綺麗じゃない花もあるのよ(#17)

〈続・町〉

「しんくーん。」

何故か正子が通りかかる。

「あれ?今日って仕事は?」

「今日みたいな日は、この時間に此処をいつも通るのよ。」

「そうなんだ。」

そういえばこの辺りへ真昼間に来たのは初めてだ。

「だけど、なんでこんな所を通る用事が」

「ベランダの水草!」

正子は進一が呟くような声量で続ける受け応えを遮る。

「こんなに寒くなってきたのに、まだベランダに置いてあるの?」

「あ、あああ」

「あいつらって強いから、そんな放置でも大丈夫だけど、少しは気にしてあげてね。じゃないと可哀想よ。あいつらは強いけどね。」

「じゃあこれから家まで来て、また正子もあいつらに話しかけてやってくれよ。」
「まじか~。他人頼み~。」

まともな声量でそう笑う正子の仕草がこの町中を淡い黄色に一筆で染めてしまった。
「自分は楽ちんなサボテン育ててるくせに。」

「ばかね。サボテンだなんていつ言った?」

「いや、だって!サボテンあったじゃん。」

「サボテンはミントの横に飾ってあるお花付きの陶器のでしょ!」

「まじかよ!エロいなあ。」

「私が育てているのは相変わらずミント!」

「サボテンの周りのはミントだったんだね笑」

「でもね!秋にはローズマリーも増やしたのよ。」

「また美味しいやつだし!ほんと食いしん坊だなあ。」

「自分だって食いしん坊なクセに!」

「春からは、スパイス料理専門店を始めるから。今度は一緒に喰いにおいでよな。」

 

アフリカの宇宙服みたいな出で立ちで仕込中のわっさんがしゃがんで進一と正子を見上げている。

 

それから進一達の驚嘆を無視してそのままの体勢でわっさんは言う。

 

「俺なんかはいつも思うんだよ。

自分らしく生きとかんと、結局どっかでビョーキになっとさ。

ばってん!ビョーキになったけんて不幸じゃなかと。幸せは自分で決められるけん。
幸せやけん、ては自分で自分に言い聞かせられるごとできとっと、人間は。

でも人間がそんな器用なものだとしてもよ。
人気のある原作を使った実写化劇場版みたいな人生なんていやでなあ。

パッケージ化されてばら撒かれているタイプの人生は俺の中ではビョーキになるのさ。」

 

進一と正子の靴を見つめながらそこまで言い、わっさんは垂直に立ち上がってそそくさと店の中へ戻って行ってしまった。
そして口の中をモグモグさせながら、数十秒後にはアフリカの宇宙服に黒のネックウォーマーを合わせたコーディネートでまた出て来た。

 

「この辺りにだって、売れないバンドマンだけやなくダンサーも最近では増えてきたとばってん。あん人達かてバイトや勤め人ばしながらやけんがでプロとは言われんとやろばってんがさ。そいでも音楽や踊りで食うていきよることには変わりなかプロさ。
そいに気づいとらんで肩身ば狭うしとったり、そいば知らんで辞めていきよったりするパッケージ人間の可哀想かあ。」

 

「そうならないのにはどうしたら良いんでしょうか?」

正子がそう尋ねる表情を進一は見つめる。

そしてまた、「綺麗になった。」という正子への思いに進一の脳内は支配され、時を刻む秒針の揺れの起こすさざ波に呼吸を浮かべては脳内がまるで大洋になってゆく。

その大洋では、進一の自意識は水平線まで昇りつき、さざ波に乗って危うげなく漂う。

すると進一は、自分が今どんな体勢と表情をしているのかが丸で分からなくなっていることも加えて感じられるし、惜しげや外連を外界へと流しやってしまって「俺はどこまでも届きそうな暖かな真っ黄色に発光している」と確信めく。

 

「勇気があるやつってのはな、静かにコツコツ淡々と何か積み重ねて人知れずとも変化していくのさ。」

「その何か、っていうのは決まっているんでしょうか?」

「それをまさか俺が知る訳は無い!」

 

笑うわっさん。

 

「では。勇気が無い人って、どんな人なんでしょうか?」

「勇気が無いやつってのは。
とにかく周りを疲れさせる。騒いだり不機嫌だったり、ともするとご機嫌だったり。
自分では気づいてないが、要は自分が目立っちゃっていないと不安な奴なんだよ。
それとは違って勇気のある奴は文楽の人形遣いみたいな感じ。」

 

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