若くはない先輩の人。」

「キャリアはそこそこ長いんだね。もしかしてその先輩って、保護者とのトラブルとかもあったりするやつ?」

「う~ん。それはたまにだけどね。無いわけじゃない。でもやっぱりたまにはあるのよ。」

「そっかあ。でもさあ、トラブルはどこにでもあるし、トラブルの内容でもヤバさ違うじゃない。」

「まあ確かに。」

「アレルギーへのケアとフォローが冷や冷やなんだよね、特に。」

「え?アレルギー案件はやばくない?!」

「そう、やばいの。おやつの後にはする手洗いを、給食の後にはしなかったりとかあるのよ。」

「やっば。おやつも給食も同じでしょうよ。」

「後、とにかく仕切りがのろくて、私達がどうしたら良いのか困ることばっかりで。その先輩の仕切りが悪いのは、子供達みんなに申し訳無いわあ。」

「ああ、それは本当に大変だよねえ。」

隣の席から20代前半くらいの保育士らしき2人組の女性客達の話を俺は聞いていた。

同席している父母らは、普段から長年のちいさな不満の蓄積をキッカケに小競り合いの喧嘩をする位で、他は平穏であるのか、お互いへの関心はもう薄く、俺を経由しない会話はほとんど無いので、円満な家庭を表す為には俺が重要な立場にいる。だけど俺には俺の都合もある。

のろまだとして揶揄される先輩の話をしている彼女達がパピルニーの囚人であった頃も、俺達と同じ構造のパピルニーの中での生活を送っていたのだろうか。
もし同じであったのならば、やはりパピルニーを出所したところで、外の世界でも人の頭の中は抑圧の戦場の最前線か。

意外と吐き出してるから同じことを好んで繰り返しは言わない。
それが人ってものなのを俺は知っている。

なのにこののろまな先輩の後輩の人は、のろま先輩への愚痴を何度も幾人にもしてきた様な流暢な口ぶりだ。
のろま先輩についてのあらゆる類の質問を幾度も受けてきた手練れの者だ。

 

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