綺麗じゃない花もあるのよ(#15)

〈町〉

季節は秋を過ぎてから年末も通り越して月日は2017年の2月を迎えた。

生首の話と鉢植えを育てる話をしていた日以来の左島正子を、里緒進一は「綺麗になった」と思えて止まない。

そして自分については「雑巾みたいな奴だ」と今更だから巧妙に笑ってしまうのは、やはり彼は雑巾だから、だ。

加えて、正子と出会ってから度々2人で一緒に過ごす時間があったここ数ヶ月の日々を経て、進一は雑巾は雑巾でも力の限り絞り締め尽くして乾燥し切った雑巾の状態になっているのかもしれない。

雑巾の進一が乾燥し切るまでの間、絞られて出来るねじれがキツくなって雑巾から溢れ出していく半生の記憶や未来を想う価値観といった類いの水は半透明で、じゃぶじゃぶとした物からチョロチョロと濁った物へと量や濃さを変えもしただろう。

そして、己の惨めさを着こなそうとして生きる人間である進一と己の惨めさを初めから他人事にして生きている人間に見える正子との間に垂れ下がる煌びやかなタペストリーに「お前の個性は雑巾だ。」と真顔で説き伏せられてもいる。

だが此のタペストリーの隙間から覗くことの出来る世界と正子そのものが進一の立つ側からは美しく、その美は進一が雑巾であることへの躊躇を産んでは殺し産んでは殺しし続けるのである。

 

さっき便座に置きっぱなしにしてきた「探さないで下さい。」の便器の蓋から距離を置くためには物理的にどんどん遠ざかる術しか無い雑巾の進一である。

大した仕事も金もない進一には昼ごはんに誘う相手も憩いのたゆたうオアシスもある訳がない。

彼は後戻りをしたり曲がって横に逃げ込んだりはせずにひたすら前へ前へと歩みを進められる道を真面目に選び、延々と直線距離を伸ばしては歩いて行くだけだ。

だがそうして町を彷徨うがままの内、いつものヴォルールの前に行き着いてしまった。

 

ヴォルールのある一画は表通りから奥まった方に並んだ旧商店街なので、まだ何とか商売を続けたままでここに居残れている店々の看板が灯されていない昼間に車の往来が途切れる一瞬で、その廃れた旧商店街が醸す言い分は進一の有する”年齢に起因した健康”とは反する異形である。

こんな時間にこの辺りを歩いている通行人達は、冷え冷えとした気温を昼間だけは緩めてくれる日光を浴びるための外出をしているか、小型室内犬の散歩でもしているかで、目的地を目指すではなくフラフラトボトボしている。

その通行人達が、老人ばかりだからなのか点々と存在しているからなのか、今ここはゾンビの巣で、ゾンビの巣の主神はその異形な言い分と進一とを1つにくっ付けてしまおうと、何本もの針をタッカーで打ち付けるべく、進一を見据えて微笑んでいる。

「探さないで下さい。」の言い分の不可解さから逃れたかったのだけなのに、彼はこの街の主神の家督を背負い込んでしまう始末なのか。

 

主神は微笑みから顔中の筋肉という筋肉を縮め、それで出来た細い皺という皺が皮膚をボコボコに盛り上げる。

そして主神の体躯は高温に熱した油面に注がれた水の激しさで一度機に微小なサイズとなる破裂をし、散り散りバラバラな其の身を針に変えて俺を刺し、早々に俺をこの町に打ち付け終え、今生での残夢を遂げて無邪鬼へと還ってしまおうとする。

 

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